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目 次

 序 1

第一部 吉良上野介 15

第一章 上州白石村 16
   上野介の生誕地 16
   名門吉良家 20
   上野介の閨閥 23
   吉良家の知行地 25
   高家の勤め 27
   名君吉良上野介 31
   忠臣蔵はここでも嫌われた 35
   三右衛門一揆 39
   悪地頭倉橋内匠助 42
   上野介の位牌 45
   殿中刃傷 47
   上州馬庭念流 49
   堀部安兵衛 52
   上州に下る上野介 55
   代官の息子 57

第二章 作られた上野介像 64
   江戸の町 64
   上野介の悪評 66
   日本橋の旅人 69
   御殿跡を歩く 72

第二部 風さそう花 77

第三章 殿中刃傷 78
   十六度目の拝賀使 78
   事件までの間 82
   殿中刃傷 89
   蘇鉄之間まで 95
   内匠頭の取調べ 100
   上野介の取調べ 102
   上野介の治療 104
   内匠頭御預け 106
   内匠頭切腹 110
   辞世の歌 118
   上野介御咎めなし 122

第四章 謎の文書二つ 125
   四つの記録 125
   田村家記録とは何か? 127
   多門伝八郎筆記とは何か? 131
   真実を伝える『多門伝八郎筆記』 135
   冷静だった将軍 147
   もう一人の急使? 149
   仰天、事件を喜んだ人 154
   帰ってきた勅使 158
   内匠頭救出 163
   即日切腹本当の理由 167

第五章 事件をめぐる諸説について 171
  (検証1)内匠頭は短気だったのか? 171
  (検証2)内匠頭は乱心したのか? 175
  (検証3)事件の原因は狂気の血筋か? 178
  (検証4)内匠頭は軽んぜられたのか? 182
  (検証5)内匠頭が軽んじたのか? 185
  (検証6)喧嘩が原因か? 188
  (検証7)勅使饗応手抜き説 194
  (検証8)塩原因説 200
  (検証9)賄賂説とそれをめぐって 203
  (検証10)準備不足が問題だったのか? 217

第六章 刃傷事件は政治事件だった 220
   怨恨による偶発事件ではない 220
   堀田大老刺殺事件 222
   内匠頭の遺言 227
   刃傷事件とは何か? 234

第三部 さまざまな暗闘 241

第七章 上野介はなぜ殺されたのか? 242
   乞食皇子 242
   明月記の写本 245
   後西院天皇譲位 248
   逆賊吉良上野介(T) 252
   逆賊吉良上野介(U) 256
   吉良嫌いの赤穂藩 260
   犬公方 265
   甲府将軍か紀州将軍か? 269
   女神誕生 272
   上野介最後の登城 276
   紀州家と上杉家 280
   吉良上野介はなぜ殺されたのか? 284

第八章 吉良邸茶会 290
   上野介の首 290
   千宗旦を偲ぶ 297
   高家再編 299
   逃げない上野介 308
   吉良家の要塞 311
   蟻を集める砂糖壷 314
   目撃者たち 321

第九章 事件の黒幕「近衛基煕」 328
   スパイ中島五郎作 328
   謎の人羽倉斎(T) 337
   謎の人羽倉斎(U) 339
   暗殺別働部隊長大石三平 342
   ここにも近衛基煕 345
   そしてここにも近衛基煕 349
   山科隠棲 351
   計画された刃傷事件 356

第十章 忠臣蔵、本当の謎 361
   討入りの後 361
   死の行進 366
   討入り本当の狙い 372
   家を守る 374
   吉良家断絶 379
   赤穂事件の暗黒 385

後記 391

参考資料 394


後 記

「この間の遺恨覚えたか」
「遺恨覚えたるか」
「宿意あり」
 内匠頭はそう言って刃を振り下ろしたという。どれが正しいのかよくわからない。あまり興味がないのは、どれも少し嘘臭いためである。人間は、ああいう場面では普通こんなふうに叫ぶ。
「奸賊め!」
とか、
「非道なり!」
とか、
「不忠者!」
とか、短くとも言葉が具体的なのである。
 その点伝えられる内匠頭の言葉はあまりピンとこない。
 赤穂浪士たちが不思議なのは、刃傷の原因にあまりこだわってないことである。せいぜい、
「殿は殿中で吉良に何か言われて引くに引けなかったのだろう」
「進物の贈り方が悪かったのだろう」
という程度の認識だったように思えるのだが、これもやはりピンとこないことである。
 テレビのチャンネルを回すと、ときたま、
「ともかく知りたいのは真実だ」
と誰かが話している場面に出くわす。
 そう、その通り、誰でも真実が知りたい。好奇心の問題ではない。
「ともかく知りたいのだ」
 それは人間の本能なのである。ところが赤穂浪士はそういう本能も知らぬ「おすましやさん」ばかりなのである。
 おそらくこの事件には絶対の禁句があったのではあるまいか。
「事件は内匠頭の個人的問題で起きたものではない」
 こればっかりは口にできないのである。政治がらみの問題ということになれば、大変なことになる。浅野一門、家臣一同にいったいどんな迷惑が及ぶかわからない。だから内匠頭としては自分が全てを引っかぶる。周囲は内匠頭に押しつけてしまう。それ以外仕方ないのである。
 執筆中もそうだったが、書き終えた後、余計気になってならないことがある。
「赤穂浪士たちの一部は、ひょっとしたら事件の原因に勘づいていたのではないか? 実は本当のことを知っていてそらとぼけているのではあるまいか。また、そんなことは幕府側の関係者も、先刻ご承知だったのではあるまいか。これまたとぼけているのである」
 どうもそう思えて仕方ないのである。
 要するに『忠臣蔵』は関係者一同の共通の不利益、「刃傷事件は政治事件だった」ことを隠すための虚構の物語だったということである。もしそうだとすると、われわれが馴染んできた『忠臣蔵』とはいったい何だったのだろう?
 腹のそこから変な笑いがこみあげてきて仕方ない。
 
最近書店の棚に『忠臣蔵』を見ることが少なくなった。
『忠臣蔵』は廃れたということもよく聞く
 しかし、それは逆に日本人の思考を縛っていた『忠臣蔵』という物語の枠組みから離れ、自由にものを考えられる時代になったということでもある。
 新しい、そして真実の『忠臣蔵』像とは一体どんなものなのだろう?
 本書がその先駆けであれば実に嬉しいのだが。

円堂 晃(えんどう・あきら)
1952年生まれ。1974〜2001年まで神奈川県、群馬県で中学校国語教員。専門の日本文学の他に歴史と古美術に興味を持ち研究にあたる。とくに日本古陶磁器に明るい。2005年、第一作となる『「本能寺の変」本当の謎―叛逆者は二人いた―』(並木書房)を発表。群馬県太田市在住。円堂晃は筆名。