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◆【軍隊式英会話術】 vol.11
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言い換えのコツをマスターする Takashi Kato
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11時間目 言い換えのコツをマスターする
教室に入るなり電気を消し、学生を指差して「電気が…?」とたずねます。
「電気が消えました」
即座に答えが返ってきます。
隣の学生の後ろに回り
「教室が…?」
と聞きます。
「えーっと、教室が…カルイ…いいえ、カラク…じゃなくて、暗くなりました」
どうにか正答にたどり着いたが、本当の会話(real conversation)や口答試験(oral test)
だったら出てこないでしょう。
プレッシャーがかかると、会話能力は文字通り半減するからです。
再び電気をつけとなりの女性中尉(female 1st lieutenant)に、
「電気を…?」
と問います。
「電気をつけました」
「ではいまの状態は?」
「電気がついています」
「では、誰かが電気をつけた、ということを暗に言いたかったら?」
「電気がつけてあります」
打てば響く反応です(quick response)。
日本語に接してから約半年。順調に伸びているようです。
一番後ろに座っている学生の机まで行って今日の日付(today's date)を聞きます。
「5月5日です」
「そうだね。5月5日は日本では何の日かな?」
座間基地生まれの学生長(class leader)は「子供の日(Boys Festival)だと応じます。
「では少佐(Major)、子供の日をみんなにわかるように説明してくれないか」
「はい。子供の日というのはヨロイカブト(Samurai armor and helmet)を見せる日です」
凛とした声(manly voice)が日本男児です。
しかし「見せる」はdisplayの意味で、いかにも英語の直訳に聞こえます。
「少佐、ネックレスは日本語で何かな?」
「はい、たしか…首飾りです」
「首は?」
「neck」
「飾りは?」
「decoration」
「そう。だからこいつを動詞にするんだ。飾る、だ」
若い佐官(field grade officer)はしばし考え、
「子供の日はヨロイカブトを飾る日です」
と言いなおします。
新しい言葉を手持ちの表現で言い表す練習(paraphrasing exercise)は、語彙不足(lack of
vocabulary)を補ったり、難しい言葉を分かりやすく説明したりするために不可欠です。
その日が8月15日なら、
「終戦記念日(End of the Pacific War Day)を小学生が分かるように説明してみてくれないか」
ともっていきます。普通の学生(an average student)でも、
「終戦記念日というのは、日本とアメリカの戦争が終わった日です」ぐらいは言えます。
気の利いた学生(a witty student)なら、
「太平洋戦争が終わった日です」
と返してくるかもしれません。
英語を学ぶ場合も、手持ちの語彙(vocabulary at hand)で知らない英単語(unknown
English words)の言い換え(paraphrasing)を心がけてください。
めきめき力がついてきます。(You will feel the improvement)
例えば「イルカ」という英語を知らない場合、
"An animal living in the sea which is cute and cleaver, what is
it?"
(海に住む動物で、かわいくて頭がいいのは何だっけ?)
と説明すれば、
"That is a dolphin"(それはイルカだよ)
と教えてもらえます。
「ラクダ」なら
"A desert animal which can live without drinking much water, what
is it?"
(砂漠の動物で、水をあまり飲まなくても生きいていられるのは何だっけ?)
で、camelが出てきます。
「運河」という英語を忘れたら、
"a manmade river connecting two seas"
(二つの海をつなぐ人工の川)とか
"artificial rivers which are at such places as Panama and Suez"
(パナマやスエズにある人工の川)
で意味が通じます。
この手の言い換えのコツ(a trick in paraphrasing)は難しく考えないこと。
つまり「標高の異なる海面をつなぐために水門を使って水位を上下させて…」というような
大人の知識を持ち込まないことです。
小学校低学年でも分かるように説明するというのは、日本語と英語の間にある語彙や構文能
力のギャップをできる限り小さくすることなのです。
両者の格差が小さいほど英訳は易しくなります。
手持ちの語彙を最も効率よく使う習慣も知らずと身につきます。
最後に一例をひいておきましょう。
新米学生の自己紹介でよくあるのですが、家族の説明で、
"My family is just two; my wife and myself. But she is pregnant
and a baby
is expected next month"
(家族は二人だけです。家内とわたしです。でも、家内は妊娠中で、赤ちゃんが来月生ま
れます)
と言いたい時、1カ月目の学生の語彙には「妊娠」(pregnant)も「生まれる」(be born/
expected)もまだありません。
たいていの場合、ここで行き詰ってしまいます。ですが、このレベルでも難しく考えさえしな
ければ、意味を伝えることはできるのです。
読者の方々だったら、どういう表現を使いますか?
ひとつの答えとして、こういうのはどうでしょう。
"My family is just two. But it will be three next month"
(家族は二人だけです。でも、来月は三人になります)
これなら、「三人」と「なる」という最低限の単語で「妊娠」や「生まれる」と同じ意味のこ
とが言えますね。
外国語学習では、学生に自ら答えを見つけさせることが上達の決め手です。
ただ答えを与えていたのでは、語学は暗記(mechanical memorization)の域を出ないから
です。
英語を自らの力でコミュニケーションの一部にしている、という実感と喜びが「使える英語」
(practical English)を身につける原動力なのです。
各授業はこのような「頭の体操」(mental warm up)で始まります。
質問はその日の天気であるかも知れず、前に習った動詞や形容詞の活用であるかも知れません。
学生にすれば何を聞かれるか分からないので一時も気が抜けません。
教官は教室に足を踏み入れた瞬間、語学的圧力釜(linguistic pressure cooker)のプレッシ
ャーを一気に上げ注意をひきつけます。
機関銃の弾幕射撃(machinegun barrage)の要領で質問を浴びせかけるのです。
卒業間近のクラスなら、たとえばスクリーンに自由の女神像を映し出して質問します。
「これは日本語で何かな」
(What is this in Japanese?)
「名前は忘れましたが、フランスからの贈り物で、自由のシンボルです」
(I forgot the name but it is a gift from France and is a symbol of freedom)
「そのとおりだ。では、アメリカにあって中国やイランにない自由は何だろう」
(That is correct. Then, what is freedom which people have in America
but not
in China or Iran?)
そういいざま数人の学生に視線を送ります。
「言論の自由」(Freedom of speech)
「集会の自由です」(Freedom of Assembly)
「宗教の自由も」(Freedom of religion)
などの答えが返ってくれば上等です。
「では自由を保障してくれるものは?」
(Well then, what guarantees freedom?)
「権利です」(rights)
「じゃあcivil rightsは日本語で」
「市民権…いえ、公民権です」
「マーチン・ルーサー キング牧師の肩書き(title)は何だったかな?」
「公民権運動指導者です」
(civil rights movement leader)
「いま市民権といったね?」
「市民権はcitizenshipでした」
「では選挙権は英語で?」
「suffrageです」
「では権利の裏返しは?」
(What is the other side of rights)
「義務や責任です」
(Obligation and responsibilities)
「じゃあobligatory educationは」
「義務教育」
「ならば義務兵役と言えば?」
「mandatory military serviceです」
テニスのボレーを思わせる受け答えが続きます。
教卓にはとどまらず、学生の間を歩き回ります。当てる順番も無作為にし、同じ学生が数回立て
続けに当てられることもあります。ひきつけた注意を手放さないためです。
DLIのベテラン教官が毎日実践している授業のコツ(secret)ですが、研修会に出れば体得でき
るというものではありません。
手の内を読むことに長けた海千山千の下士官(seasoned NCOs)や、気位の高い佐官たち。
前夜の服装、兵舎点検(uniform & barracks inspection)で数時間しか寝ていない新兵たち
を前に、いかに飽きさせず、居眠りさせず、やる気を保たせ、かつ尊敬を勝ち取るか。
これは実際に米軍将兵と四つに組み、時に励まし、時に叱咤し、またあるときは人知れず唇をか
む思いをしてはじめて身につくものなのです。
外国語を学ぶということは、未知の音との格闘(struggle with unknown sounds)だと前に
書きました。しかしそれだけではありません。
言葉は文化の中で育まれてきたものですから、どうしても異文化との格闘(struggle with alien
culture)にもなります。
詳しくは後述しますが、たとえばアメリカ人学生が先生に接する態度は、儒教の礼節が浸み込ん
だわれわれのものとはずいぶん違います。
大半は先生のことを、アメフトかバスケのコーチか何かのようにとらえている節があります。
日本語というゲームの技術やルールを教える単なる指導員(mere instructors)といった感じ
でしょうか。
先生を人生の先達として尊敬もする日本流に比べると素気ない態度です。
日本流のお辞儀が自然な仕草になり、そつのない尊敬語や謙譲語が使えるようになった学生が、
卒業式の後、挨拶もなしにいなくなってしまうことはままあります。
彼らにとって、日本語や日本的礼節( Japanese courtesy)は文字通り「卒業するためのゲーム」
(game to play to graduate)に過ぎないのかもしれません。
教える側にとってはいささか寂しいですが、実用一点張りのアメリカ文化(pragmatic American
culture)のなかで育った者に、儒教の礼節を期待するほうが間違っているのだとも言えるで
しょう。
逆に英語を学ぼうとする日本人の礼儀正しい態度は、米国人教師にとって堅苦しく、いや、こと
によったら距離を置きすぎだとか、お高くとまっていると誤解されているかもしれません。
そんな日米間の文化の差は、たとえばつぎの諺(proverb)にもよく表れています。
日本では「出る杭は打たれる」(The stake which sticks up gets hammered down:
Don't make waves)のに対し、アメリカでは「一番うるさい歯車が油を差してもらえる」
(The gear that squeaks most will get oiled)と言うのです。
国にせよ会社にせよ個人にせよ、自己主張(self-assertion)ができないものは無視され、下手
をすれば骨の髄までしゃぶられる(completely used by others)。
嫌だって仕方がありません。
英語が幅を利かす国際社会の現状です。
(Reality of the international society where English dominates)
ならば英語を学び、世界に羽ばたかんとする日本人は、英語的な、つまり直截でドライで実用的
な思考パターンも(a direct, dry and pragmatic way of thinking)習得するべきではない
でしょうか。
異文化人を相手に、物事をやや単純にしかし鮮烈な印象を持って伝えることができるのは「直線
的な英語人間」であり、侘(わび)寂(さび)を重んじる「枯山水的日本人」ではないからです。
「謙譲の美徳」(Virtue of modesty)は一歩外に出たら通用しません。
英語だけでは海外の荒波は乗り切れないことを忘れないでください。
次の授業に進む。
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DLIでの授業風景はこちらからどうぞ。
DLI写真館
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【著書の紹介】
米軍将校時代の体験をまとめた本「名誉除隊-星条旗が色褪せて見えた日-」を発売してい
ます。
興味のある方はぜひご一読下さい。
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