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◆【軍隊式英会話術】 vol.34
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エアボーンスクールで鍛えよう(1) Takashi Kato
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34時間目 エアボーンスクールで鍛えよう(1)
兵舎(barracks)の外に出ると、まだ日が昇る前(before dawn)だというのに、あたりの
空気には熱気の粒(seeds of heat)が濃密に漂っています。
8月のジョージア州ベニング基地(Ft. Benning, Georgia)にある空挺学校(Airborne
School)の1日の始まりです。
濃い霧(dense fog)のむこうに、巨大な降下塔(gigantic jump tower)がそびえています。
衝突防止用の明滅する赤ランプが、怪物の目のようで不気味です。
長い訓練(long training)のことを思うと気持ちが萎えてきて(discouraged)押しつぶさ
れそうです。
しかし、陸軍のエリート「空挺隊員」(Airborne)になるか、訓練に耐えられず逃げ出した
「臆病者」(Quitter)の烙印を押されるかがかかっているのです。
やめることは選択肢ではありません。(Quitting is not an option)
"Fall in!"
(整列!)
朝礼です。(Morning formation)
さあ、気合を入れて!(Fired up!)、先のことは考えず、1日ずつやるのです。(Take one
day at a time)
"Quitters! Front, Center!"
(辞めたい者は前に出ろ!)
赤茶色の空挺ベレー(Airborne beret)をかぶった二等軍曹(Staff Sergeant)が朝礼台
から叫びます。
憎々しげな声です。学生を蔑(さげす)んでいるのが分かります。
陸軍空挺学校では、空挺徽章(Airborne wings/parachutist badge)のない者は階級によ
らずLEG(足)、つまり「空挺でない歩兵」として蔑視されるのです。
毎朝、何人かがおずおずと朝礼台の前に出てきます。たいていは若い兵隊です。もともとやる
気がなかった(unmotivated)連中でしょう。
"Any more quitters?"
(他にも辞めたい者がいるか?)
"No, Sergeant Airborne!"
(いません、空挺軍曹!)
空挺学校では、空挺徽章をつけた下士官(Non-commissioned officer: NCO)はただ「軍曹」
ではなく「空挺軍曹」と呼ぶことが義務付けられています。
「空挺にあらざるは兵隊にあらず」を徹底させる一種の洗脳(brainwashing)です。
「臆病者」を残し、空挺学生は中隊ごとに訓練地へと行進します。
行進の指揮をとるのは、たいていドリルサージャントです。しかし、かれらも空挺学校では同
じ学生で、あの丸つば帽子(campaign hat)はかぶっていません。
右胸の訓練下士官パッチ(drill sergeant patch)でそれと分かるのです。
新兵訓練では畏敬の対象だった訓練下士官が仲間の学生だというのは妙なものですが、先が見
えない不安な状況では、心身強靭なドリルサージャントは頼もしい先輩軍人です。軍隊という
のは面白いところです。
訓練地域で整列して待っていると、歌声が聞こえてきました。
"Airborne, Airborne All the Way! Airborne, Airborne, All the way!"
(空挺、空挺、どこまでも! 空挺、空挺どこまでも!)
引き締まった体躯の一団が隊列を作って駆け足してきました。空挺学校の教官(Airborne
School instructors)、ブラックハット(Black Hats)です。
黒い野球帽(black baseball cap)に空挺徽章(Airborne Wings)と階級章(rank)をつ
けていることからの命名です。
空挺学校は地上ウィーク(Ground Week)、降下塔ウィーク(Tower Week)、航空機降下
ウィーク(Jump Week)の3週間からなっています。
士官候補生(cadet)として入校すると、ゼロウィークといって、芝刈り(mowing)など
基地内の雑用(chores)をさせられることもあります。
我々はまだ地上ウィークです。訓練のほとんどは基礎体力増強(basic physical strength
building)と、航空機内での基本動作(basic movements in the aircraft)、そして
parachute landing fall(PLF)と呼ばれる着地時のケガを防ぐための受け身の練習が連日
繰り返されます。
一番地味で退屈で、しかも肉体的に堪(こた)えるのがこの週です。
準備運動(warm up)のあとは5キロから8キロを1キロ6分ぐらいのペースで走ります。
夏場は早朝といっても湿度が高く、体力の消耗(exhaustion)は相当なものです。基礎的な
持久力(basic endurance)のない学生は、この段階でどんどん脱落していきます。
隣りを走っている学生が顎(あご)を出しています。手足のコーデネーションがなくなり、
まるで糸の切れかかった操り人形のようです。
案の定、ブラックハットがやってきました。この学生の襟をつかんで隊列の外に出しました。
"Soldier! You can't run and you can't jump. You are not cut out
to be a paratrooper!
You are just a dirty LEG!"
(ソールジャー、走れなければ、ジャンプもできない。お前は空挺の器じゃない。ただの薄汚
い歩兵だ!)
容赦ない言葉が脱落者(dropout)に浴びせかけられます。"cut out to be" というのは面白
い表現ですね。
これは、クッキーを作るときの金型を考えると良く分かります。cut out は「切り抜かれてい
る」、つまり「そのような形になっている」の意味です。not cut out to be なら反対に「そ
のような形になっていない」になり、意訳すれば「向いていない」とか「器でない」になります。
ブラックハットの檄(げき)は、しかし本人に対してより、残りの学生に向けられたものです。
まだ見込みのある学生の気力を鼓舞しているのです。
道端に座りこんだ学生は、むしろほっとした表情を浮かべていることがあります。
空挺は誰にでもなれるわけではないのです。(Not everybody is cut out to be Airborne)
ランニングのあとは、Mock Door (模擬ドア)と呼ばれる訓練です。
輸送機(cargo plane)の胴体模型(fuselage mockup)の降下ドアから飛び出します
(Jump out)。
もっとも砂場に作られているので、地面は30センチ下です。にもかかわらず、ブラックハッ
トたちの動作と表情は恐ろしく真剣です(deadly serious)。
大の大人が砂場の飛行機から大真面目で飛び出す様は、空挺学校でなかったら異様(bizarre)
でしょう。
"Stand Up!"
(立て!)
"Hook Up!"
(スタティックライン装着!)
"Shuffle to the Door!"
(ドアに向かえ!)
"Jump!"
(ジャンプ!)
"Count to four!"
(4秒まで数えろ!)
スタティックライン(static line)というのは、航空機の中に張られている鉄線で、これにパラ
シュートを引き出すための金具を引っ掛けるのです。
これを Hook Up と言います。Shuffle は「すり足」のことですが、Airborne Shuffle という
と、小走りに動くことです。
狭い機内に落下傘(parachute)を背負いスタティックラインにつながれた兵士たちがぎっしり
一列に並んでいるので、全員が短時間で機外に飛び出すにはこの方法しかないのです。
Count to four は機外に出てから開傘(parachute opening)するまでの間合いを計るための
コツです。
実際には "One one thousand, Two two thousand...." のように数えます。
それまでは顎を引き(pull the chin in)、両手は腹の上の予備落下傘をつかむようにして空気抵
抗を減らすのです。
この単純な動作をひたすら繰り返します。いささかバカバカしくなってきます。ですが、他のす
べての動作と同じように、ブラックハットによる採点対象(testable)です。
ひとつでも合格(pass)できないと、次の週の訓練に進むことができません。リサイクルされ
るのです。
こんな退屈な訓練(boring training)を繰り返すのはたまったものではありません。実はこの
反復練習(repetitive exercise)には大切な意味があるのですが、それは実際に飛行機に搭
乗するまで分かりません。
次の訓練はPLFです。屋根つきの巨大な砂場に中隊全員が集められ、まず1メートルぐらい
の高さから飛び降ります。
"Put your knees together!
(両膝をそろえろ!)
"Don't anticipate the landing!"
(着地を予期するな!)
"Pull the chin to the chest!"
(顎を引け!)
何回やってもブラックハットの容赦ない批評(relentless critique)が飛んできます。ヘル
メットの中も上着の中も砂だらけで、汗と混じって不快このうえありません。
"Why do we need training like this? In a civilian jump school, you
can jump in
one day!"
(どうしてこんな訓練が要るんだ?民間のジャンプスクールなら一日で出来るのに!)
仲間の学生がぼやきます。それは、陸軍空挺学校がエリート養成機関(elite training school)
だからです。
確かに技術だけなら1日で習えます。しかし、落下傘兵(paratrooper)としての誇り
(pride)、団結心(esprit de corps)、闘魂(fighting spirit)を養うためには過酷な訓練
が必要なのです。
裏を返せば、そういう忍耐力、気力を持ち合わせていない兵士をふるい落とす(eliminate)た
めのスクリーニングでもあるのです。
80年代の空挺学校には break area procedure (休憩所手続き)なる通過儀式(rite of passage)がありました。
入校1日目、最初の訓練の前に学生全員が休憩所に集められます。整列も命令されず、何のこ
とかといぶかっているとブラックハットたちがやってきて学生を取り囲みます。殺気立った雰
囲気です。狼の群れの前の羊といったところです。突然、
"You dirty LEGS! Get down!! Give me 1000 push-ups! Hurry up! Move!
Move!
Move! LEGS!"
(薄汚い歩兵め!地面に突っ伏せ!腕立て1000回!もたもたするな!動け!この歩兵め!)
取り囲んでいたブラックハットたちが口々に怒鳴ります。消火ホースから水が浴びせられ、休
憩所は瞬時に泥田と化します。ものの数分で、あたりは苦痛にあえぐ学生の呻き声で満たされ
ます。
泥をかぶって性別も分からない顔に、怯(おび)えた青い目や茶色の目がだけが異様に光って
見えます。まるで新興宗教の入門式(Initiation)です。
もちろん、ブラックハットたちは1000回の腕立てができるなどとは思っていません。出鼻
でショックを与え(shock them at the beginning)、もともと気力の薄弱な者を辞めさせる
のが狙いなのです。
自分も動揺のあまり辞めることが頭をかすめました。しかし隣りにいた海軍特殊戦部隊(NAVY
SEALS)の兵曹(Petty Officer)が言ったのです。
"Soldier, don't worry. This is just a mind game. It will never happen
again.
So just hang on. You can make it!"
(ソールジャー、これはただの脅しだ。こんなことは二度とない。だからがんばれ。大丈夫だ)
Mind game とは心理戦の意味で、相手の心に動揺を与えることです。Hang on は文字通り「し
がみつく」の意で「ふんばれ」とか「あきらめるな」になります。You can make it は慣用句
で「上手くいく」とか「最後までできる」のように使われます。
この兵曹の言葉通り、休憩所手続きが繰り返されることはついにありませんでした。
次回はいよいよ地上83メートルの降下塔からのジャンプに挑戦です。
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