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はじめに(一部)

 大野伴睦といえば、「サルは木から落ちてもサルだが、代議士が落ちればただの人」という名言を残したことで知られている。この言葉が登場したのは、一九六三(昭和三八)年一〇月二三日のことだった。
  午後二時過ぎから行なわれた衆議院本会議は、傍聴席も報道関係者席も満員御礼で、むせ返るような熱気に包まれていた。解散間近とあって、野党陣営から激しい野次が飛ぶ。論戦が続く中、午後四時二一分、官房長官の黒金泰美が雛壇から姿を消した。
  しばらくすると、議長席後方の扉が開く。紫色の袱紗に包まれた解散詔書を持った黒金が現れた。事務総長の山崎高が中身を確認し、議長の清瀬一郎に手渡す。議場は水を打ったように静まり返った。
  午後四時二六分、清瀬が「日本国憲法第七条により、衆議院を解散する」と、一気に解散詔書を読み上げる。その瞬間、「ただの人」になったばかりの「前代議士」たちが一斉に立ち上がり「万歳」の雄叫びを上げた。解散恒例のセレモニーである。
  間もなく、国会議事堂二階の自民党控室で選挙戦に向けた決起集会が開かれた。万雷の拍手で迎えられた首相・池田勇人に続いて自民党副総裁の大野がスピーチに立った。「前代議士諸君」との第一声にフロアから笑いが起こる(「朝日新聞」一九六三年一〇月二四日朝刊)。続けて大野は、こう檄を飛ばした。

 諸君は選挙がうまいから、よもや落ちたりすることはあるまいが、サルも木から落ちるというたとえもある。落ちないようにくれぐれも用心してください。サルなら木から落ちてもサルであることをやめるわけではないけれども、代議士が落ちれば、そのままではいられなくて、タダの人になってしまう。いくらベテランでも落ちては話にならない。がんばろう、当選してまた会おう。(『ユーモアのレッスン』)

目 次

はじめに 7

第1章 政治への目覚め 17

  青雲の志を抱いて 17
  強盗に「追い銭」渡す/利害得失気にせず/雌伏の時を経て上京
   弁護士を目指して明治大学へ 26
    アルバイト/帰郷、そして再上京
   大正政変 32
    憲政擁護運動へ/日比谷焼き打ちで逮捕
   政友会院外団入り 38
   「私を救済する義務がある」/二度目の逮捕/監獄数え歌/原に心酔

第2章 東京市政から国政へ 53

  東京市会議員に 53
    北里柴三郎の後押し/「偉くなったわネ」/関東大震災/国政への初挑戦
   鳩山側近 64
    漁夫の利/世界一周/再び敗北を喫す
   三度目の正直 72
    再々チャレンジに向けて/政友会非公認/「公認返上す 糞食らえ」/満洲事変と日本の孤立/四期連
    続当選
第3章 紆余曲折の日々 89

  翼賛選挙 89
    大政翼賛会結成/同交会に参加/露骨な選挙妨害/「兄貴と僕は別だ」
   焼け野原からの再出発 101
    敗戦へ/日本自由党結成/日本自由党幹事長
   窮地に立つ 112
    「左派を切って欲しい」/昭和電工事件

第4章 保守合同に向けて 119

  「ワンマン宰相」のアドバイザー 119
    死に物狂いの選挙戦/「強いばかりが男じゃない」/冷戦の顕在化と講和問題
   吉田と鳩山の確執 128
    鳩山の追放解除/激化する吉田と鳩山の対立/「三日議長」/水害対応で陣頭指揮
   保守合同のクライマックス 141
    北海道開発庁長官/鳩山との決別/日本民主党結成と吉田退陣/「大野君を閣僚にしたかった」

第5章 政権与党の中枢に 154

  保守合同成る 154
    政敵から盟友へ/自民党総裁代行委員
   威厳と実力 162
    最愛の母との別れ/日本消防協会会長/「無から有を生みだす」/富士の白雪/大野派
   自民党副総裁に就任 178
    「院外団精神は旗本精神である」/?介石殺すにゃ……/日本プロレスコミッショナー/誓約書

第6章 自民党の長老として 190

  陳情の極意 190
    千客万来/「大野伴睦男でござる」/伴睦峠
   トップ争いへ 198
    「おー伴睦さんだ」/屈辱と裏切り
   再び自民党副総裁に 204
    岐阜羽島駅/嫌韓派から親韓派へ/日本横断運河
   巨星堕つ 213
    入院/伴睦死すとも

おわりに 220
大野伴睦略年譜 225
参考・引用文献一覧 231

丹羽文生(にわ・ふみお)
1979(昭和54)年、石川県生まれ。東海大学大学院政治学研究科博士課程後期単位取得満期退学。博士(安全保障)。拓殖大学海外事情研究所助教、准教授を経て、2020(令和2)年から教授。海外事情研究所附属台湾研究センター長、大学院地方政治行政研究科教授。この間、東北福祉大学、青山学院大学、高崎経済大学等で非常勤講師。岐阜女子大学特別客員教授。著書に『「日中問題」という「国内問題」:戦後日本外交と中国・台湾』(一藝社)等多数。