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◆【軍隊式英会話術】 vol.16
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英語を聞く耳を育てる Takashi Kato
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16時間目 英語を聞く耳を育てる
「リブ、プリーズ」
「Lip?(唇)これはRib(豚のあばら肉)だ。Lipじゃない。言ってみな」
一等兵(Private)の階級章をつけた調理兵が、自分の分厚い唇をつまんでみせると、給食の列の
士官候補生(cadet)が、ぼくの外国語なまりを見下すように笑いました。
高校出の兵卒にまで英語を直される屈辱に、皿を持つ手が震えました。1986年、ケンタッキー
州ノックス基地で行なわれた新兵訓練の一コマです。
アメリカはよく、人種のるつぼ(melting pot)と呼ばれますが、こと言語に関するかぎり英語万
能主義(English monolingualism)がまかり通っています。
多くのアメリカ人が持つ、英語はできて当たり前という考えのことです。
外国語を学んだ体験がないと、なぜ外国人にとって L と R の仕分けが難しいのかも分かりません。
英語を学ぶ者に向けられる、時としてぶしつけで無神経な態度はここからくるのです。
だから米軍と言うところは、英語を学ぶうえで最適な教室だとはいえません。
自由はもとより睡眠や食事も制限される基礎訓練中は、誰しも殺気立ってきます。
トイレットペーパーひとつで取っ組み合いのけんかも起こります。
そのような環境で、英語が分からなければ厄介者扱いもされるし、前述のように白眼視もされるこ
とがあります。
新兵訓練当時、ぼくの聴解能力は大学の授業なら7割がた分かる水準に達していたでしょう。
ところが無線(radio)をつかった応答はあやふやで、ヘリコプターの機内では、言われたことの
半分も分かりませんでした。
雑音(noise)があると、音の聞き分けが極端に難しくなるせいです。疲労困憊していたり、極度
に緊張していたりする場合も同じでした。
しかし、容赦ない環境にも利点はあるものです。
隊列行進訓練中(Drill & Ceremony)は訓練下士官(Drill Sergeant)の号令が分からず誰より
も腕立て伏せ(push-ups)をやらされました。
軍曹の南部英語(Southern English)では、例えば、Right Face!(右向け右!)が「ラー、フェ
!」 Attention!(気をつけ!)が「ハーテーン ショ!」にしか聞こえなかったからです。
しかし、絶対君主として君臨するドリルサージャントに「外国語だから」という理屈は通用しませ
ん。軍曹の発音が分かるようになるしかないのです。
「ラー、フェ!」はRight Face!。Rightは「右」。Face は「向ける」つまり「右向け右」
このように日本語を解して考えていては、反射的な動作はできません。だから「ラー」と来た瞬間
にズボンの右端をつまむ癖をつけました。こうすると、身体が自然に右に向くのです。
同様に、Left Face!( 左向け左!)なら「レー」、About Face(回れ右!)なら「アッバー」に
全神経を集中させました。
懲罰を避けたい一心だったのですが、それが、一音一音を判別しようという意識的聴解
(intentional listening)になっていたのです。
これが効きました。それまで鼓膜を素通りしていた音が聞こえるようになったからです。
英語を聞く耳を育てるためには、ラジオ、テレビや学習テープを「聞き流す」受動的聴解
(passive listening) だけでは絶対に足りません。
時がたてば、これでもニュースや会話の全体的な流れは「雰囲気として」分かるようになります。
しかし、いつ(when)、誰が(who)、どこで(where)、何を(what)、なぜ(why)、どう
した(how)、という、仕事で必要な情報(5Ws & 1H)をきっちり取るためには、意識的聴解を
繰り返し、キーワード(keywords)に集中できるようになることが不可欠なのです。
聴解に易しい道はありません。忘れないでください。
英語の耳が育ち、語彙も増え、意識せずに受け答えができるようになっても、英語はやはり外国語
です。
自信過剰(overconfidence)と準備不足(lack of preparation)はとんでもない失敗
(failure)と失態(blunder)を招くことになります。
今から10年ほど前、カリフォルニア州モントレーにある米海軍大学院(Naval Postgraduate
School)で、防衛大綱見直し(Review of the Guidelines for US-Japan Defense
Cooperation)のための準備会議が行なわれました。ぼくは米軍側の通訳として参加しました。
日米合同訓練「山桜」などで、作戦状況通訳(tactical briefing)の体験を積んでいたから自信
満々で臨みました。
しかし、テントの中、野戦服姿で行なう戦術レベル(tactical level)の通訳と、荘厳な会議室で
礼服を着て行う戦略レベル、つまり国家安全保障(National Security)の通訳では雰囲気が違い
ました。
出席者も国務省(State Department)、国防総省(Department of Defense)の高官がほとん
どで、議長は海軍中将(vice admiral)でした。自分を除けば一番下が陸軍大佐(Army colonel)
だったのです。
一方、日本側も外務省(Ministry of Foreign Affairs)や防衛庁(当時)(Defense Agency)
のキャリア組(career-track bureaucrat)と自衛隊(Self Defense Forces)の高級幹部
(Senior Officers)で固めていました。
社交儀礼(Protocol)の交換が終わり、会議が具体的な内容に入るや能力不足が露呈しました。
軍事関係の会議でしたが、このレベルになると軍事は政治と一心同体(one and the same thing)
で、ぼくの語彙はまったく不十分だったのです。
前もって専門用語(jargons)を調べておかなかったつけもあったでしょう。
たちまち頭の中で英語の音と意味が滑り始め、つながらなくなりました。パニックの予感が募りま
した。しかし、いったん言いよどめば通訳の信頼はその場で失墜します。
勘(intuition)と度胸(courage)とハッタリ(bluff)を総動員して通訳し続けるしかありませ
んでした。
幸い、日本語の分からない米軍側は満足の様子でした。
しかし……並み居る日本側男性陣のなかで、控えめにノートを取る紅一点
(only girl in the grope)が目に留まりました。どこかで見覚えがありました。
彼女の手元に自然と視線が引き寄せられ、そして息を呑みました。驚異的なスピードで速記
(shorthand)をとっていたのです。
同時翻訳(simultaneous translation)だ!
そして、思い出しました。彼女は首脳会談(summit)のニュースなどでよく見かける同時通訳者
でした。総理大臣(prime minister)の後ろに控える通訳官だったのです。
外務省キャリアのエリート中のエリート(elite)のノートには、ぼくが犯した不正確な訳
(inaccurate interpretation)、単語や文章の欠落(omitted words and sentences)、
間違いのみならず、完全なハッタリまで事細かに記録されてたに違いありません。
このときの心境は、手の内を見透かされたペテン師(con man)でした。
数時間後、会議は終わりました。
これまで味わったことのない頭痛にこめかみが疼き、顔が歪みました。
そうとは知らない米側高官はカクテルパーティーに誘ってくれましたが、断わりました。
一刻も早くその場から消えてなくなってしまいたかったのです。
出口を目指して足早に歩き始めたとき、この通訳官とすれ違いました。
「ご苦労様でございました」
と伏せ目がちに会釈してきました。
真摯な態度でした。
ぼくは、一言もありませんでした。
次の授業に進む。
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DLIでの授業風景はこちらからどうぞ。
DLI写真館
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【著書の紹介】
米軍将校時代の体験をまとめた本「名誉除隊-星条旗が色褪せて見えた日-」を発売してい
ます。
興味のある方はぜひご一読下さい。
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