本書では対テロ戦争で政策決定者が直面する主要な問題を取り上げる。インテリジェンス、攻撃、抑止、そして防御活動に関する問題、法と刑罰、また情報と教育に関する問題、国際協力、マスコミその他に関係する問題などである。それぞれの分野でポイントとなる事柄をいくつか検証し、いろいろな解決法をまず考える。そして各解決法の長所と短所を議論したあと、イスラエルが長年にわたるテロとの戦いで得てきた経験に基づき、問題を解決するためのひとつの選択肢を推薦する。
本書は、テロリズムにどう対処していいかわからない人々のガイド、政府のリーダーや議員、治安機関の長、軍人、警察や緊急事態に対処する組織で働く人々など、すべてのレベルの政策決定者のツールとして書かれた。また学者、学生、多国籍企業の社長、ビジネスマン、そして一般大衆の役にも立つはずだ。残念ながら一般の人々でもテロの台風の目の中に入ってしまい、どうすれば次のテロ攻撃の犠牲者にならずにすむか考えねばならないことがあるからだ。
本書では政策決定の異なるモデルと方法を検証する。そして対テロ政策をより多くの情報に基づいた効果的なものとするための基礎知識を提供する。それは政界、治安機関および官庁、地方行政、ビジネス界や個人などすべてのレベルで有効な知識である。
イスラエルは長年、テロ攻撃の標的となってきた国家であり、その対テロ能力はさまざまな面で有効性が実証されてきた。カウンター・テロリズムの主要問題を考えるのに適したモデルである。
本書執筆のため、テロとの戦いに関係してきた政策決定者たち――過去に首相、国防相、モサド長官、ISA(シンベト:イスラエル保安局)長官、軍情報機関長官、首相の対テロ顧問、国家安全保障会議の対テロ調整官などを務めた経験のあるイスラエルの重要人物たちへのインタビューが行なわれた。(本文より)
●目次
監訳者のことば──1
テロリズムに関する実用書兼実務書 佐藤 優
ボアズ・ガノール氏との出会い/アート(芸術)としてのインテリジェンス/政治(国家)指導者の能力/テロリズムの定義/戦争犯罪とテロリズムの区別/テロ対策と国民感情/インテリジェンスの重要性/レッドラインを設けない/中立化(暗殺)工作/壁と「鉄の屋根」/ハルカビの理論/「身体的圧力」/司法の特別手続きと行政処分の拡大/マスメディアの自主規制/「非合理な不安感」/総動員体制/宗教に無関心な人が、突然、過激化する/北朝鮮とISがテロ同盟を結成?/東京五輪へのテロ攻撃/テロは自由民主主義的価値観への挑戦
序章 対テロ戦争のガイド 41
解決困難なテロリズムの特徴/実践的な対テロガイド/本書の構成
第1章 テロリズムの定義 49
定義の必要性 49
国際的なコンセンサスを築く/テロリズムを定義することの利点/あいまいなテロリズムという言葉/テロリズムの定義を定める難しさ
テロリズムと犯罪 56
テロは犯罪行為か戦争行為か?/通常の刑罰でテロに対処することの難しさ
テロリズムと政治的反対運動 58
テロは過激主義者の政治運動/テロの実態をゆがめる用語の使い方
テロリズムと民族解放運動 60
テロを「民族解放運動」として正当化/「自由の戦士」と「テロリスト」は区別できない
「無実の人々」という言葉の問題 62
「民間人に対する損傷」
テロリズムの定義の一案 64
混乱しているテロリズムの定義/定義の3つの要素/テロリズムとゲリラ戦の違い/ゲリラ活動は許されるのか?/米国務省のテロリズムの定義/テロリズム根絶の可能性
第2章 カウンター・テロリズムの方程式 73
イスラエルの対テロ政策の変化 73
対テロ政策の3つの目標/テロのダメージを可能な限り減少させる
テロ組織は環境の影響を受ける 76
テロリズムの規模と性質に影響を与える要素/「組織にかかる圧力」/「テロ攻撃の目標となっている国の動き」/「不合理な感情的動機」と「記念日」/「テロ攻撃を実行するチャンス」
対テロ政策における軍事部門の重要性 85
テロは軍事的手段で排除できるか?/テロ問題の解決には軍事と政治のすべてを使う
対テロ方程式 88
テロを行なう意思と実行する能力の関係/テロの意思を弱める活動
対テロ政策は明確にすべきか? 91
対テロ政策が成文化されてこなかった理由/対テロ政策は公表しない
第3章 対テロ戦争とインテリジェンス 94
戦略インテリジェンスと戦術インテリジェンス 94
諜報活動はカウンター・テロリズムの最前線/戦術インテリジェンス/情報収集の手段
ヒューミントのリクルート 98
エージェントの違法行為は許されるか?/情報源の使用可能期間は短い
90年代のイスラエルとパレスチナの協力 101
インテリジェンス能力の深刻な低下/危険にさらされる情報源/ISAへの批判
インテリジェンスの国際協力 105
インテリジェンス銀行の設立
インテリジェンスと作戦の調整 106
対テロ用調整機関の必要性/「カウンター・テロリズム局」の設立/調整機関の権限と力
政策決定者とインテリジェンス 110
インテリジェンスをどう扱うか
第4章 テロ抑止の問題 112
困難で複雑な抑止の仕事 112
テロ組織を抑止する難しさ/価値観の異なる相手/対テロ抑止の成否/重要な抑止力のイメージ
イスラエルの抑止政策 118
テロをやめるまで報復する/効果がなくなった報復攻撃/「テロリズムを抑止する手段などない」
テロ組織の合理性の問題 123
テロ組織の異なる価値観を理解する
自爆テロの抑止 125
自殺攻撃者が得られるもの/自殺攻撃のメリットをなくす
テロ支援国家の抑止 128
テロ組織を利用する国家/イラク戦争のメッセージ/テロの代償/制裁の抜け道を探す/リビアに対する国連決議/テロ支援国家に対するダブル・スタンダード/経済制裁の効果
防御的抑止 139
対テロ防御行動/テロ活動の「レッドライン」/抑止行動の結果としてのテロリズムの激化
対テロ抑止の段階的モデル 142
政策決定プロセスの基本段階/政策決定プロセスの最終段階
第5章 攻撃的・防御的対テロ行動 146
攻撃的対テロ行動 146
攻撃行動の効果の評価/攻撃行動の目標/攻撃行動の代償
攻撃行動の有効性の評価 152
報復政策の有効性についての議論/4つの指標
ターゲテッド・キリングの有効性 157
モラルの問題/暗殺の正当性の検証/司法手続きの必要性/合法的かつ許される暗殺/暗殺の有効性
イスラエルのターゲテッド・キリング 164
ミュンヘン五輪虐殺事件/パレスチナ自治区内での暗殺/アンマンでの大失策/困難な倫理的判定/ターゲテッド・キリングの有効性
ブーメラン効果 174
対テロ強硬策が新たなテロを招く?/ブーメラン効果が原因のテロ/「ブーメラン効果など存在しない」/ブーメラン効果を過剰に恐れてはならない
テロ組織に対する攻撃行動のタイミング 181
対テロ行動の3つのタイミング/テロリズムに対する4つの政策/変化するイスラエルの対テロ政策/「テロ攻撃が起きるたびに報復していた時代は終わった」
防御的対テロ行動 186
警備不足がテロ攻撃の動機となる/防御的警備のための莫大な支出/防御行動はテロを防止する鎖の最後の輪
第6章 民主主義のジレンマ 192
テロをめぐる対立する意見/テロリズムと民主国家の世論/意思決定者に対する世論の影響力/世論の影響力の限界/テロ攻撃と選挙の関連/法律万能主義と法律無視のはざま/倫理的問題/民主主義と情報活動のジレンマ/テロ容疑者の盗聴をめぐる問題/テロ容疑者の尋問方法の問題/テロリストの尋問ルールの原則/合法的な尋問の範囲/「時限爆弾」的状況の定義/民主主義を守るため、非民主的手段を使う/「おだやかな身体的圧力」の適用/尋問されて死亡─最悪のケース/きわどい区別/「これが民主主義の宿命」/攻撃的対テロ行動のジレンマ/テロ組織に対する攻撃行動は許される/防御的民主主義のジレンマ/テロ対策決定の指針/カウンター・テロリズムのルール
第7章 対テロ立法と処罰のジレンマ 231
対テロ立法に取り組んできた英国/対テロ法が抱える問題/イタリアとドイツの対テロ法/イスラエルの対テロ法/テロ資金の没収/範囲限定のテロリズム防止立法/対テロ緊急立法/テロ組織の非合法化/公開裁判および証拠に関する特権/テロ関与被疑者の起訴/立法上のジレンマの要約/テロリストに対する処罰のタイプ/集団的処罰/テロリストの住居の破壊/家屋の破壊と立入禁止の有効性/行政処分/境界閉鎖/境界閉鎖の限界/行政拘留/追放/追放に対する国際的な圧力
第8章 テロ報道のジレンマ 281
テロ組織とメディアの互恵関係/テロ攻撃に対するメディアの報道姿勢/報道がテロ対策の強化につながる/テロリストが望むのはインパクトである/テロ組織の戦略にとりこまれるメディア/ジャーナリストのジレンマ/生放送のジレンマ/どこまで報道を続けるか?/テロリスト提供のビデオを放映するべきか?/テロリストから取材に招かれたら/検閲のジレンマ/メディア自身の報道規定
第9章 心理・士気のダメージに対処する 302
市民の士気喪失を狙う/「合理的な恐怖感」と「非合理的な不安感」/テロリストの心理戦/予想される攻撃に関する警戒情報の公表/市民の対処能力の強化/イスラエルにおけるテロリズムの心理・士気に及ぼす影響/政策決定における士気の要素/公衆が政策決定者に及ぼす影響/士気を目的とする攻撃的手段の使用/「恐るべきは恐怖そのものだ」
第10章 国際協力に関する問題 327
国際テロリズムの脅威/4つの国際的対テロ行動/テロリズムと戦うための国際憲章を策定/テロリズムとの戦いにおける協力/国際共同による対テロリズム枠組みの設定/世界平和への危機
総括 イスラエルの対テロ戦略 342
テロ対策の諸機関を束ねる統括官/代々引き継がれる対テロ戦略は存在しない/行動上の対処法/完璧ではないが、大筋では成功している/カウンター・テロリズムの原則
付録資料A テロリズムとメディア─シェファイイム会議のサマリー 355
付録資料B 対テロ国際協力に関するコンファレンス参加者の勧告 358
脚 注 360
ボアズ・ガノール(Boaz Ganor)
イスラエルのヘルツリヤ学際センター・国際カウンター・テロリズム政策研究所(ICT)の創設者、現事務局長。テロリズムの世界的権威としてこれまでに国連、オーストラリア議会、米連邦議会、米陸軍、FBI、米国土安全保障省また世界各国の諜報・治安機関で状況説明や証言を行なっており、さらにコロンビア大学、シラキュース大学、ジョージタウン大学、ランド研究所、ワシントン近東政策研究所その他多くの一流大学やシンクタンクで講演している。2001年、カウンター・テロリズム国家安全保障委員会の諮問委員会メンバーに任命される。国際アカデミック・カウンター・テロリズム・コミュニティ(ICTAC)の創立者として活躍中。
佐藤優(さとう・まさる)
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。1985年に同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在英国日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、本省国際情報局分析第一課において、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、2009年6月に有罪確定。2013年6月に執行猶予期間が満了し、刑の言い渡しが失効。現在は作家活動に取り組む。『国家の罠』(新潮社)で毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『日本国家の神髄』(扶桑社新書)、『世界史の極意』(NHK出版新書)、『テロリズムの罠』(角川oneテーマ21)など多数。
河合洋一郎(かわい・よういちろう)
1960年生まれ。米国ボイジ州立大学卒業。国際関係論専攻。90年代初めより、国際問題専門のジャーナリストとして、中東情勢、テロリズム、情報機関その他を取材。「週刊プレイボーイ」「サピオ」などに記事を発表。訳書に『シークレット・ウォーズ―イランvs.モサド・CIAの30年戦争―(佐藤優監訳)』『イスラエル情報戦史(佐藤優監訳)』(並木書房) |