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プロローグ
不透明な先行きが不安を広げる
 テロという最大の不安定要因
 日本も世界も活力を失ったのか、経済的見通しはすこしも明るくなく、希望も薄い。とくに日本の景気は一時の中国特需も終息したせいか、ブッシュ再選以降もまるで元気がない。
 景気循環説や金利、商品市況の騰勢とか、経済的パラダイムだけの解説では、現在の複雑な世界情勢および経済の説明はつかない。名状しがたい不安感がほうぼうに溢れているからだ。
 最大の不安要素はテロである。
 世界中にイスラム狂信派のテロリズムが吹き荒れ、工業先進国の治安が脅かされている。
 あれだけ米国が力こぶをいれ、日本が全面協力をしたイラクもアフガニスタンも、民主化は遠く、現実にはテロの巷と化している。日本人の犠牲も増えた。
 テロリズムは一夜にして民主主義国家の世論を変えてしまう爆発力をともなう。
 ニューヨーク世界貿易センター爆破が米国の世論を一夜にして変え、イラクへ侵攻したように、チェチェンの無慈悲なテロリストらは学校を襲撃し、爆破し、いたいけな子供たちを虐殺した。このテロ事件はロシアと米国の心理的結びつきをうむ。
 一方で、たとえばスペインにおける列車爆破テロは保守親米路線だったアズナール政権を同時に吹き飛ばした。
 ザパテロ新政権は左翼過激派、イラクからのスペイン軍の撤退をやってのけ、米国をがっかりさせたが、これはアルカイダのテロが望外の目的を達成したことを意味する。
 インドネシアをしばしば襲った大規模な爆破テロも米国の代理標的としてオーストラリアの関連施設が狙われた。それでもハワード保守政権のオーストラリアはひるまず、総選挙では圧勝した。
 世界はいま「アルカイダの次の標的はどこか」で戦々恐々となり、侃々諤々の議論が沸騰している。
 イギリスの与党労働党内でさえ孤立気味のブレア首相は、次のテロがあれば労働党政権そのものは崩壊しないとしても、首相交替に追い込まれ、ブッシュ戦略の根底を揺らすことになるだろう。
 ブレア英国首相は最初から最後までブッシュの味方、強い同盟者としてイラク戦争を米国と主導したからアルカイダが次に狙う最大のターゲットのひとつであることに間違いはない。
 イタリアはベルルスコーニ首相の基盤が弱く、ましてや「北部同盟」との連立。もっともひ弱な「連立」ゆえに野党の巻き返しの弾みがつくおそれがある。ただし現在の連立が崩壊しても、次なる政権はおそらくベルルスコーニ首相を中心とした保守主導の、ひ弱な連立政権となるだろう。
 東欧のポーランドが熱狂的にブッシュ支持なのは、イラクの石油権益確保でもNATOの大義でもない。ソビエト傀儡政権時代の共産主義者の独裁、言論の自由のなさとサダムの独裁政治を同等に問題としたからで、ポーランドおよび旧ソビエト衛星国家群は「全体主義との戦争」と位置づけている。だから旧東欧は米国支持である。
 ポーランドの民意は経済不況、失業、汚職にあり、イラク戦争への不満ではない。しかしテロが起これば、現在の連立政権が吹き飛ぶ可能性は強い。
 日本ではイスラム教信者が少ない上に、町を歩いているだけでムスリム(イスラム教徒)が目立つくらいだから、テロをおこなうにしても、日本人の代理人を使う手段しかあるまい。そこまでアルカイダが、日本に浸透しているかどうかは疑わしい。
 日本が万一、スペイン級のテロに襲われたとしても、野党の民主党がいきなり政権につけるわけでもなく、日本の対米協力的なイラク政策が根底的に転覆されるシナリオは稀少である。
 さて中国におけるイスラム原理主義過激派のテロは深く静かに進行中だが、彼らは次ぎに何を狙っているか?
 2003年、北京大学、清華大学という両エリート大学を爆破し、2004年も鄭州駅での爆破事件があった。この10月には200キロほど奥地の南仁村でイスラム教徒と漢族の衝突事件が起こり、数十名の死傷者がでた。
 アルカイダ関連でいえば、新疆ウイグル地区からアフガニスタンの秘密基地に入り込んでおよそ千人が軍事訓練を受けていた事実がある。
 それゆえ、日本より中国がさきにイスラム・テロに狙われる可能性が高い。 石油暴騰時代の生き方
 次なる重要課題は石油である。
 安い石油を安定的にいかに確保できるか?
「イラク以後」のシナリオで、一番の問題はサダム・フセイン体制崩壊後の石油地政学と金ドル本位制復活か否かを論じる通貨問題だ。これらの相関関係についても本書では考察したい。
 石油地政学からみると、1バーレル50ドル突破という石油価格の暴騰は、今後の世界経済にどれほど致命的な悪影響を及ぼすのか?
 開戦前、米国が企図したのはイラク石油支配であり、具体的にはイラク石油輸出機構の民営化、OPEC(石油輸出国機構)脱退による日量600万バーレル体制の実現にあった。しかし、テロに荒れるイラクの実状を観察する限りでは当初の米国の目標達成はきわめて困難になったと断言してよいだろう。
 となると米国の世界的規模での軍事目的の泥沼化で、ほくそ笑む国々がある。
 とくに中国と北朝鮮がどうでるのか?
 また思わぬ「漁夫の利」を得つつあるロシア、イラン、ベネズエラの動向は?
 つぎに「同盟国」としてアラブ世界で振る舞ってきた石油大国、サウジアラビア、クウェートの運命はどうなるのか?
 関連してワシントンの篤き「同盟国」であるイスラエル問題と「アラファト以後」のパレスチナ問題の深刻化をいかに受け止めるべきか?
 さらに集中して議論したいのは、危機にさらされた西側経済を支える基軸通貨=米国ドルに通貨リスクはないのか?
 それにともなってアジア通貨も。たとえば中国の人民元が切り上げに追い込まれるとアジア経済全体はどうなるか?
 一部の市場関係者がささやく金本位制復活≠フ足音もそこまで聞こえてきそうである。
 最終的には日本経済の暗い近未来をもうすこし深刻に分析しておく必要があるだろう。
 為替相場への介入をバカの一つ覚えに繰り返してきた政府・日銀の貧困なる発想力で、一方的な外貨準備の肥大化は「架空」のドル預金である。
 他方で日本には固定相場復活という荒治療があるが、小泉政権はブッシュとの個人的絆を強調する、ポピュリズム重視だけが取り柄の政治だから、政治的リーダーシップの不在は前項目的の実現をたいそう困難にしている。
 米国は行き詰まりを打開するため地球的規模で海外駐在米軍を配置換えし、さらにはイラク三分割による連邦化シナリオをも横に睨みながら、新しいイラク構造の構築に向かって動き出した。
 長期的目的のひとつは、イラクの石油をイスラエルへパイプラインでつなぐという画期的な構想の推進である。アラブ諸国がひっくり返りそうなプロジェクトだが、このアイデアはワシントンとエルサレムでは過去にも浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。
 というのもイスラエルは過去半世紀、石油を主にロシアから買ってきた。ロシアから冷戦終了後、イスラエルへ移民した人々は軽く60万人を超え、経済的結びつきは深い(イスラエル国内にはヘブライ語とロシア語を併記した道路標識の地区が多い)。
 もしイラクの膨大な石油の一部を、キルクーク油田から西のシリア砂漠を直接横切ってヨルダンを通過させ、パイプラインをハイファ(イスラエル最大の近代港湾)まで敷設すれば、エネルギー問題は一気に解決する。
 だから米国のイラク戦略をはじめとする外交方針、そのやり方を表向きは賛意を表しながらも舞台裏で牽制し、ときに露骨に妨害し、まさに魑魅魍魎的な動きを示す欧米諸国や中国の暗躍が目立つのである。
 こうした世界政治の舞台裏の動きは経済予測に欠かせない要素であり、複雑怪奇な世界経済の分析を100のポイントから本書では接近を試みることにして、その深い闇にある謎解きに迫りたい。
 平成16年(2004)11月


 目  次
プロローグ
不透明な先行きが不安を広げる  1
テロという最大の不安定要素  1
石油暴騰時代の生き方  4
パート1「世界経済のいま」は?…………………………………15
       ――未来を暗くする25のシナリオ
1 ブッシュ再選で世界はこう変わる  16
2 石油高騰がドル高をまねく異常な事態  18
3 イスラムの良識派がテロ非難の声をあげ始めた  20
4 いまの憲法では理事国の任務は果たせない  22
5 核武装をやめさせ、金の独裁体制は存続させる?  24
6 ドルは暴落≠ナなく陥落≠フ怖れがある  26
7 ユーロvs ドルvs 円vs 人民元の攻防はつづく  28
8 G7の存在理由は年々希薄化していく  30
9 日本の経済ナショナリズムが急激に台頭した  32
10 「親日派」が誰もいなくなった韓国議会  34
11 中国は北朝鮮カードで米国と取り引き  36
12 ロシアはこれからも朝鮮半島に介入するだろう  38
13 米国が北朝鮮脱北者≠フ人権保護に動きだす  40
14 宿敵イランやクウェートを通じて石油を輸出  42
15 石油確保のためには軍事力行使もためらわない  44
16 ロシアの石油をめぐる日中の熾烈な争い  46
17 CIAの情報能力不足が新たな危機を生む  48
18 激変をとげる米国の産業構造  50
19 つかの間だったネオコンの天下  52
20 中国の中華思想と朝鮮族の対立  54
21 日本がドイツ並みの「普通の国」になる日は遠い  56
22 中国新体制は日中関係の重要性を認識している  58
23 米軍の世界的な陣容配置換えに対応  60
24 ハゲ鷹ファンドが中国企業の買収も始めた  62
25 世界のマスコミ報道は是正されるか?  64
パート2「世界経済の3年後」は?…………………………67
       ――資源、労働、ハイテクがキーワード
26 EUの労働条件は悪化の一途をたどる  68
27 3年後、ようやく中国の胡体制が確定する  70
28 巨大ヘッジファンド化する銀行  72
29 旧満州は日本の参画なしでは蘇生しない  74
30 イランの核施設を空爆する日は近い  76
31 リビアの資源利権は英米で分け合う  78
32 ダイヤモンド帝国の崩壊。価格は大暴落へ  80
33 外国帰りの原理主義者がサウド家を揺さぶる  82
34 米企業はむしろ人民元安で儲かった  84
35 米国とフランスの仲違いは決定的な段階に  86
36 ロシア版OPECは着々と進捗している  88
37 アジアのイスラム圏はロシア回帰へ  90
38 西側の亀裂は中国を利している  92
39 2008年の米国にはヒラリー大統領  94
40 ハイテク製品の死活的原料をめぐる争奪戦  96
41 汚染がひどく、世界一の肥溜めに化する怖れも  98
42 日本の官庁サイトはすべてやられた  100
43 黄河流域の水不足が飢餓と貧困を助長する  102
44 イスラエル化する世界の安全保障  104
45 在日米軍の活動範囲は「極東」をはるかに超える  106
46 台湾は「中華民国」から「台湾共和国」へ  108
47 松下も日産も、いずれ政治的人質化する  110
48 中朝国境で軍事緊張が高まる  112
49 中国でも韓流。ハングル文字、食文化が席巻  114
50 全く新しい「超限戦」時代が幕開けした  116パート3「世界経済の5年後」は?…………………………119
       ――北東アジアの冷戦構造は深刻化
51 中国が台湾侵攻をやらかす危険はかなり高い  120
52 モンゴルもインドも対中姿勢を激変させる  122
53 あらゆる改革は失敗し、北朝鮮は崩壊する  124
54 日本の鉱区はカスをつかまされ、またも大損か  126
55 アフガニスタンは変わらず戦国乱世の時代  128
56 ロシア・リスクが表面化し、国家再建の道は険しい  130
57 カザフの石油ルートをめぐって熾烈な争い  132
58 反ロシア、されどロシアと協調する宿命  134
59 独裁者が中東北辺をかき荒らす  136
60 中国政府、党への不満から暴動が頻発する  138
61 現代中国を反映して頽廃とポルノが全盛  140
62 造船業界はBRICs向けで好景気  142
63 働かない、家事手伝いもしない中国新人類  144
64 市場原理を無視した中国のエネルギー政策  146
65 武器輸出の魅力が人権批判を抑えこんだ  148
66 台湾は憲法を改正し、独立を目指す  150
67 プーチンは情報操作で絶大な権力を掌握  152
68 日本の資源ルートに中韓が共闘で横ヤリ  154
69 日本の対中国経済援助は停止になる  156
70 イスラム・テロはロシアから消えない  158
71 中国のクルマ購買力に限界が見えた  160
72 反日遊びにふけっている余裕はなくなる  162
73 米国が戦略的な判断からモンゴルに急接近  164
74 郵政カイカクは必ず頓挫する  166
75 日本の人口減少が外国人の急増を招く  168

パート4「世界経済の10年後」は?…………………………171
        ――ドル陥落、金本位制の復活…
76 食糧支援より食糧自給の基盤づくりが重要だ  172
77 もともと台湾は中国領土にあらず  174
78 北朝鮮、韓国、台湾、そして「その次」は?  176
79 「京都議定書」にロシアまで加わったが  178
80 日本の核武装も10年後は、あり得る  180
81 ダイエーもいずれウォルマート傘下に入る  182
82 数字に強い才能を持つ若者が蝟集している  184
83 パレスチナとの宿命の抗争が計画を遮断する  186
84 米国の信頼を失い、反王室ゲリラが力を増す  188
85 人口動態の激変が米国政治を変える  190
86 EU(欧州連合)の劇的な拡大はアダ花におわる  192
87 南北統一か軍事衝突か?北朝鮮崩壊のシナリオ  194
88 10年後、中国で日本の面積分が新たに砂漠と化す  196
89 国内の治安悪化でロシアに逃げる国民もでてきた  198
90 いずれ上海は独立を言い出し、大経済圏を築く  200
91 商法の新改正が真の戦国時代を日本にもたらす  202
92 白人の人口が減り、異民族が国の多数派になる  204
93 うかうかすると日本の頭越しにまたやられる  206
94 中国の農民は永遠に豊かになれない  208
95 インドなどアジア勢がオスカー賞を独占する  210
96 対日感情は良好。日本企業のベトナム進出が増える  212
97 中国の東西交流ははるかに進む  214
98 現存の国際機関は改めてあり方が問われる  216
99 ドルの調整は次の円高を意味しない  218
100 ドイツ、ロシア通貨の悲劇が繰り返される  220
世界の闇経済@
武器密輸の闇将軍はKGB出身のロシア人  66
世界の闇経済A
麻薬と「NARCOテロリズム」  118
世界の闇経済B
地下経済の主翼は昔ながらの売春とカジノ  170
エピローグ
世界経済は政治の激変とともに大変貌する  222
政経分離≠ヘ幻影、経済は政治に左右される  222
経済予測の鍵は石油と通貨以外にもこれだけある  224

エピローグ
世界経済は政治の激変とともに大変貌 政経分離≠ヘ幻影、経済は政治に左右される
 経済は政治と不可分であり、政経分離≠ニいう概念は修辞上の便宜である。本書が経済予測を主眼としながらも、政治予測と展望に多くのページを割いたのはそうした理由からである。
 軍事衝突があれば原油が高騰し、ドルが上がるように、ブッシュ再選の翌日には日米で株式市場が沸騰した。米国政治がふらつきを示せばNYダウは戸惑いを見せ、ドルは乱高下を繰り返す。
 米国大統領選挙でブッシュが再選されたことは、結局、保守化のうねりが本物であり、対イラク戦争の戦略的方向が追認されたことを意味する。
 もしブッシュ大統領が再選を果たせなかった場合、アメリカは孤立主義に戻り、経済では保護主義が復活して世界経済はまたたくまに不況に陥り、世界は一層危険になるところだった。
 第二次大戦でスターリンのソ連を「同盟国」だと位置づけた米国は、日本を敵視するコミンテルンの謀略にはまって、イタリア、ドイツを破り、パリを解放するやそのまま進軍を止めた。
 結局、ドイツを分断させてベルリンに壁をつくらせ、パブスブルグ王朝の東欧を共産化させ、アジアで米国は蒋介石応援を中途半場におこなったため、最後はシナ大陸を共産化させてしまった。
 ラルフ・タウンゼントが預言したように「米国は自由主義のブラジル、ドイツ、日本を敵視し、逆に独裁国家のソ連、中華民国と手を組んでしまった」のである。
 2004年10月、CIAが60年ぶりに公開した当時の秘密資料によれば、ルーズベルトの周りを囲んで米国戦略を誤らせたのは、ソ連およびコミンテルンの指令をうけた共産主義者らの政権内部における暗躍だった。
 日本を追いつめて戦争に巻き込んだのも、スターリンの謀略に基づきゾルゲや尾崎秀実らの暗躍が近衛内閣の政策決定を左右し、南進政策に陥らせたからだった。
 もしジョン・ケリー上院議員がホワイトハウスにいまごろ陣取っていれば、右のような事態に米国が再び陥るおそれがあった。
 ともかく過去のそうしたアメリカ外交の失敗は、北東アジアでは北朝鮮という独裁政権の地獄を朝鮮半島の北方に出現させてしまった。ルーズベルト、トルーマン政権の犯罪的ミスは、ソ連の深謀遠慮を見抜けなかったことにある。
 近くはベトナム戦争もジョン・ケネディ民主党政権がおっぱじめ、ジョンソン政権が拡大した挙げ句に米国世論がソ連の代理人によって操作され、反戦運動で身動きができなくなるや米軍は、ぶざまな撤退劇を演じた。結末はベトナムの共産化だった。
 米国がレーニン、スターリンの亡霊と同一視したイラクも、たしかにサダムの独裁政権を崩壊させたが、テロリズムが吹き荒れる無法地帯と化し、これで米軍が撤退となれば「イスラムのカーテン」がアラブ世界に出現するだろう。
 ハンチントンの『文明の衝突』は底の浅い歴史観だが、現実の世界は石油を握るイスラム勢力がテロリストに挑発されて西側に挑戦する構造であり、中間にあって中国とロシアがこれから展開する魑魅魍魎外交に米国まで翻弄されるのではないか。EUが漁夫の利を得るのではないのか。
 近未来を予測するに際して、こうした歴史の大局観が必要であり、本書のところどころが暗いシナリオとなるのは各国の指導者に確固として歴史的姿勢が見られないからでもある。
 
 とは言うもののブッシュ政権も二期目となると、かつて歴代政権が二期目の前半期に随分と思い切った政策を打ち出したように(たとえばニクソンの北京訪問、金ドル兌換停止、レーガンのプラザ合意、クリントンの中国訪問などはすべて政権二期目におこなわれた)、なにか、大胆な措置に打って出てくるだろう。ルーズベルトの第二次大戦参戦もトルーマンの朝鮮戦争も政権二期目の決断だった。 経済予測の鍵は石油と通貨以外にもこれだけある
 イラク政策は、「アラファト以後」のパレスチナ・イスラエル問題やイランの核武装との兼ね合いという政治文脈からでてこざるを得ないだろう。
 中東の次なる異変はイラク以上の大きな影響を世界経済に与える。したがって米国の突拍子もない行動は予測しにくい。
 しかしながら金融面での大胆な政策変更は、本書で最も重視したように、金ドル兌換復活や固定相場制度復活、新札発行によるドル調整などといった画期的なかたちで飛び出してくる可能性を捨てきれないのである。
 さらに長期的視野に立つと、米国政治はもっと激しい勢いで変化してゆくだろう。日本が追いつけないほどの激変が、世界経済を同時に変えて行くであろう。
 世界に冠たる米国政治の動向は人口動態の変化による選挙が基盤であり、民主主義とはかくも脆弱なシステムに依拠しているため、基調の変化を見落としてはならない。
 第一に米国の選挙は人口の流動比率によって、州別の「大統領選挙人」の数がつねに変動する。まして下院議員は2年ごと改選されるが、毎回、人口比によって「選挙区」が変動している。
 第二にヒスパニックばかりか、多民族国家アメリカで人種構成比が迅速に変化しており、最大の注目点はイスラム教徒の増大だ。
 ムスリムは、黒人、ヒスパニック、アジア系につぐ勢い。おそらく500万から600万人の間だが、この動きも政治に大きな影をおとすだろう。アメリカは「WASP」支配という幻影から脱し、いまや最大人口はドイツ系、ついでアイルランド系、3番目がWASPである。4位以下は黒人、ヒスパニック、ユダヤ、アジア系となる。
 ヒスパニックはカリフォルニア州とニュー・メキシコ州の「チカノ」(おもにメキシコから流入)とカリブ海(とくにキューバ、ドミニカ、ジャマイカあたり)から移住してくる東海岸のヒスパニックに大別でき、後者はブッシュ支持に流れた。黒人票は大半が民主党だが、ユダヤ票は分裂した。
 第三に民主党はたしかに黒人、ユダヤ、ヒスパニックが強固に支えてきた沿革があるものの、ケビン・フィリップスが『富と貧困の政治学』などで説いたように、所得格差と税金論争が原因だった。貧困層の味方であると広く信じられてきた民主党の候補者が東海岸出身の鼻持ちならぬエリートで、夫人が大金持ちとくれば、党派を超えた反発が強く、かつての図式は成立しにくい。
 しかしケリーがあれだけの猛追が可能だったのは東部海岸のエリート、とくにマスコミのいう国際主義からうまれたイラク政策への疑問からだ。
 人種識別が共和、民主、いずれかの政党の地盤だなどと単純に割り切れなくなり、ましてや民主党最大の票田だったユダヤ系もイラク戦争政策で四分の一がブッシュへ流れた。
 ユダヤ系の投機王=ジョージ・ソロスは「反ブッシュ」の先頭に立って巨額を献金したが、あれは財務長官狙いという露骨な打算のためだった。
 第四にアジア系のなかでも日系の優位は消え、中国系の進出に瞠目すべきである。
 少なくともカリフォルニア州という(もし独立したらカリフォルニアだけで世界7位のGDP)民主党左派の金城湯池の地域では、ゲイ差別反対、ジェンダー・フリー、金持ち優遇の減税反対など60年代からの左翼運動のメッカとなり、アジア系も運動の主翼だからだ。
 ハリウッドはユダヤとイタリア、ここに映画競作などで中国がどっと入り込み、アメリカの世論形成に巨大な影響力を行使しようとしている。
 こういうふうにみてくると、人種構成比は従来の党派概念を崩し、共和、民主の識別はもはや不可能、というよりも各論争によって、アドホックな、人種を超えた「連合」がうまれている。その波に先に乗ったほうが選挙に勝つというアメーバ的状態に変貌しているのだ。
 今後、共和党政権が長期化する展望は希薄で、2008年はおそらく民主党が分裂を克服して新しい党派に生まれ変わり、政権を恢復するだろう。
 次期大統領候補の本命、ヒラリー・クリントン上院議員がこれから狙うのは民主党の再統一である。もし党内統合に失敗すれば08年にはヒラリーの目がつぶれ、民主党はまたもや分裂選挙に突入する。そうなれば漁夫の利で共和党がもういちどの勝利もありえるだろう。
 とはいえ長期的に一党の恒久政権というシナリオは二大政党の歴史をほこるアメリカでは考えにくい。
 世界経済の主だった変化は次代の米国の変化の潮流から生まれる。
 なお本書は全編が書き下ろしだが、一部の文章は筆者が過去にさまざまな雑誌に書いたものと重複する箇所がある。また文中の写真はすべて筆者が撮影したものである。
 この小冊は前に上梓した『中国のいま、3年後、5年後、10年後』の拡大版でもあり、こんども発行元、並木書房出版部に格段のお世話になった。最後に謝意を表したい。

宮崎正弘(みやざき・まさひろ)
1946年金沢市に生まれる。早稲田大学英文科中退。『日本学生新聞』編集長、月刊『浪曼』企画室長をへて、82年に『もう一つの資源戦争』(講談社)で論壇へ。以降、『日米先端特許戦争』『拉致』『ユダヤ商法と華僑商法』『テロリズムと世界宗教戦争』など問題作を矢継ぎ早に発表して注目を集める。中国ウオッチャーとしても、中国全33省を踏破。『中国大分裂』(文藝春秋)、『米中対決時代がきた』(角川書店)、『迷走中国の天国と地獄』(清流出版)、『円vs人民元』(かんき出版)、『本当は中国で何がおきているのか』(徳間書店)、『中国財閥の正体―その人脈と金脈』(扶桑社)など、そのうち数冊が中国語訳されている。また『三島由紀夫“以後”』『中国のいま、3年後、5年後、10年後』(いずれも並木書房)も好評。「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」をネット配信中。ホームページは、http://www.nippon-nn.net/miyazaki/