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[増補]再びペルシャ湾へ(一部)

 安保法案で争点となった「機雷掃海」

  安全保障法制をめぐる国会論議が本格化するなか、日に何度も「機雷掃海」という言葉を耳にするようになった。『海をひらく』を上梓した頃はまだ「ソウカイ」と言ってもにわかには分かってもらえなかったが、短期間で各段にメジャーになったようだ。
  しかし、日本国民が機雷掃海の意味するところを真に理解したのかと言えば、まったく違うようである。「日本人は自国の防衛について考えることさえも忌避してきたのだから安保法制の議論が展開されるようになっただけでも大きな進歩だ」「富士山もいきなり頂上には到達しないのだからまずは一歩から」という見方もあるようだが、本当にこの国会審議が国防オンチ日本人のアレルギー体質を改善できるのか疑わしい。富士山に登る前に麓で道を間違えて迷子になるようなことは避けたいところだ。
  国会答弁はその議事録が後々に残り、政府側の発言はそのまま日本のルールになってしまうため慎重にならざるを得ない。それをよくよく分かっている野党はとにかく攻める。与党はその攻撃をいかにかわすかに必死になる。そのような応酬を聞いていても、国防の現状について正確な情報は得られず、また現役自衛官にとっては聞くに堪えないことも多いのではないかと考えると、これは何のためのやりとりなのかと思ってしまう。
  いずれによせ、とにかく議論は始まった。掃海部隊の任務について言えばいろいろな議論の的になってはいるが、彼らが「海をひらく」プロ集団であることは今も昔も変わりはない。ただ掃海部隊が何らかの新しい時代を迎えることは間違いなく、私たち国民としてはその新しい状況が任務をスムーズに遂行できるものなのか否か、かえって判断を難しくしてしまわないかといった自衛隊の運用を阻害する要因を取り除くことに注意を払わなければならないはずだ。

 安保論議で抜け落ちている自衛隊

  心優しい日本人には大変申し訳ないが、「自衛隊の安全が確保できないのではないか」とか「戦争に巻き込まれるのではないか」といった心配は僭越なのではないかと私は思う。自衛隊ではそもそも次のような服務の宣誓を行なっているのである。
「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」
  陸海空の自衛官はこの宣誓の下、これまでも危険を顧みずに活動してきている。また訓練であってもハイリスクな状況を想定し、それ以上に厳しい状況下で実施しているのが自衛隊なのである。
  もちろん、二四万人ほどの自衛官の真の心の内などは分かるはずもない。よく「自衛官の気持ちが知りたい」と聞かれることがあるが、それは「誰にも分からない」としか言いようがない。二四万通りの思いや考え方があり、すべての人が海外に派遣されたいと思っているわけではないだろうし、集団的自衛権行使には問題があると考えている人もいるかもしれない。
  しかし、彼らは行けと命じられれば行くし、戻れと言われれば戻って来るのであり、そこに個人的な感情を挟む余地などない。それが自衛隊なのである。「どう思うのか」を問うこと自体が本質を見誤っている。自衛隊は、与えられた条件下で最大限の能力を発揮する組織なのである。心配があるとすれば、政治的な理由による嘘やごまかしの中で自分たちも家族も、また国民も戸惑いながら活動させられることではないかと私は思う。
  その観点からすると、国会で論戦の場にある先生たちには大変申し訳ないが、一連のやりとりや新聞・ニュースを見ることは自衛官たちの心の健康に悪い影響を及ぼすような気がしてならない。問題はむしろ、十分な訓練環境が確保できていなかったり、人員や装備も不足していることだろう。相応の環境を整えてはじめて法整備ができるというものだ。
  安保法制が通ればすぐに自衛隊の活動が変化するわけではなく、それに見合う予算要求も必要となり、装備開発にしても、運用が国内限定なのか海外で使用される可能性があるのかによって変わってくるし、当然、それに合わせて運用試験も訓練の計画も新たにしなければならない。それらの取り組みに着手してはじめて全国の隊員さんたちにこの議論の意味が伝わることになる。




目 次

 

 

[増補]
再びペルシャ湾へ  1

はじめに  16

1 対日飢餓作戦  21

かくして「対日飢餓作戦」は始まった/なぜ日本は敗れたのか/掃海ゴロたちの戦後/劣悪な環境と夜の街/掃海部隊の悩み

2 充員招集  44

機雷と掃海の種類/掃海に使われた意外な船/磁気水圧機雷に挑んだ試航筏隊/引き渡された日本の残存艦艇

3 モルモット船  61

肉弾掃海/試航船乗りの覚悟

4 海上保安庁誕生の背景  72

日本の海の危機/手足を縛られての出発/たった四隻の観閲式

5 悲しみと喜びと  83

待ち望んだ「安全宣言」/嵐と涙の天覧観閲式

6 朝鮮戦争への道  94

仁川、元山上陸作戦/日本掃海部隊へ派遣要請/バーク提督と日本人/日本は「対日飢餓作戦」に敗れたのか?

7 指揮官の長い夜  113

極秘作戦決行!/交錯するさまざまな思い/掃海部隊指揮官の仕事とは……

8 特別掃海隊出動!  134

不安な夜と危険な掃海/MS14号触雷す!/乗組員たちの怒り/能勢隊の離脱/撤退の後始末

9 朝鮮戦争の真実  157

寒くて辛い朝鮮掃海/鎮南浦の掃海/大賀良平の場合/国連軍との微妙な関係/それぞれの朝鮮掃海/元山、その後/ソ連製機雷による被害

10 忘れ得ぬ男  182

弟からの手紙/運命の日/知られざる「戦死」/「靖国で会おう」という約束/靖国神社、苦渋の決断/慰霊・顕彰のあり方は曖昧なまま/「ある女性」のこと/日本の独立を早めた朝鮮掃海

11 海上自衛隊誕生前夜  214

軍隊のようで軍隊でない組織、生まれる/米国の掃海艇に乗って/活躍の場を広げる掃海部隊

12 水中処分員の仕事とは?  231

終わらない、EOD員の戦い

13 漁業と掃海  244

14 遥かペルシャ湾へ!  250

湾岸戦争と日本/窮地に追い込まれた日本/落合群司令とは/難航した要員確保/それぞれの出港/いざ、ペルシャ湾へ!/自衛隊初の海外派遣、その舞台裏/派遣部隊の心の内/いよいよ作戦開始!/機雷の海、緊張の日々/高まる焦燥感/機雷処分に成功!/最年少の艇長/寄港地での出来事/ペルシャ湾で育んだ「絆」/ありがとう、掃海部隊!

15 最後の木造掃海艇  311

日本が誇る、木造の掃海艇建造技術

あとがきにかえて
掃海部隊の残したもの  327

参考資料  334

桜林美佐(さくらばやし・みさ)
昭和45年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作した後、ジャーナリストに。国防問題などを中心に取材・執筆。著書に『奇跡の船「宗谷」?昭和を走り続けた海の守り神』『海をひらく?知られざる掃海部隊』『誰も語らなかった防衛産業[増補版]』『武器輸出だけでは防衛産業は守れない』『自衛隊と防衛産業』(いずれも並木書房)、『終わらないラブレター?祖父母たちが語る「もうひとつの戦争体験」』(PHP研究所)、『日本に自衛隊がいてよかった』(産経新聞出版)、『ありがとう、金剛丸?星になった小さな自衛隊員』(ワニブックス)。月刊「テーミス」に『自衛隊と共に』を連載。「夕刊フジ」に『ニッポンの防衛産業』を毎週月曜日連載。