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著者のことば(一部)

 本書は、ボーイングおよびFAA(連邦航空局)の現職および元職員、業界の幹部やアナリスト、犠牲者の家族との数百時間にわたるインタビュー、そして裁判記録、会議の議事録、電子メールやインスタントメッセージ、ニュース記事、議会調査によって公開された文書、公式の事故報告など、数千ページに及ぶ公表資料に基づいて書かれています。また、主要な関係者の口述記録や公の場での発言、さらにマクドネル・ダグラスの合併やエンジニアのストライキという重要な年にボーイングを担当していた際の私自身の経験も活用しました。
  本文中の各人の発言は、私自身の取材や公開された記事、録音された発言からのものです。可能な限り名前を挙げて引用しましたが、ボーイングやFAAに対する批判的なコメントがキャリアに悪影響を及ぼすのではないかという懸念から匿名を希望する人もいました。また、ボーイングとFAAは、筆者のインタビューのリクエストを拒絶し、文章による質問に対しても、ボーイングは自社の会計方針を擁護する以外の回答については答えませんでした。FAAも筆者の質問には答えず、ほかの重要な関係者も同様でした。

目 次

主な登場人物 8

序章 かつてのボーイングではなくなった 13

間違った角度で設置された仰角センサー/見過ごしてはならない欠陥/続く737MAX墜落事故/変質したボーイング/社会的責任を放棄し私腹を肥やす/失われたボーイングの安全文化

第1章 空飛ぶフットボール31

B‐47爆撃機の大口契約/造船所の一角で水上機B&Wモデル1を製作/民主党政権による契約打ち切り/困難な旅客機の開発製造/707を救った伝説のテストパイロット/より安全な飛行機の開発を目指して/空飛ぶフットボール≠V37/予算の超過をいとわない社風/「もうエンジニアを増やすことができない」/苦戦する737の販売

第2章 ボーイング家の無名の天才「737」59

競合機DC‐10の相次ぐ墜落/ライバル機「エアバス」の登場/日本航空123便の墜落事故/驕りの始まり/エアバスが採用した最新技術/市場の急変を見過ごしたボーイング/明らかになる737の欠陥

第3章 明暗を分けたマクドネル・ダグラスとの合併 76

新世代の経営者/「ワーキング・トゥゲザー」/777のプロジェクトリーダー/投資を補って余りある収益/737の三回目の改良/マクドネル・ダグラスの終わりの始まり/マクドネルとダグラスのあつれき/錐揉み状態のマクドネル・ダグラス/ボーイングへの売却/「ボーイングがマクドネル・ダグラスに買われた」

第4章 ハンターvsボーイスカウト 105

「君は僕の部下になるんだよ」/「ファミリー」ではなく「チーム」にならなければならない/低迷するボーイングの株価/ストーンサイファーによる粛清/製造工場の売却/「我々はボーイングを信頼していない」/史上最大のホワイトカラーによるストライキ/組合指導者の鋭い一撃/ストライキ終了/ストーンサイファーの影響力

第5章 理想は潰えた… 130

ボーイングの業績改善/失敗した映画配信事業/737を世界最大のビジネスジェット機に改造/シアトルからシカゴへ本社移転/技術者集団から営利を追求する企業へ/「我々はナンバー・ツーだ」/787開発コストの大幅削減/次期CEO候補の失脚/ボーイング史上初めて主翼の開発を他社に委託/売却された「悪巧みの部屋」/女性問題で失脚/消えた「エンジニアリングの魂」

第6章 コスト削減と737MAX 160

生まれながらのリーダー/レーガン大統領の規制緩和/問答無用で3Mを改革/全米企業第六位のロビー活動/アウトソーシング戦略の失敗/労働組合の影響力低下を目論んだ製造拠点の移転/安物製品を販売する企業/エアバスの改良機登場/コスト削減の象徴──737MAX

第7章 FAAの監督不行き届き 190

メーカーとFAAの暗黙の了解/矛盾するFAAの任務──航空業界の育成と安全の確保/業界寄りの航空立法諮問委員会/「FAAは企業のように運営されます」/「長期的には安全が失われる」/FAAの監督責任をメーカーに譲り渡す/FAAの隠蔽体質と秘密主義/防げなかったバッテリー事故

第8章 止まらないカウントダウン 212

新型機737MAXの開発/シミュレーター訓練の回避/採用されなかった電子チェックリスト/風洞試験で明らかになった欠陥/却下された安全対策/真実を話してはならない/巨額な役員の成功報酬/マレンバーグCEO/「製品に問題はない。次に進め!」

第9章 737MAXの欠陥 238

パイロットの序列/パイロット訓練の外部委託/会社は混乱し、社内は分断/主導権はボーイングにあった/737MAXの初飛行/失速試験で明らかになった欠陥/さらなる欠陥/「会社は誤った方向に進んでいる」/「誰も残っちゃいない」/そして何かが壊れる……

第10章 ライオンエア機の墜落 261

急成長のライオンエア/問題山積のシミュレーター開発/限界を超える生産機数/記録的な収益/権限を失ったFAA/失敗に終わったボンバルディア吸収/トランプ大統領との蜜月/手抜きの整備/ソフトウェアの欠陥/「勝手に墜落する危険性」/不安の声を上げ始めたパイロット/「事故はまもなく解決する」/「事故では終わらない気がする」/危機管理センターで暗躍する代理人/設計に問題があった/「操縦桿が動くんだぞ。わかっているのか?」/「さらに一五機のMAXが墜落する」

第11章 エチオピア航空機の墜落 304

ボーイングの説明を信じていなかった/忘れ去られたライオンエア機の事故/エチオピア航空302便墜落事故/遅れる政府の対応/事故から三日後の飛行禁止命令/高速で地面に激突/理不尽な別れ/「殺人機」と命名/遅すぎたアップデート/「我々は過ちを認めます」/MAXの「再就役」

第12章 血の代償 331

社会運動家ラルフ・ネーダー/結束する遺族たち/FAAは「魔法と科学の違いがわからない」/FAAによる飛行試験の実態/議会の追及/怒りをあらわにする航空会社/「動かぬ証拠だ」

第13章 「田舎へ帰れ!」349

「遺族は踊らされている」/上院委員会公聴会での追及/追い詰められるマレンバーグCEO/「謝るなら、目を見て話しなさい」/マレンバーグの解任

第14章 ボーイング存亡の危機 365

新型コロナウイルスの猛威/ウェルチに最もよく似た男/一周年追悼式でのボーイングの対応/「会社のトラブルは前CEOに起因する」/新型コロナウイルスで存亡の危機/カルフーンCEO率いるボーイングの将来

終章 ボーイング史上最大の汚点 385

737MAXの再就役/「不測の事態がまた発生するかもしれない」/活かされなかった教訓/「ボーイングは殺人罪に問われず」

主な参考文献 395
著者のことば 397
訳者あとがき 399

訳者あとがき(一部)

 いくつか訳者の愚見を述べたい。著者が述べるように、乗客は航空機を電気スイッチのようにとらえ、全幅の信頼を寄せる。ましてや世界有数のメーカーの製品であれば、製品は完璧であるように思う。あえて特定の機種を避ける旅客も多くはない。
  しかし、完璧が絶対条件のメーカーであっても、所詮は人間の集まりである。技術立国のわが国においても新幹線の台車に亀裂が入った事故や複数の自動車メーカーによる検査データの改竄などの不祥事が記憶に新しい。
  本書では世界の頂点を極めたメーカーがいかにして凋落の道を歩んだかをブルームバーグの記者ピーター・ロビソンが赤裸々に暴く。誇り高き企業が何を見失い、何を犠牲にしたのか、そしていかにして内部崩壊の道をたどったのか──。
  ボーイングの問題を対岸の火事としてはならない。787に使用される部品のうち、実に三五パーセントの部品がわが国のメーカー三社によって製造されている。市場を問わず、卓越した製品の開発を矜持とするわが国のメーカーがボーイングの轍を踏まないことを切に祈る。
  そして、わが国の航空会社三社が737MAXの導入に踏み切った。MAXは着実に実績を積み重ねていると大手二社は主張しているが、同機が日本の空の足になるとき不安が残るようなことがあってはならない。

Peter Robison(ピーター・ロビソン)
米国大手総合情報サービスの「ブルームバーグ」と「ブルームバーグ・ビジネス・ウィーク」において真相究明を担当するジャーナリスト。1990年代後半、マクドネル・ダグラスとボーイングの合併を取材。ジェラルド・ローブ賞およびマルコム・フォーブス賞を受賞し、ビジネス執筆編集促進協会からは最優秀ビジネス賞を4回授与されている。ミネソタ州セントポール出身。スタンフォード大学で歴史を専攻し、優秀な成績を収めて卒業する。ワシントン州シアトルで妻と二人の子供とともに暮らす。

茂木作太郎(もぎ・さくたろう)
1970年東京都生まれ。千葉県育ち。17歳で渡米し、サウスカロライナ州立シタデル大学を卒業。スターバックスコーヒー、アップルコンピュータ、東日本旅客鉄道などを経て翻訳者。交通機関への関心が高い。訳書に『F-14トップガンデイズ』『スペツナズ』『米陸軍レンジャー』『欧州対テロ部隊』『SAS英特殊部隊』『シリア原子炉を破壊せよ─イスラエル極秘作戦の内幕─』『男の教科書』(並木書房)がある。