立ち読み   戻る  

プロローグ タカ派に引きずられる習近平(一部)

「中国は尖閣諸島を獲得するために日本との戦争に打って出る危険性がある」と世界の主要メディアが煽っている。
  ニューヨークタイムズ紙などは中国に買収されたかのように、「釣魚島(尖閣諸島)は中国領だ」という意見広告を掲載したうえ、同紙編集委員のニコラス・クリストフは中国の代理人と見られているが、「中国の立場もよく理解できる」などとコラムに書いた。タイムズスクエアの広告塔は今や新華社が契約している。連日のように「釣魚島は中国領、日本が盗んだ」と、どぎつい広告ネオンが輝いている。
  英誌エコノミストは、「尖閣で日中は戦争になるか?――悲しいかなイエスだ」と煽動的な言辞で表紙を飾った。

 中国が理性を失って、パラノイア的強硬姿勢を崩さないのは民族的性格による。
  これは『水滸伝』と『金瓶梅』の世界に酷似している。『金瓶梅』は中国文学の古典だが、四大奇書のひとつ『水滸伝』から派生した無頼漢の色欲人生を描いている。何が書かれているかといえば強欲男が4人の愛妾を抱え、さらに他人の美人妻を横取りするために、その夫を殺し、女を奪って第五夫人にする話である(そういえば張作霖が爆弾事故で担ぎ込まれて息を引き取ったのも奉天の第五夫人宅だった)。
 ―― 尖閣を奪おうとする中国はまさにこれじゃないか。
  モラルはまったく追求されない。力が強くて、カネがあれば何でも可能というのは現代中国そのものである。中国の文学者がブログで「我々は『金瓶梅』の世界にもどっていないか」と嘆いている意味は、こういうことである。
  こういう荒くれ男たちの世界から、中国軍はいささか近代化した。武闘優先主義は大きく後退し、台頭めざましいのがタカ派軍人ではなく、宇宙航空、ミサイル、資源派の軍人である。
  しからば尖閣問題で、なにゆえに軍が日本に強硬なのか? 
  第一に、内部の権力闘争があって、軍事委員会の高位のポスト獲得のため強硬発言を意図的に行ないながら周囲の反応を見ている。
  第二に、予算獲得と軍のレジテマシー(正当性。国軍でなくとも合法)の確保。
  第三に、国軍化議論、腐敗批判を抑え込む必要があってのこと。そうじて中国軍の体質は上意下達、中間の将校団は無能である。反日強硬派は軍の非主流派である。
  実際に現場でのポスト争いは「技術派」と「宇宙ミサイル派」と「資源派」の三つ巴になっている。こうした状況も、尖閣問題への強硬姿勢が出てくるのだ。
  まして、凄まじい形相の中国人の反日暴動、政府高官や軍幹部が繰り出す強硬発言を聞いていると、明日にも日中間に戦端が開かれそうな切迫感がある。日本のメディアはハト派やら親中派の平和路線が中心だから戦争気配となるとびくびくとして怯懦になり悲壮な論調だ。とくに経済界はすでに「ストックホルム症候群」。早く中国と妥協せよ、中国の言い分を聞け、領土なんてどうでもいいじゃないかと主張し始めた。
  こうした敗北主義の蔓延は中国の思うつぼである。
  2012年9月27日に予定されていた「日中国交正常化40周年記念式典」は、北京側の嫌がらせキャンペーンの一環で中止された。それでも日本の親中派グループは北京に代表団を送ってご機嫌を取った。その守銭奴ぶりには驚かされる。財界は目先の利益のためには中国に土下座しても構わないらしい。中国進出を煽ってきた日本経済新聞は「撤退したら過去の投資が無駄になる」とへんてこな残留継続論を言いつのり、中国に正式な抗議もできない外務省は右往左往している。
  この機を狙った北京は「友好分子」として鳩山元総理など10名を招待して日本の政財界を分断する作戦に出た。
  鳩山元首相は「尖閣の揉め事をやめてあそこを友愛の海に」と不思議な論理を展開していたが、国内のナショナリズム優位の世論を見て北京には行かず、その発言も引っ込めた。
  在米、在日の華字紙の報道ぶりも日頃の北京政権への批判を忘れ、日本には挑発的かつ好戦的で、「不惑の年(日中国交40年を意味する)に両国間の『戦略的互恵関係』は吹き飛んだ。全レベルで友好行事は降格され、以後の正常化はたいそう困難になった」として、日中間の戦争の危険性を警告した。
  丹羽宇一郎前駐北京大使は「この修復には、あと40年が必要だろう」と嘆いた。
  そして「(中国の)各軍区は空前の軍事演習を繰り返しており、すでに実弾演習だけでも40万発の弾丸を費やした」(多維新聞網、2012年9月24日)と物騒なことを付け加えた。
  党大会の直前の10月中旬、中国共産党軍事委員会副主任(事実上のトップ)で政治局員の徐才厚は大連と青島を急きょ視察した。表向きの目的は「党大会を前に団結を誇示し、胡錦濤主席に忠節を誓うことを確認するため」とされた。「中国独自の社会主義の理想と政策の実践を目的に人民解放軍はハイテク技術をさらに高める」と強調する。
  徐才厚は大連で海軍艦艇学院に出向き、青島では北海艦隊司令部を訪問し、訓示を行なった。この時期に表向きの理由はどうであれ、尖閣上陸作戦が噂されている微妙な時期から考えて、秘密の軍事作戦会議が行なわれた可能性もある。
  9月25日に大連で空母「遼寧」甲板で行なわれた就役記念式典に中山服で出席した胡錦濤は珍しく温家宝首相を従えていた。温は軍に何のポストもないから、これは団派(中国共産主義青年団)が軍を掌握した象徴かともささやかれた。
  多くの中国語の新聞を注意深く読んでみたが、日本との戦争は、@近く開戦する、A経済制裁を徹底して日本経済を干す、B持久戦になり数年継続されるだろう、という3つに分析された。
  ところが「平和的解決の可能性がある」「最後まで話し合いを」と呼びかける日本のメディアは、まだ未来展望が平和ぼけ、事態の深刻さを客観視できていないようだ。

「なぜ尖閣戦争が勃発せざるを得ないか」と言えば、第一に決断力に乏しい習近平総書記が政治局と軍の強硬派に振り回されるからだ。無思想ゆえにタカ派に政局をリードされ、危険なのである。
  第二は、いよいよ崖っぷちにきた中国経済のバブル崩壊が始まり、貿易は急減して労働者の失業が激増し、社会不安が増大している。不動産価格と株式は大暴落した。本書は、今おびただしく書店に並ぶ「尖閣本」のなかにあって、軍事的要素よりは経済問題にむしろ焦点をあてている。これが本書の特色である。
  第三に、大規模な反政府暴動が中国全土で起きるだろうが、これを回避し国内の矛盾を対外問題とすり替えるには日本に戦争を仕掛けることしか思いつかない。このあたりが中国の政治家の限界で、「民度の低い国民を統御するには戦争しかない」と短絡的に考えるだろう。
  第18回中国共産党大会で新しく総書記となった習近平の登場により、中国はもっと反日的になって軍事大国の道をひた走るであろう。

「雷言雷行」という中国語がいみじくも中国人の特質を表している。要するに大風呂敷を拡げ合い、見境いのない大言壮語が機関銃のように繰り出され、誰もその大風呂敷を畳めないのである。
  いや、過去四千五百年の中国史で、風呂敷を畳もうとした政治家や軍人は、秦檜がそうであるように、汪兆銘がそうであるように、呉三桂がそうだったように徹底的に売国奴という非難を受ける。
「尖閣諸島は中国領だ」とトップが言い出したら誰も止めることができない。国際法なんぞ中国の政治的突風の前には何の役にも立たない。制止したりしたら周囲から袋だたきにあい、政治家なら失脚する。
  歴史的証拠とか、地図とか、古文書とか、中国が出してきた論拠は、いずれも口からでまかせか、でっち上げの書類ばかり。日本の主張は中国国内ではいっさい報道されないから無知蒙昧な大衆は簡単に「反日ロボット」に仕立てられる。
  だが、あの反日デモに加わっているのは、日本のことなどどうでもよい、歴史のことに少しの興味もない流民と失業中の労働者が主体である。
  したがって中国各地で勃発した反日暴動を「中国人は日本人が嫌いだから」と短絡に結論づけるのはたいそう危険である。



 

目 次

プロローグ タカ派に引きずられる習近平 9

 英誌も尖閣戦争は「起きる」と断言 9
  本質は権力闘争と密接につながる 15

第1章 暗愚な帝王と独裁国家 21

 第一の理由は習近平が無能なるゆえに 21
  ファーストレディは「あげまん」 24
  誇大妄想に取り憑かれた厄介な隣人 30
  偽装漁民が上陸する可能性 33
  黄海から南シナ海まで「聖域化」 37
  中国の百年計画 40
  日本をあざ笑う反日活動家 44
  9月のデモは大荒れに荒れた 48

第2章 尖閣戦争シミュレーション 56

 今、目の前にある危機 56
  米国ランド研究所のシナリオ 63
  ロシアの軍事専門家はどう見ているか? 65
  中国次期政権シミュレーション 69
  一寸先は闇だが…… 75
  習近平は軍を統御できるのか? 77
  人民解放軍を過大評価していないか? 87

第3章 「経済制裁」で大損するのは中国だ 91

 寝言なのか、対日制裁? 91
  経済戦争はすでに始まっている 95
  ドイツの狡猾さ 104
  チャイナ・リスク 106
  通貨戦争が正念場 109
  中国の野望と現実の乖離 114

第4章 中国バブルは音をたてて崩壊中 119

 売れ残りマンション70兆円、不良債権は最悪で260兆円 119
  あちこちに鬼城(ゴーストタウン)が出現 123
  世界に悪名がとどろいたオルドス鬼城 130
  乳山市も30万人都市を作って、5万人しか住んでいない 134
  バブル破産を回避するために次のバブルに賭ける 136

第5章 矛盾をすり替えるペテン師 142

 世代交代しても反日は変わらない 142
  王子製紙も標的 147
  貧富の差が激しすぎる 153
  だから毛沢東が神になった 157

第6章 「日中友好」のまぼろし 162

 日本を手玉に取った政治家たち 162
  世界から嗤われた田中角栄の拙速 165
  日中友好は中国の方が必要としていた 169
  市場を創造し、利益を独占する 174
  日中関係は悪化せざるを得ない 179
  日中戦争は日米戦争だった 182
  米中のふたたびの握手に警戒が必要 185

第7章 中国人のホンネは日本への憧れ 188

 中国の「反日」は劣等感の裏返し 188
  何が価値観を変えたのか? 196
  モラルの頽廃は日本より凄まじい 202
  風俗の悪化、モラルの沈没 205

第8章 日本勝利の展望はあるのか? 208

 中国の発展に日本はどれほど寄与したか 208
  米国の対中国バッシング 211
  北朝鮮鉱山開発投資も大失敗だった 216
  軍事力がすべてを決める 220

エピローグ 微笑から強面へ 224

 万里の長城の最東端、虎山長城で錯覚を起こした 224
  米国も中国の幻影に惑わされている 227
  微笑外交から強面外交への大転換が起きた 229

宮崎正弘(みやざき・まさひろ)
昭和21年金沢市に生まれる。早稲田大学英文科中退。『日本学生新聞』編集長、月刊『浪曼』企画室長をへて、昭和57年に『もう一つの資源戦争』(講談社)で論壇へ。以降『日米先端特許戦争』『拉致』『テロリズムと世界宗教戦争』など問題作を矢継ぎ早に発表して注目を集める。中国ウォッチャーとしても知られ、『トンデモ中国、真実は路地裏にあり』(阪急コミュニケーションズ)、『中国ひとり勝ちと日本ひとり負けはなぜ起きたか』(徳間書店)、『中国が世界経済を破綻させる』(清流出版)、『2013年の中国を予測する』(石平氏との対談、ワック)、『ウィキリークスでここまで分かった世界の裏情勢』(並木書房)など多数。
ホームページはhttp://miyazaki.xii.jp/