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●目 次

はじめに

パート1 子どもに嫌われる先生

   すぐに子どもに謝れない先生
   子どもの機嫌を取ってしまう先生
   子どもの側に立てない先生 
   子どもの悲しみに共感できない先生
   子どもの変化に気づかない先生
   子どもを粗末に扱う先生
   子どもの感情を揺さぶれない先生
   子どもに理由を説明しない先生
   子どもをダシにする先生
   子どもに恥をかかせる先生
   なんでも連帯責任にする先生
   自分で決まりを破る先生
   言うこととやることが違う先生

パート2 先生が変われば子どもが見えてくる

   頑張れば何でもできると思っている先生
   世間を知らない先生
   自分の信念にこだわる先生
   今どきの先生になれない先生
   細かな対応ができない先生
   話も聞かずに決めつける先生
   親の役目を果たせない先生
   頭の悪い先生
   ひいきを平気でする先生
   自分は善意の固まりだと思っている先生
   何でも親のせいにしてしまう先生
   生活にゆとりのない先生

パート3 「授業崩壊」という現実

   教科の意味が分からない先生
   授業での指示があいまいな先生
   子どもの工夫が生かせない先生
   得意技を持っていない先生
   板書計画を立てずに授業をする先生
   「型」を教えることができない先生
   何のために学ぶか教えられない先生
   子どもが塾に行っていることを嫌う先生
   自分でたずねて自分で答える先生 
   作文指導ができない先生
   授業と講義の区別がついていない先生
   子どもに全部言わせてから正解を言う先生

パート4 学校の真実に迫らない教育論議

   時代錯誤の『子どもを喰う教師たち』
   焦点をぼかした朝日新聞の『学級崩壊』
   先生の一面だけを描く『学校崩壊』
   学校への誤解と無理解
   「学級崩壊」と「第三の教育改革」
  「総合的な学習の時間」で子どもたちはもっと変わる


●はじめに

 私の先生生活のスタートは、まさに先生にデモなるか、先生にシカなれないという「デモ・シカ教師」でした。
 私は中学、高校時代、先生たちに嫌われるタイプの子どもでした。授業の妨害もしました。立ち歩いて、先生たちを困らせたこともあります。先生たちの熱心な教えなど、まさに馬の耳に念仏でした。最近の定義に従えば、学級崩壊など私が起こしていたことです。
「学校というところは、きれいごとばかりではすまない」
 十代半ばで私はそんなことを思っていました。
 その思いは、大学で教育学を学んで、ますます強くなりました。人が人の師となることの意味を考えれば考えるほど、学校の先生という仕事は、ますますおぞましいものに見えてきたのです。そして中学、高校時代に嫌いだった先生たちのことを懐かしく思い出しました。あの人たちは学校現場の現実に、とても耐えられなかったのだと気がついたのはその頃です。
「自分もまた耐えられそうにない」、ひ弱だった私はそう思いました。
 そんな私が、なりゆきで先生になりました。
 私の人間としての貧しさを救い、育ててくれたのは子どもたちでした。
 この本を書いていると、出会った子どもたちの笑顔が折にふれて浮かんできました。失敗ばかりしていた私に、「来年こそは少しでもましになってやろう」という勇気をくれたのは、教室で出会った子どもたちだったのです。
 日本の学校教育は今、大きな転機を迎えています。
 新しい学習指導要領には「総合的な学習の時間」を設けることが示されました。学校週五日制の採用と合わせ、画期的なできごとです。二〇〇二年に完全実施される各学校の教育課程は、疑いもなく、子どもたちを変えてしまいます。
 このことに、世間のほとんどの人はまだ気づいていません。
 それは、「教育に関心がある人」は多くても、「子どもの実態を知ること」には不熱心な人が多いからでしょう。あるいは、世間の大人のほとんどは、依然として学校とは「内容知」を教えるところだと思っているからです。また、教育することとは、知識や技術を教えることだと信じ込んでいるからでしょう。
 そうした学校観や教育への見方が、古い考え方であることは、子どもたちの現状を見ればすぐに分かります。それに固執してきたのは、子どもという存在をありのままに見てこなかったからに他なりません。
 社会に広がる教育論議は、大人中心の議論です。子どもの側に立った教育論はめったに聞かれません。
「今の子どもは……ない」という「ナイナイ」づくしの子ども観。同じように、「今の社会には……ない」「今の親には……ない」「今の先生には……ない」という語り方。いずれであれ、子育ての現場に立つ人間(親や先生や子どもたち)に、一片の共感すらない見方です。
 教育について語る時には、誰を中心にして語るべきでしょうか。もちろん子どもだと誰もがおっしゃるのですが、その言うことを聞くと違っています。「今の大人にとって都合のいい子ども」「今の日本社会にとって有用な若者」をどう作るかという点から語る人だらけです。
 もう、どれだけ知識があるか、問題の解き方をどれだけ知っているかという「内容知」ばかりを重視する時代ではなくなりました。
 これからは、「その情報はどうすれば手に入れられるか」「その情報は正しいか、どうすれば確かめられるか」という、いわば「方法知」を大切にする時代です。
 また、自分を見つめて、「何をすればより成長できるか」を正しくつかむ「自分知」を育てなくてはなりません。
 おそらく、これからもさらに情報化社会は進むことでしょう。今までの知識はすぐに陳腐化してしまいます。そういった時代では、いつも進んで学び続ける態度が必要です。
 学校は「生涯学習社会」に生きていく子どもたちに「未来で役立つ力」をつけるところでなくてはなりません。

 ところで、先生になるというのは簡単なことでしょうか。
 教員免許状は現在では、どこの大学や短大、専門学校でも決められた単位を取りさえすれば誰でも手に入れられます。そして、毎年行なわれる採用試験に合格すれば、名簿に登載されてどこかの学校に赴任します。この採用試験は二段階に分かれているのが普通です。一次試験はペーパーテストで、教養や専門知識を試されます。一般の公務員と変わりません。それを突破できると、実技試験(球技や水泳、ピアノ演奏など)と面接試験を受けるのです。
 ところが、大学で教えてくれることは、この試験に受かるためのものだけです。外国の教育思想や、教育に関する法規、授業についての理論、子どもや青年の心理、教育課程の仕組みなどにしかすぎません。実際の授業の方法や、黒板の使い方、子どもとの接し方などの本当に必要な勉強は誰も教えてはくれないのです。
 いわば、教育に関する思想や理念は教えられるのですが、人と接する技術や、何より子どもと日々過ごす具体的な方法などについては大学ではまるでノータッチなのです。
 現場に出てからも、多くの先生は見よう見真似で授業をしているのが本当のところです。授業技術を上げるためには、優れた指導者に授業を見てもらい、遠慮のない指導を受けるのが一番の早道です。ところが、そうした機会はめったにありません。それぞれが自分のことばかりで忙しく、あるいは、指導する力のある人が少ないために、先生たちのほとんどが素人とあまり変わりはありません。
 教育委員会や文部省では、教員の資質向上に頭を悩ませてきました。研修のための予算を組んだり、一般企業に派遣したり、さまざまな工夫をしてきました。それでも、これといった成果があがらないのは、やはり、最も必要とされている勉強を先生たちにさせていないからでしょう。
 最近では、「学級崩壊」という現象がさまざまに取り沙汰されています。いろいろな評論が出ていますが、何より大切なのは、学校の先生という仕事をもう一度見直すことです。
 この本は、皆さんにそれを考えてもらいたいと思って書きました。
 読みやすいようにと考えて、エピソードを中心に構成しました。具体的に先生の仕事を詳しく書いたつもりです。
 教育ということ、学校という制度、授業というものの考え方を変えてもらえたら幸いです。
「先生になる」ではなく「先生となる」ことの難しさも実感していただければもっと嬉しく思います。
 なお、エピソードは私が見聞きした事実ばかりを元にしたものです。教育の現場ではごく普通のできごとばかりです。

●あとがき

「なんとも教師くさいなあ。ここに出てくる鼻持ちならない指導者意識がやりきれないなあ」
 そう呟いてしまいました。
 大学院の時でした。社会科教育のゼミに出席して、昔の学校教師たちの実践記録をみんなで読み合っていた時のことです。それは日本がまだ貧しかった時代に書かれたものでした。
 戦後に生まれた社会科という教科を推進する中で、「進歩的で、良心的な」教師たちが授業実践を通じて村や地域を民主的な社会に作り上げていく奮闘記です。周りの院生たち(現職教員から派遣されてきた人、学部生から進学してきた人)は当惑し、迷惑そうな顔をしていました。私はそれに気づいてはいましたが、なおも「教師くさい」を連発し、その記述のいちいちにケチをつけ続けたのです。
 時間が終わり、指導教官から「なぜ、受講したのか」を尋ねられ、つい「ただなんとなく」と答えてしまいました。小学校とはどんなことをする所か興味があったという程度だったからです。教官は気分を悪くされたらしく不機嫌でした。当の私はといえば、その原因が自分の態度にあったことに少しも気づかずにいたのですから、ひどくとんちんかんな存在でありました。
 教育実習でも周囲から浮き上がり、どうにもやりきれないものでした。私の成績はひどいものであったようです。学校教員としては不適格だと先生方の目には映ったのかもしれません。
 教員養成大学での生活を通じて感じ続けた違和感、そこから私の学校教育への本当の関心は始まったような気がします。
 学校現場に出てからも、「態度がでかい」「先生らしくない」とも言われ、「教師の仕事が分かっていない」と面と向かって言われたことさえありました。
 そんな私が失敗をしながらも、そこそこに勤めを続けられたのは、いい先輩や同僚に恵まれたことからです。子どもたちとの素晴らしい出会いもありました。全部の子どもが私にとって先生でした。
 職員室にはいつも居心地の悪さを感じながら、教室だけは大好きだったし、授業が私を成長させてくれました。
 書物による勉強や、研修の講話は、あまり私の役には立ちませんでした。子どもたちや同僚とのつき合い、授業研究会での厳しい先輩の指摘や対話の中にこそ学ぶものはたくさんありました。
 この本に書いたことはそうした勉強の成果です。教育論とはつまるところ教師論であると教えられ、教育現場の生活でそのことの正しさをいつも身にしみて感じさせられてきました。先生の振る舞いや技術についてくどいくらい書いたのもそのせいです。
 さて、「第三の教育改革」と言われる事態が進行中です。
 世論の大方とはまったく逆に、私は未来が楽しみで仕方ありません。頼もしい子どもたちが育っていくことと期待をしています。
 久しぶりに小学校の現場に戻りました。「子どもたちの本質は少しも変わっていなかった」、そう確信を持たせてくれた川崎市立京町小学校の子どもたちに心から感謝しています。
 こうした機会を与えてくれた川崎市教育委員会、京町小学校長齋藤勝先生、同小学校の教職員の皆さんにもお礼を申し上げます。


●荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部教育学科卒業。横浜国立大学大学院修士課程(学校教育学専修)修了。横浜市の小学校で教鞭をとるかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、横浜市小学校理科研究会役員、横浜市研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。現在、民間教育推進機構常任理事、生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)。1999年4月から臨時任用教諭として川崎市立京町小学校でT・T(チーム・ティーチング)担当として勤務している。ベネッセ教育研究所CRN(チャイルド・リサーチ・ネットワーク)においても学校教育に関する諸問題について意見を発信中。著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』(出窓社)、『「現代(いま)」がわかる―学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』(並木書房)がある。