序文
スパイ活動の道具は、OSS(戦略事務局)が第二次世界大戦中にスーツケース無線機を使っていたころにくらべると、長足の進歩を遂げている。たとえば、戦後はトランジスターなどの新しい発明により、はるかに進歩した小型で高速の通信装置や監視機器、カメラ、秘密文書技術などが登場した。CIAはいち早く新しい技術を取り入れ、それは今日のマイクロチップと衛星通信の時代にいたるまで続いている。本書は1970年までの装備を扱っているが、これは現在使用されている装備を明かすことがないようにという配慮からである。
技術が進歩すると、古いスパイ道具は時代遅れとなってしまい、脇に追いやられて、大部分が忘れ去られてしまった。一民間人として、こうした秘密の世界に必要な道具を研究し収集することに多大の時間を割いてくれたH・キース・メルトン氏に、われわれはおおいに感謝しなければならない。彼の努力により、かずかずの魅力的で、そして多くはユニークな装置が、このすばらしい本の中で写真とともに紹介される運びとなったのである。これらの装置は、かつては国家機密に属し、高度の機密のベールに包まれていたものだ。
メルトン氏のコレクションからここで紹介されているスパイ活動の道具や装備は、たとえば、「ボタン・ホール」ロボット・カメラ、腕時計カメラ、煙草箱カメラ、膨張式ゴム飛行機、一人乗りミニ潜行艇などである。それぞれの品々の大多数には、オリジナルの説明書から取られた珍しいイラストがついている。概してプロのスパイたちというのは、こういった装備を実際に使ってみるまえにまず説明書を読んでみろと言ってきかせなければならない人種である。
本書は、多くの情報局員が頼りにしてきた各種の装置が消えることのないようにと願うメルトン氏の17年にわたる努力の結晶である。この業績は、広く一般大衆のみならず、かつてこの装備を使用した経験を持つわれわれの多くから、大きな称賛もって迎えられるだろう。
リチャード・ヘルムズ 元CIA長官
まえがき
1952年、モスクワのアメリカ大使館で、大使の机の背後にかかった木製のアメリカ国章の中から小さな盗聴装置が発見された。ソ連がアメリカ大使の会話を盗み聞きしていたという事態は、考えるだに恐ろしいものだったが、その装置を検分した結果、さらに戦慄すべき事実が判明した。CIAの技術支援スタッフ(TSS)が調査していたのは、西側情報機関がはじめて見る「受動式空胴共振送信機」だったのである。大きさは周囲約6.3センチ、厚さ約1.7センチほどで、長さ22.5センチの細いロッド・アンテナがついていた。この装置は電池も電源コードもスイッチも使わず、音声盗聴の技術の、これまで不可能と思われていた水準に達していた。この最新の高度な技術は、市販の法執行機関用器材や第二次世界大戦以来の旧式な電話会社の盗聴装置などに頼っていたCIAの盗聴能力を一挙に色褪せたものにした。
アメリカがソ連との冷戦に勝利をおさめるためには、極秘活動のための技術の進歩が不可欠だった。科学技術におけるアメリカの業績も、CIAのスパイ技術という分野に反映させねばならなかった。
本書で筆者は、こうした開発の結果1962年ごろの冷戦のもっとも激しかった時期にアメリカの情報機関に供されるようになった特殊な道具や装備がどういうものであったかを読者に知ってもらうことを心がけた。ここで取り上げた装置の大部分はCIA専用に開発されたものであるが、ミノックス・カメラやミニホン・レコーダーのように民間で設計されたものもある。この装備はCIAだけでなく、西側の情報機関によって広く世界中で使用された。文書複写アタッシェ・ケースのように、軍事情報部によって開発されて、CIAをはじめとする情報機関によって使用された例もある。一般に、スパイ装備は、どの情報機関が開発したものでも、ひんぱんに友好国の情報部に提供されたのである。
本書は公式の情報源にもとづいた研究書ではない。そうした試みに必要な情報はまだ公開されていない。これは、わたしが20年にわたってアメリカやカナダやヨーロッパの図書館や博物館、公文書館、書店、研究室、個人コレクションなどに足を運んで調査した結果である。個々の装備が使用された時期は、わたしが手に入れられた最高の情報にもとづいて推測したものである。なかには、使用されている技術の水準から判断するしかなかったものもある。
CIAは、当然の理由から、その装備に中央情報局ないしCIAといった名称を記入したり刻印したりはしない。しかしそれでも、歴史家が本書であつかったスパイ装備の出所を特定するのに有用な手掛かりはいくつもある。
・第二次世界大戦中にOSSのために開発されたさまざまな装備。CIAはOSSがつちかった技術的ノウハウをもとに1947年に設立されたものであるため、OSSの調査開発部についての広範な情報をもとにすれば、CIAの技術の成り立ちについてうかがい知ることができる。OSSのいくつかの装備に使われたアルファベットによる命名方式は、わずかに変更されただけでCIAに採用された。(例をあげれば、OSS初の秘密通信機の名称は、Special Services Transmitter Receiver‐1<特殊機関用送受信機1型>の頭文字をとってSSTR‐1であった。SSTR‐1の各構成部分は、SSR‐1<特殊機関用受信機1型>、SST‐1<特殊機関用送信機1型>、SSP‐1<特殊機関用電源部1型>と名づけられていた。)
・元CIA職員が書いた各種の回顧録には、ときおり装備についての言及がある。ハリー・ロシッツケは、「CIAの秘密作戦」(リーダーズ・ダイジェスト・プレス刊、1977年)のなかで「大型のRS‐1トランシーバー」について触れている。また、フィリップ・エイジーの「ザ・カンパニーの内幕――CIA日記」(ストーンヒル・パブリッシング、1975年)には、「SRR‐4」監視用無線機が登場する。こうした描写は、個々の装備についての記録というだけでなく、同様の命名法を使用した関連装備を調査するさいの手掛かりとして重要である。上に掲げた2例のおかげで、RS‐6(無線局6型)やRR/D‐11(無線受信機/D‐11)、SSR‐5(特殊監視受信機5型)といった装備の識別が可能になったのである。
・装備のいくつかについているマニュアルや説明書は、その出所の手掛かりとなる。どのマニュアルにも秘密区分や支給部局の名称など書いていないが、注意深く見れば、そのレイアウトやデザイン、図版、書体などの一貫性によって、識別できることがあるものである。
・情報の自由法によって、1970年代なかごろから、CIAのマニュアルがいくつも公開され、公刊されるようになった。
1)「CIA封書開封マニュアル」(ジョン・M・ハリスン編、1975年)。この本には、ホットプレート1型と、封書開封(フラップス・アンド・シールズ)用具が紹介されている。この本に含まれている情報のおかげで、封書開封キットの識別が可能になった。
2)「CIA爆発物補給カタログ」(出版社、刊行年の記載なし。マニュアル自体の制定日は1966年7月1日)。このマニュアルは、各種の爆発物や焼夷弾、破壊工作用器材を、発注のための連邦物品番号(FSN)つきで掲載している。
3)「CIA特殊武器カタログ」(出版社、刊行年の記載なし)。このカタログには、各種の爆発物や焼夷弾、破壊工作器材が、発注用のFSNつきで掲載されている。さらに、9ミリ「ディア・ガン」とCIA用「スティンガー」についての詳細な説明がある。
4)「手製武器ハンドブック 第1巻と第2巻」(フランクフォード造兵廠発行、リプリント版の出版社と刊行年の記載なし)。この2巻本はオリジナルの「ブラック・ブック」をもとにしたものである。
・カナダ人のジョン・ミナリーの武器関連蔵書からの出版物(最近の「CIA秘密武器、道具、装置カタログ」<パラディン・プレス、1990年>を含む)には、冷戦がもっとも激しかったころの興味深い品々が収録されている。
・CIA技術支援スタッフは、音響技術者、錠前師などの職人たちから徴募され、彼らはCIAをやめたのちは、その技術を生かせる職についた。そうした装備を製造する私企業どうしの緊密な関係は、1950年代からはじまり、1970年代も続いた。もともとは冷戦のために開発された盗聴器は、1960年代から70年代にほとんど変更も加えられずに法執行機関や私立探偵用の製品販売用カタログに姿を現わした。「ある人物にかんするすべての情報を得る方法 第2巻:個人監視の百科事典」(リー・ラピン著、ISECO刊、1991年)のような関連出版物には、「細線敷設キット」や「情報活動用ケース」のようなCIAが開発または使用した装備が取り上げられている。
・外国の出版物にはひんぱんにアメリカのスパイ装備の写真が掲載されている。
1)「沈黙の力:第二次世界大戦後の秘密機関 第1巻」(フェアラーク・ダス・ベステ刊、1985年、ドイツ)には、本書で取り上げた秘密投函所装置の写真がある。
2)「現行犯逮捕:ソ連邦にたいするアメリカの情報および転覆活動の実態」(ソ連情報局刊、1960年、ソ連)には、催涙ガス・ペンやRS‐6トランシーバー、RS‐1トランシーバー(ただし誤って、構成部分の1つの名称であるRT‐3と説明されている。)が紹介されている。
・ソ連邦の崩壊で、かつては考えられなかった供給源からファイルやCIAの装備に近づけるようになった。それは旧KGBの第2総局の公文書保管所と博物館である。1992年にロシアを訪れたさいに筆者は、1950年代から60年代にかけてのCIAをはじめとする西側情報機関のスパイ活動用装備が数多く展示されている様子を見学して、識別のための知識を仕入れる機会を得た。
本書が中心に扱っているのは、1945年から70年にかけての冷戦期であるが、なかにはまだ使用されている装備もあるかもしれない。秘密保持の必要性から、CIAの技術支援スタッフに所属する職員や技術者個人がその業績を讃えられることは永久にないだろう。そんな彼らに称賛をこめて本書を捧げる。
H・キース・メルトン
●『付録 OSS特殊武器と装備』
目次
序文 123
まえがき 125
国防調査委員会の歴史 126
国防調査委員会の組織 127
OSS調査開発部の歴史 129
ファイティング・ナイフ 132
小型ファイティング・ナイフ 133
スリーブ・ダガー* 134
ラペル・ナイフ* 135
フリスク・ナイフ* 136
グラヴィティー・ナイフ* 137
スマシェト 138
スプリング棍棒 139
マーク1絞殺具* 140
ペスケット近接戦兵器* 141
ナックル* 142
スティンガー 143
エン‐ペン* 144
.22口径煙草ピストル* 145
パイプ・ピストル* 146
葉巻ピストル* 147
リベレーター(ウールワース・ガン) 148
サイレンサーつき.22口径自動拳銃 150
ウェルロッド* 151
手袋ピストル 152
ベルト‐ガン* 153
.32口径コルト拳銃* 154
.45口径M3短機関銃用サイレンサー銃身 155
サイレンサーつき狙撃銃* 156
デリール・カービン* 157
ビゴット* 158
リトル・ジョー* 159
ウィリアム・テル* 160
ダート‐ペン* 161
エアー‐ペン* 162
ポケット焼夷弾M1 163
シティー・スリッカー 164
リンペット 165
ピンナップ・ガール 166
クラム 167
アネロメーター 168
ビーノ 169
石炭爆弾* 170
石炭爆弾偽装キット* 171
SSTR‐1スーツケース無線機* 172
SSR‐5ミニ無線機* 173
AN/PRC‐1スーツケース無線機* 174
AN/PRC‐5スーツケース無線機* 175
SCR‐504方向探知無線機* 176
タイプBマークUスーツケース無線機* 177
タイプAマークVスーツケース無線機* 178
M‐209暗号機* 179
M‐94暗号装置* 180
一回限り暗号帳* 181
「フー・ミー?」 182
犬用擬臭跡 183
ファイアーフライ 184
カッコルベ 185
タイヤ・スパイク* 186
破壊工作員用ナイフ* 187
MK.3(時計) 188
粘着剤、粘着テープ 189
マッチ箱カメラ 190
ミノックス・ミニチュア・カメラ* 192
ギルフーリー 194
プレスX 195
医療キット 196
鍵開けナイフ* 197
脱出ナイフ* 198
脱出キット* 199
ボタン・コンパス* 200
ウェルバイク* 201
スリーピング・ビューティー* 202
降下服* 204
記章、身分証明書、証明書、送別の手紙 205
OSS用語解説 208
序文
OSS(戦略事務局)は即興の才が生んだ成果の一つである。アメリカが第二次世界大戦に突入したとき、フランクリン・ローズヴェルト大統領は、ニューヨーク出身の旧友ウィリアム・J・ドノヴァンに、戦争遂行のために必要な情報機関を作れないかと尋ねた。ドノヴァンは、そうした組織を無から作り上げなければならないことを知っていたが、その挑戦に喜んで応えたのである。
ローズヴェルトの人選は確かだった。名誉勲章を得た第一次世界大戦の英雄であるドノヴァンは、勇気をふるい、生来の知的好奇心と戦闘的な弁護士の思考を生かして、新旧の問題に新たな解決を探し、国家の目的を達成するためにあらゆる努力を払ったのだ。
ドノヴァンは、イギリスからは二百年にわたる情報活動の経験を学び、科学技術界には新しい情報収集に必要な専用装備を開発させ、アメリカの各大学からは資料を情報に変えるための調査員と分析員を引き抜いた。
ドノヴァンはこうしたさまざまな要素を統合してOSSを創設した。そしてOSSのメンバーたちに国家の敵と戦うという重大な使命を与え、同時に戦いの遂行法を研究するよう命じたのである。
ドノヴァンはいかなるアイデアにも耳を傾けた。もちろんすぐれたアイデアばかりではなく、なかには失敗に終わったものもあったが、ドノヴァンはつねに部下たちに発破をかけつづけた。有能で情け容赦のない敵を相手にしなければならなかったOSSのメンバーたちは、任務に全精力を傾け、平時の儀礼などは総力戦の非情な現実の前に消し飛ばざるをえなかった。
H・キース・メルトンは、わが国の歴史における、この苦難と栄光に満ちた時期についての有数の研究者であり収集家である。彼は長年にわたって、自由を勝ち取るために開発され使用されたさまざまな装置を収集し、すばらしいコレクションを作り上げてきた。その収集品を、OSSが当時アメリカや連合国の多くの勇敢な人々に使用法を説明するさいに使った解説書を再現するという形で紹介したのが本書である。
関係者の多くは、コレクションのなかに当時実戦や訓練で使用したファイティング・ナイフや、ブービートラップを仕掛けるための発火装置、協力関係にあったレジスタンスの闘士たちに供給されていたリンペット爆薬などの懐かしい品々が含まれていることを発見して、思わず笑みを浮かべるにちがいない。
また部外者がこのコレクションを見れば、占領軍と戦っていた勇敢な人々を支援するために、わが国がどのように秘密戦の兵器を開発したかを知ることができる。
しかし、おそらくこのコレクションが持つもっとも今日的な意味は、過激なテロリストが無辜の市民や航空機の乗客など、彼らの闘争に無関心な人々にたいして攻撃を仕掛けたばあいに、文明世界はどんな種類の武器に対処しなければならないのかということを教えてくれる点にある。
もちろん本書は、現代のテロ戦の深層を垣間見せるものではない。残念ながら現代のテロリストたちはずっと複雑な装置を持っている。だが、それでもわれわれがどういう種類の脅威にさらされているのかを知る目安にはなる。
また、もしアメリカがかつて戦略事務局の指導のもとで秘密戦の武器を開発できたのなら、いまも同様の有能さで、テロリストをはじめとする文明社会の敵と戦うために必要な道具や装置を開発しているはずだという心強い確信をも与えてくれることだろう。
ウィリアム・コルビー (OSSメンバー、1943〜1945 CIA長官、1973〜1976)
まえがき
第二次世界大戦では、科学技術が総動員され、各種の科学原理を活用して新しい兵器が開発された。その成果は注目すべきもので、これにより戦争は、これまで思いもよらなかったほどの技術的側面を持つようになったのである。
史上初めて戦争の趨勢は、開戦のときには存在していなかった新しい技術によって大部分が決せられるようになったのだ。
第19課とOSS調査開発部が共同で開発したものには、レーダーや原子爆弾に匹敵するような大きな発明はひとつもない。しかし、本書で紹介するような風変わりで革新的な兵器は、もともと敵戦線後方で活動する特殊部隊員たちのために作られたものである。
その開発にあたっては多大な想像力が注ぎ込まれたが、同時に将来それを使用する者にも同等の想像力を必要とした。こうした兵器は、ほかに類のないものであるために、その使用範囲もひじょうに限られていた。
しかし、敵の背後で行動中にある状況に追い込まれた者にとっては、その兵器はかけがえのないものだった。こうした理由から、開発を求める声が少なく、その用途も限られている場合でも、特殊兵器や装備を開発製造するにはじゅうぶんな理由と認められ、開戦時には予想もしなかったさまざまなものが製造されるにいたったのである。
1944年7月にOSSは、各地にちらばった基地や人員にたいして情報を統一するために、専用の各装備を写真と文章で解説した「シアーズ&ローバック」スタイルのカタログを発行した。このスパイ装備のカタログは、OSSがどのような武器や装置を持っていたかを教えてくれる貴重な資料である。ここで複製した1944年版カタログのオリジナルはひじょうに珍しい。発行部数が少なく、今日まで残っているのは数えるほどしかない。
本書ではこの1944年版カタログをベースに、戦争終結までに設計製造された武器や装備を加えた。OSSとSOE(イギリス特殊作戦執行部)の装備のデザインには共通性があったため、本書ではOSSが訓練や実戦で使用したSOEの装備もいくつかつけ加えた。アイテム名のあとに*印がついている場合は、このページがオリジナルの1944年版にあとから追加されたものであることを示している。
OSSのために開発された特殊な装備のいくつかは革新的な考案として、やがて破壊工作にひじょうに効果的な道具へと進化をとげていった。武器や装置のいくつかは、いぜんとして有用であるため、いまもアメリカの情報機関で使用されている。
殺傷力を持つ煙草ピストルからマッチ箱にかくしたカメラまで、OSSの特殊装備はじつにユニークなものばかりである。こうした革新的でときに危険な心そそる道具のかずかずは、秘密戦や平時のスパイ活動にいまも変わらぬ影響を及ぼしているのである。
●訳者あとがき
本書は、アメリカの有名なスパイ装備研究者・コレクターのH・キース・メルトンが1993年に発表したCIA Special Weapons &
Equipment: Spy Devices of the Cold Warの翻訳である。この日本版ではさらに付録として、同じ著者のOSS Special
Weapons & Equipment: Spy Devices of WWU(1991)を巻末に収録してある。
著者のメルトンは、秘密活動用の装備や武器の権威として世界的に知られている人物で、なかでも世界有数といわれる彼のスパイ用装備と武器のコレクションは、CIA向けに特別に展示されたほどの充実した内容を誇っている。日本でもすでに『スパイ・ブック』(伏見威蕃訳 朝日新聞社刊)が翻訳されているほか、ジェイムズ・ラッドと共著のClandestine
Warfare: Weapons and Equipment of the SOE and OSSなどの著作がある。
冷戦が終結したとはいえ、先頃の海上自衛隊スパイ事件の例をみればわかるように、スパイ組織はいっこうに衰えることなく活動をつづけている。二極対立の単純な構造が崩れ、対立関係が多極化した現代では、情報収集活動の重要性はむしろ増しているといっていい。しかも、国家対国家だけではなく、企業同士もまた生き残りを賭けて情報戦を繰り広げているというのが現状なのである。ここで取り上げられている品々のなかには、一見荒唐無稽と思われるようなものもあるが、どれもが相手の裏をかき、諜報戦に勝利するために真剣に考えぬかれた装備だ。
本書で取り上げられているのはおもに冷戦最盛期のCIAのスパイ装備だが、一見して驚かされるのは、こうした装備のいくつかがいまわれわれの身近に入りこんできているという事実である。盗聴や盗撮、ピッキングといった、かつてはスパイの手口だったものが、身近な犯罪としてわれわれの日常生活を脅かすようになっている。それも道理で、スパイ用に開発された技術が法執行機関や調査機関用に転用されたのち、民間に流失しているのである。しかも、現代では電子通信機器の性能の向上とコンピューターの普及によって、盗聴や情報漏洩などの危険ははるかに切実なものとなっている。そういった意味で本書は、われわれが直面している現実の一端を垣間見せているともいえるかもしれない。
なお、全体の分量の問題で、原著にある爆破器材などの特殊な装備を一部割愛したことを最後にお断わりしておく。
H・キース・メルトンH・キース・メルトン(H. Keith Melton)
秘密活動用の装備や武器の世界的権威。なかでも世界有数といわれる彼のスパイ用装備と武器のコレクションは、CIA向けに特別に展示されたほどの充実した内容を誇っている。日本でもすでに『スパイ・ブック』(伏見威蕃訳 朝日新聞社刊)が翻訳されているほか、ジェイムズ・ラッドと共著のClandestine
Warfare: Weapons and Equipment of the SOE and OSSなどの著作がある。
北島護(きたじま・まもる)
1962年札幌生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社編集部勤務をへて英米文学翻訳家に。専門は世界の特殊部隊と英国陸軍史。おもな訳書に『SAS戦闘マニュアル』『軍用時計のすべて』『第2次大戦各国軍装全ガイド』(いずれも並木書房)、村上和久名義でギャズ・ハンター『SAS特殊任務』(並木書房)、ジョン・ニコル『交戦空域』(二見文庫)、ロジャー・スカーレット『猫の手』(新樹社)などがある。
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