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プロローグ 北東アジアはまだ冷戦の真っただ中 「冷戦が終わった」と言ってシャンパンを抜いて騒いだのは、欧米、とくにソ連の脅威が薄らいだ欧州での話。西ヨーロッパへのロシアの軍事的プレゼンスが減殺されたというだけのことである。 極東、とくに北東アジアは依然として冷戦の真っただ中、それも日本の周辺には暗い戦雲が漂い、朝鮮半島と台湾海峡をめぐる軍事的緊張の高まりに、関係各国が安全保障面で懸念を高めている。 小泉首相率いる与党の大勝が実現したといっても、改憲、防衛力整備のスピードアップがともなわない限り、日本は危機に即応できない。 6カ国協議で北朝鮮が核廃棄の共同声明に応じたからと言っても、過去に何回も約束を破ってきた実績≠前にすれば、全幅の信用はできないだろう。 楽観論は厳しくいましめなければならない。 朝鮮半島は「民族の悲願」とか「統一」などと幻想に酔っているが、本質は北朝鮮がロシアの保護を離れて中国の傘下に条件付きで加わろうか、その場合、韓国も道連れにしようかという話である。ソウルも平壌も北京の顔色を見ているのだ。 中国が元凶の台湾海峡の戦雲も、「台湾は中国の一部」などとやかましく獅子吼する軍国主義者(中国)が米国の油断と隙をねらって侵攻作戦を練り上げている。 本書はこうした現状分析を踏まえての未来予測である。 第1部の「いま」は、当然ながら近未来予測の土台となる現状を徹底的に客観的に分析する。日本のマスコミとかなり角度が違う分析に驚く読者もいるかもしれないが、国際的には常識とされる説を中心に編んだ。日本の常識は世界の非常識だから。 とくに韓国の変心ぶりには要注意だ。彼らにとってみれば北朝鮮政策は「アメとムチ」のつもりなのだろう。 韓国政府は突如の思いつき≠ェ、最近とくに目立つが、昨今は「北朝鮮が6カ国協議で核放棄に合意すれば200万キロワットの電力を北朝鮮に直接供給する」と言いだした。 これは2005年7月12日に盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が招集した国家安全保障会議(NSC)のあと、鄭東泳(チョン・ドンヨン)統一相が記者会見で明らかにしたものである。 一方、北朝鮮側は「1994年の『米朝枠組み合意』により凍結してきた原子炉2基の建設を再開した」と、これまた突如言明した。 北朝鮮軍の首脳はついでに「米国が核施設を攻撃すれば全面戦争になる」と恫喝のコトバを忘れなかった。 同じころ、平壌を訪問していたのは胡錦濤の特使、唐家 (中国前外相)である。唐は金正日と平壌の百花園迎賓館で会見した。 唐家 が伝えた胡錦濤のメッセージは、なんと口頭で、であった。 「中国の党と政府は朝鮮との伝統的友誼を非常に重視しており、各分野の友好協力を深め、中朝関係が絶えず新たな発展を収めるよう、朝鮮の党と政府と共に努力していきたい。6カ国協議のプロセスの実質的進展をめざし、中朝双方が今後も密接な接触と協力を保つよう希望する」 金正日は「04年の訪中時に胡錦濤総書記との間で合意した共通認識に基づき、朝中関係は順調に発展している。朝鮮側は今後も中国側と共に努力し、高い水準の友好協力関係を促進していく」としたうえで、「朝鮮半島の非核化実現は朝鮮側の努力目標である」などと応えた。 いずれにしてもイラクの泥沼から抜け出す構えに入った米国としては「北朝鮮の核放棄宣言から完了までを2年以内がタイムリミット」と見ている。 すでに米政府は、これを韓国側に伝えており、北朝鮮が核を放棄すれば「安全の保証」や経済協力が可能だ、とした。05年9月の合意成立は、この線で中国が強引にまとめたものだ。 現状は奇々怪々、複雑怪奇である。 第2部は「3年後」としているが、要するに今から2008年までの趨勢を展望し、基礎的には現在と継続する近未来を予測してみる。 とくに08年は北京オリンピックもさることながら、米国と台湾は指導者の顔が変わる。米国はヒラリー夫人、台湾は統一派で反日派の馬英九とするのが現段階での下馬評だが、となれば、国際情勢の流転は、またも方向感覚を失うだろう。 韓国はその前年に大統領選挙、下馬評では最右翼にいるのが朴槿恵(パク・クンヘ)女史である。 政治は一寸先が闇、政治的要素のみならず経済・軍事の要因を加味して多岐にわたっての検証が必要である。 第3部「5年後」の予測が行き着く先は、いきおい中国の軍事情勢次第となる。 なぜなら5年後、中国軍は確実に台湾侵攻能力を保有するからだ。中国が朝鮮半島、台湾海峡の情勢を左右する圧倒的なパワーであり、しかも中国と北朝鮮以外、この地域で戦争をのぞむ国はなく、実力をみれば中国が唯一の軍事覇権を狙う国だ。 05年7月19日に米国防総省は『中国の軍事動向に関する年次報告書』を米議会に提出した。 概要は台湾への軍事侵攻能力の増大ぶり、ミサイルが730基、新型戦闘機が700機、実戦配備され、さらに新型の潜水艦、駆逐艦、巡洋艦の増強ぶりが強調された。 毎年2ケタ成長の国防費に関して、中国政府が公表した300億ドル(約3兆3600億円)ではなく、実際には3倍の900億ドルあると明確な懸念を示した。 しかし、ペンタゴン報告書は急激な高度成長を走る中国の台頭を警戒する米国世論を反映しながらも、「中国を刺激するな」とする国務省との水面下の駆け引きがあったため「表現が相当程度に穏やか、事実を淡々と叙し、煽動的なレトリックを避け、とくに米国の敵≠ナあるとの明示を避けた」(『ワシントン・ポスト』) 当初、中国の軍拡がこのままつづけば明瞭に中国が米国の「戦略的なライバル」になる、と表現する予定だった。 しかし6カ国協議再開とライス国務長官の訪中を前にしたホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)と国務省が頑強に抵抗し、ドラフト(草案)は、ポトマック湖畔を挟んで、ペンタゴンと国務省のあいだを何回も往復した。 ナチスの台頭を軽視し、ヒトラーとの宥和政策を採った英外相チェンバレンは、結果的にドイツの軍拡を黙認し、戦争を誘発した。こう見てくると同様な宥和を図る米国が日々頼りなくなって見える。日本軽視も気になる。 対中感情が極度に悪化している米議会には国防総省のオリジナルな基調を熱烈に支持する勢力があり、対中強硬派の代表選手、下院軍事委員長のハンター議員(共和党)らが報告書の早期提出を要求していた。 台湾と日本への脅威に関する記述では、両国に照準を合わせた短距離弾道ミサイルが04年報告の500基から730基にも増強されている事実を指摘したうえ、そのミサイル命中精度の向上が顕著としている。 また第3部では台湾海峡、朝鮮半島にとどまらず、むしろ中国を囲繞する外縁の国々の動向にもスポットをあてる。 第4部は10年後に照準を合わせているが、遠い未来学者的な話ではない。 現実の積み重ねによるシミュレーションを基礎において、エネルギー、軍事、経済、社会、外交などを検証してみるが、5年後のシナリオあたりからAとBで90度の違いが現われ、10年後は両極のシナリオが並立して出てくる。理論的にも分岐点をこえる3年、5年後の流れが別々になるからで、シミューレーションはさらに多角的となっている。 明るい未来、暗い絶望のどちらかにぶれるため両方が併記されることとなった。 ともかく、本書が読者諸兄のなにかのヒントになれば幸いである。 |
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