立ち読み   戻る  


立ち読み

おわりに

 大正に生まれ、戦前、戦後、そして高度経済成長期という、あわただしい時代を一気に駆け抜け、四九歳で生涯を閉じた伯父・山下清──。
  まるで大好きだった花火のように、一瞬のきらめきを放って消えていったようです。しかしその一瞬のきらめきは、花火と同様に人びとの心に永遠に刻まれています。
  本能の赴くままの旅のなかで山下清が求めたものは、「絵を描くため」でも「きれいな風景を見るため」でもなく、何もしないで「ぼーっ」とできる時間でした。この「ぼーっ」としている時間こそ、山下清の世界だったのです。
  そもそも、山下清の世界とは、我々の住む社会とは無縁だったのかもしれません。山下清は自由奔放に生きた自由人であったからこそ、殺伐とした現代社会とは無縁な「あたたかい」「ほのぼのとした」存在として多くの人びとの心に生きているのでしょう。
  いま山下清は、他界の地である東京都練馬区の正覚院で永遠の眠りについています。

 本書は、平成12(2000)年に初版が出版されましたが、令和5(2923)年に山下清生誕百年を迎え、多くの方々から再版の要望をいただき、このたび、新装改訂版として刊行することになりました。ここであらためて、ご協力いただいた方々、また伯父が放浪中にかかわったすべての人びとに感謝申し上げます。

 

目 次

 

はじめに 1

第1章 天才画家・山下清 11

   日本を代表する素朴画家 11
    驚異的な記憶力 15
    絵を描くための放浪ではない 18
    貼り絵に生かされた虫捕り 21
    清の弟子は生涯ただ一人 25
    素描画や陶磁器の絵付け作品 28
    百貨店を超満員にした清 34

第2章 放浪の果てに 37

   新たな放浪への旅立ち 37
    姿を消したほんとうの理由 43
    徴兵を逃れ、ふたたび放浪へ 46
    放浪中は住み込みで働いたことも 50
    貼り絵との出会い 53
    一躍有名人になった放浪画家 57
「ゴッホなんて知らない」59
    全国くまなく歩いた清 63
「もう放浪はしません」 67
    どこに行っても見つかる清 70

第3章 素顔の山下清 73

   おもしろいことを言うと、みんなが喜ぶ 73
    少しならうそはついてもいい 76
    辰造と礼子の結婚 80
    イタズラ好きな清 85
    超がつくほど几帳面な性格 86
    人には見せなかった負けず嫌いな一面 89
    動物に好かれるニオイがする 90
    魚釣りの名人? 93
    なんでも試す清の健康法 95
    清の最大の楽しみ 100
    忘れてならないことは「清に頼め」102
    有名人・山下清 103
    清の女性観 107
    外出するときはベレー帽 110
    家族旅行で仕事から逃避 113
    大嫌いなサインで命拾い 116

第4章 山下清交遊録 120

   映画やテレビドラマ化に戸惑う 120
    テレビのバラエティーショーに二年間出演 128
    山下清を発掘した人たち 130
    式場隆三郎先生との出会い 132
「週刊朝日」で徳川夢声氏と対談 134
    芸術家から見た人間・山下清 139
「絵が売れればゴッホも死ななかった」143
    ゴッホとの共通点 146
    ゴッホに涙? 151
    山下清の絵にすくわれた人たち 152

第5章 晩年の山下清芸術 156

   ヨーロッパへのスケッチ旅行 156
    キャンバスにおさまらなかった大作 160
    ライフワークとしての『東海道五十三次』161
    最期のことば 166
    再評価される『東海道五十三次』171

第6章 次代に伝える山下清の作品 175

   教育の現場に役立つ 175
    全国各地を放浪する遺作 178
    表面化した贋作問題 179
    次代にひきつぐための修復作業 187

おわりに 191
山下清の年譜と主な作品 193

山下 浩(やました・ひろし)
昭和35(1960)年、山下清の実弟・辰造の長男として東京に生まれる。中央大学法学部卒業。昭和46年に伯父・山下清が亡くなるまで同居。山下清から貼り絵の指導も受ける。平成7(1995)年、「山下清鑑定会」を設立し、山下清の作品および著作権の管理と、作品鑑定をおこなう。著書に『山下清作品集』がある。