目 次
はじめに 2
教科書は変わってゆく 4
時代区分も学界と教科書では違っている 9
教科書は薄く、安価に仕上げなければならない 11
あなたが習った「非科学的な歴史教育」12
第1部 原始・古代 19
1 人類の出現が400万年も繰り上がった 19
2 書き換えられた縄文時代 24
3 邪馬台国は「邪馬壹国」だった? 28
4 仁徳天皇陵ではなくなった前方後円墳 30
5 教科書から消えた「大和朝廷」33
6 聖徳太子の肖像画も消えた 39
7 最古の貨幣は「和同開珎」ではなかった 44
8 律令国家に抵抗した東北の人びと 49
第2部 中世 57
9 鎌倉幕府の成立は「イイクニ」ではない 57
10 源頼朝の肖像画が教科書から消えた 64
11 元軍の撤退は2度の「神風」か? 72
12 教科書から消えた「足利尊氏」像 79
13 倭冦は日本の海賊ではなかった 83
14 武田の騎馬隊も信長の三段撃ちもなかった 91
第3部 近世 103
15「慶安の御触書」はでっちあげだった 103
16「士農工商」という言葉が消えた 111
17「鎖国」という言葉はもはや死語 115
18 田沼意次の財政手腕が見直されている 122
19 銀座は江戸だけにあったのではない 130
第4部 近代・現代 136
20 ペリーの目的は「開国」ではなかった 136
21 倒幕の「密勅」は偽物だった! 142
22 幕府軍はなぜ戊辰戦争に敗れたか? 151
23「国民はみな兵隊になった」は大間違い 162
24 北海道開拓は屯田兵ばかりではなかった 169
25 再評価された岩倉使節団 176
26 西南戦争でなぜ官軍は勝てたのか? 182
27 日清戦争のきっかけは「東学党の乱」? 193
28 日露戦争は何をもたらしたのか? 199
29 満洲事変とはなんだったのか? 204
30 日本軍もよく戦ったノモンハン事件 215
31 ハル=ノートは誤訳だったのか? 225
32 日本は「無条件降伏」していなかった 234
おわりに 242
参考・引用文献 245
おわりに
先日、テレビニュースを見ていたらアナウンサーが語っていた。
「戦国絵巻さながらの神旗争奪戦が……」競馬場で開かれた相馬野馬追の映像だった。あの武者のようないでたちをした男性を乗せた馬たちの疾走を見て、戦国時代の合戦を想像したりしてはいけない。
まず、馬は馬体の大きい西洋馬である。乗馬者は鎧をまとってはいるものの兜も面頬も着けていない。鎧の下には鎖の着込みや、腿には行縢を着けてさえいない。もちろん手鑓を抱えてもいないし、太刀も佩いていない。だいいち、当時の軍馬が疾走するのは逃げる時か、追撃する時くらいである。また、騎馬武者には必ず徒歩の取り巻きがいて、馬の口取りだって従っているはずだ。
細かいことを言っていたらきりがないが、テレビや映画が描く昔の様子はたいていがウソである。同じように、ウソとまでは言わないが、学校で使う歴史教科書だって「間違い」が多いのは事実である。それが証拠には、30年もたったらずいぶん書き方が変わっている。
この書き換えの裏には2つの事情がある。
1つはまったくの新発見がされて、いろいろな面で過去の書き方では不正確になってきたものである。このことは、本文にも書いたが、有名な「慶安の御触書」がその例にあたる。江戸初期の年号である「慶安」を誰が頭につけたのか、それはわからないが、初めて出版されたのは幕末である。新しい事実が見つかって書き換えがされている。
こうした事例は過去の考古学の領域や、中世までの領域に多い。考古学も新しい科学の進歩でさまざまな新発見がされている。
また、江戸時代の身分制度の特徴を表しているとされてきた「士農工商」という序列をつけた言い方もなくなってきている。これも明治維新以来の、時の文教政策で、ありもしなかったことが書かれた結果と最近では受け止められている。
もう1つは、こちらの方がより深刻なことだが、ある特定の史観によって書かれたことがはっきりしている場合である。とりわけ、近代史や現代史にはそうした記述が多い。それが大東亜戦争後の敗戦から70年近くなり、少しずつ旧い勢力が力を失い、史料や事実の見直しが始まってきている。
たとえば、本文の最後に紹介した、有名な「ポツダム宣言」である。私たちは、日本帝国が「無条件で降伏した」と思わされてきた。だから、さまざまな戦後の状況についても、「負けたんだし、それを認めたのだから仕方がない」と受け止めてきた。
それは教科書に載る史料にそう書かれているし、記述も詳しいことを省いている。「無条件降伏」ということを、とにかく負けたのだし、相手に何をされても仕方がないのだと諦めさせるねらいがあったと勘ぐられても仕方がない。
ある特定の立場に立った見方や、意図的に事実を曲げた書き方で教科書は書かれることも多い。ポツダム宣言の原文を読めば、そこには「日本の武装組織の無条件降伏」という文言はあるが、ほかにどこにも国家全体の無条件降伏とは書かれていないのだ。これは意図的に訳文をねじ曲げた一例である。
若いころに他校の授業を見に行ったことがあった。授業後の研究会で、社会科研究会の主流だった教師が「江戸時代なんて、支配階級が農民をしぼりあげていた。そのことを子供たちにしっかり教え込めばいいんだ」と言い放った。これにはすっかり驚かされた。階級闘争史観である。当時は、こうした粗雑な思考の先生たちが、使いやすい、わかりやすいという観点で教科書を選んでいたのだった。
今も新しい発見や、主張が出され続けている。教科書は絶対のものではなく、いつまでも書き換えられていくものである。
参考・引用文献
高校教科書『詳説日本史』(昭和41年版)山川出版社
高校教科書『詳説日本史 改訂版』(平成24年版)山川出版社
中学校教科書『新しい社会 歴史』(昭和47年版)東京書籍
中学校教科書『新しい社会 歴史』(平成18年版)東京書籍
中学校教科書『歴史的分野』(平成23年版)日本文教出版
中学校教科書『新しい歴史教科書』(平成13年版)扶桑社
山本博文ほか『こんなに変わった歴史教科書』東京書籍 二〇〇八年
原始・古代
三井 誠『人類進化の700万年』講談社現代新書、二〇〇五年
松本武彦『全集 日本の歴史1 列島創世記』小学館、二〇〇七年
白石太一郎編『日本の時代史1 倭国誕生』吉川弘文館、二〇〇二年
外池 昇『天皇陵の近代史』吉川弘文館、二〇〇〇年
森 公章『日本の時代史3 倭国から日本へ』吉川弘文館、二〇〇二年
新川登亀男『聖徳太子の歴史学 記憶と創造の一四〇〇年』講談社、二〇〇七年
高橋 崇『蝦夷』中公新書、一九八六年
熊谷公男『古代の蝦夷と城柵』吉川弘文館、二〇〇四年
中世
石井 進『日本の歴史7 鎌倉幕府』中央公論社、一九六五年
川合 康『鎌倉幕府成立史の研究』校倉書房、二〇〇四年
川合 康『源平合戦の虚像を剥ぐ?治承・寿永内乱史研究』講談社選書メチエ、一九九六年
宮島新一『肖像画の視線?源頼朝から浮世絵まで』吉川弘文館、一九九六年
佐多芳彦『伝・頼朝像論?肖像画と像主比定をめぐって』「日本歴史」700号、吉川弘文館、二〇〇六年
海津一郎『蒙古襲来 対外戦争の社会史』吉川弘文館、一九九八年
網野善彦『日本の歴史10 蒙古襲来 上下巻』小学館、一九七四年
関 幸彦『神風の武士像 蒙古合戦の真実』吉川弘文館、二〇〇一年
藤本正行『守屋家本武装騎馬画像再論』「史学」五三巻四号、慶応義塾大学、一九八四年
村井章介『中世倭人伝』岩波新書、一九九三年
藤本正行『鎧をまとう人びと』吉川弘文館、二〇〇〇年
宮島新一『長谷川等伯』ミネルヴァ書房、二〇〇三年
近世・江戸
鈴木眞哉『鉄砲と日本人』洋泉社、一九九七年
鈴木眞哉『鉄砲隊と騎馬軍団 真説・長篠合戦』洋泉社新書、二〇〇三年
野口武彦『鳥羽伏見の戦い?幕府の命運を決した四日間』中公新書、二〇一〇年
藤本正行『信長の戦国軍事学』洋泉社、一九九七年
桑田忠親『日本の合戦(五)織田信長』人物往来社、一九六五年
西股総生『戦国の軍隊 現代軍事学から見た戦国大名の軍勢』学研、二〇一二年
斎藤洋一・大石慎三郎『身分差別社会の真実』講談社現代新書、一九九五年
深谷克己『江戸時代の身分願望』吉川弘文館、二〇〇六年
山本英二『慶安の触書は出されたか』山川出版社、二〇〇二年
山本博文『鎖国と海禁の時代』校倉書房、一九九五年
笠谷和比古『関ヶ原合戦と大坂の陣』吉川弘文館、二〇〇七年
田谷博吉『近世銀座の研究』吉川弘文館、一九六三年
佐藤常雄『品種改良と奇品』朝日百科日本の歴史8 近世U、朝日新聞社、一九八九年
佐藤常雄『貧農史観を見直す』講談社現代新書、一九九五年
藤田 覚『田沼意次』ミネルヴァ書房、二〇〇七年
藤田 覚『近世後期政治史と対外関係』東京大学出版会、二〇〇五年
加藤祐三『黒船前後の世界』岩波書店、一九八五年
三谷 博『ペリー来航』吉川弘文館、二〇〇三年
井上 勲編『日本の時代史20 開国と幕末の動乱』吉川弘文館、二〇〇四年
近代・現代
保谷 徹『戦争の日本史18 戊辰戦争』吉川弘文館、二〇〇七年
菊池勇夫編『日本の時代史19 蝦夷島と北方世界』吉川弘文館、二〇〇三年
山崎渾子『岩倉使節団と信仰の自由』(松尾正人編『日本の時代史21明治維新と文明開化』吉川弘文館、二〇〇四年)
菅野覚明『武士道の逆襲』講談社現代新書、二〇〇四年
姜 在彦「甲午農民戦争」『岩波講座世界歴史22』岩波書店、一九六九年
加藤陽子『戦争の日本近現代史』講談社現代新書、二〇〇二年
江藤 淳『忘れたことと忘れさせられたこと』文藝春秋文春文庫、一九九六年
石川明人『戦争は人間的な営みである?戦争文化私論』並木書房、二〇一三年
荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行なう。横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、同研修センター委嘱役員等を歴任。生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)などをつとめる。2000年から横浜市主任児童委員に委嘱される。2001年に陸上幕僚長感謝状を受ける。年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、講話を行なっている。著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして軍隊をつくったのか−安全保障と技術の近代史』(出窓社)、『現代(いま)がわかる−学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『子どもに嫌われる先生』『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日本陸軍と自衛隊』『東日本大震災と自衛隊−自衛隊は、なぜ頑張れたか?』(並木書房)がある。 |