立ち読み   戻る


はじめに

 2022年2月24日、ロシアによる一方的なウクライナ侵攻が始まりました。2023年9月時点でも激しい戦闘が続いており、停戦の兆しはまったく見えません。
  週刊プレイボーイ(週プレ)軍事班は、ウクライナ戦争関連の記事を本誌およびウェブニュースで発表し続け、その数は60本以上に及びます。最初の記事は、開戦前の2022年1月31日、「NATO東進に対抗、プーチンを動かす猜疑心の地政学=vとして、侵攻のシナリオを独自に分析しました。
  以後、軍事的視点から戦況に大きな影響を与える出来事をピックアップし、軍事専門家に取材しながら記事を発表し、いまも継続しています。
  2023年6月に始まったウクライナ軍の反転攻勢の行方を注視していましたが、「攻者三倍の法則」の通り、何重にも及ぶ防衛線を築いたロシア軍陣地を一部突破したにすぎません。
  事実、ゼレンスキー大統領はビデオ演説で「大規模な反転攻勢が困難に直面している」ことを認めています(2023年8月3日)。
  その最大の理由は航空優勢が確保できないことにあります。ゼレンスキー大統領が供与を待ち望んでいるF‐16戦闘機はようやくパイロットの訓練が始まったばかりで、実際に導入されるのは2024年以降といわれています。
  こうした戦況からもウクライナ戦争は簡単には終わらず長期化することが明らかになりました。そこで、これまでのウクライナ戦争の流れを振り返るために、記事の中から43本を厳選し、まとめたのが本書です。
 
  ここで筆者の記事作りを紹介します。新聞各紙の記事はもちろん、テレビニュースや報道番組は欠かさず観ます。番組の選び方は、正確な軍事の視点と見識を持った解説者が出演しているかどうかです。それ以外の時間は、ユーチューブに投稿された現地の動画を見続けます。関連するSNSの投稿もチェックし、企画の参考にします。
  週プレ編集部に企画が通れば、次は軍事専門家のキャスティングです。
  陸上戦であれば、陸上自衛隊で第40普通科連隊長、中央即応集団司令部幕僚長などを歴任された二見龍氏(元陸将補)の出番です。二見氏は、小隊長時代、北海道で対ソ連戦車部隊を迎撃する訓練に明け暮れ、中隊長時代はロシア軍との戦いに備えていました。大国ロシアと戦っているウクライナ兵の気持ちを理解されており、さらに旅団規模の部隊の動かし方について、二見元陸将補のコメントは大変貴重です。
  航空戦ならば、航空自衛隊で松島基地司令や第302飛行隊長などを務めた杉山政樹(元空将補)に解説をお願いします。杉山元司令はF‐4戦闘機のパイロットです。
  海戦であれば、海上自衛隊で潜水艦はやしお艦長、第二潜水隊司令などを務め、現在金沢工業大学虎の門大学院教授の伊藤俊幸氏(元海将)に登場していただきます。
  筆者自身も東海大学工学部航空宇宙学科卒で、全くの素人ではありませんし、並木書房から空自戦闘機をテーマにした『翼シリーズ』を計4点出版しています。さらに世界中で軍隊を取材し寄稿しているカメラマンの柿谷哲也氏にもコメントを求めます。
  米軍兵器に関しては、元米陸軍情報将校で、第82空挺師団に所属、アフガニスタンでの実戦経験をもつ飯柴智亮氏(元米陸軍大尉)が適任です。
  米海軍や米海兵隊が関わって来ると米国在住の米海軍アドバイザーである北村淳氏に登場を願います。
  歩兵の凄まじい近接戦闘ならば、アフガニスタンでムジャヒディンとともにソ連軍と戦い、ボスニア紛争ではクロアチア傭兵部隊、カレン民族解放軍では義勇兵として戦った経験のある高部正樹氏が質問に答えてくれます。
  ヨーロッパの歩兵に関しては、フランス外人部隊第2落下傘連隊でアフガニスタンで実戦を経験された野田力氏(元伍長)がいます。
  いずれも軍事のプロばかりです。週プレ軍事班として、これまで長く記事を書いていた経験がベースにありますが、それにしても、よくこれだけのメンバーを集めたと我ながら感心しています。
  なお陸戦兵器については筆者自身、百種類以上の拳銃、ライフル、短機関銃など小火器を撃った経験があり、小火器の射撃技術と知識は備えています。その成果は『拳銃王 全47モデル射撃マニュアル』(小学館)として書籍になりました。
  国際関係については、国際政治アナリストの菅原出氏に話を聞くとともに、外務省勤務経験のある杉山政樹氏、ワシントン日本大使館勤務経験のある伊藤俊幸氏からもコメントをいただきます。
  記事の良し悪しは、質問作りがすべてです。敵全滅から自軍玉砕まであらゆるケースを想定して軍事の専門家に質問を投げかけます。そして軍事のプロたちは、熟考し、素晴らしいコメントを返してくれます。
  それらの回答をもとに、一つのストーリー、流行りの言葉でいえば「ナラティブ」を見いだし、わかりやすい記事に仕上げます。筆者は、日本映画監督協会にも所属しており、陸海空の専門家のコメントを一つの映画を作るように統合していきます。
  記事の仕上げには、柿谷カメラマンが必要な写真を揃えてくれます。長年、世界中の陸海空軍兵器と兵士を取材・撮影している柿谷さんは膨大な量の写真素材を保有しています。撮影していない写真があれば、プロパガンダ写真に注意しながらウクライナ、ロシアの公式写真から選別して提供してくれます。なお、表紙で使った写真はどちらも柿谷さんが撮影したものです。スホーイSu27を操縦しているオレクサンドル・オクサンチェンコ大佐は、撮影後の2018年に退役しましたが、ロシアのウクライナ侵攻にともない現役復帰し、2022年2月25日夜にキーウ上空でロシア軍のS‐400地対空ミサイルで撃墜されたウクライナ空軍の英雄です。
  以上が週プレ軍事班の記事の作り方です。この最高のメンバーによる成果を書籍として残すことができるのは筆者として望外の喜びです。

目 次

はじめに 1

ウクライナ戦争関連年譜 13
ウクライナ戦争関連地図 20
コメンテーター略歴 22

[2022年1月31日配信]
NATO東進に対抗、プーチンを動かす猜疑心の地政学25
[2022年3月9日配信]
ウクライナへのミグ29戦闘機供与をめぐる駆け引き 33
[2022年3月17日配信]
ロシアが生物・化学兵器に言及。ウクライナに危機が迫る? 38
[2022年3月25日配信]
ロシア軍の「損耗率」から読み解く戦争の行方 44
[2022年3月28日配信]
異国で戦う「義勇兵」のリアル 50
[2022年3月30日配信]
元カナダ軍の伝説のスナイパー℃Q戦 58
[2022年4月10日配信]
ポーランドのウクライナへの戦車供与 67
[2022年4月17日配信]
ウクライナへの地対艦ミサイル車供与は戦局を大きく変えるか? 73
[2022年4月20日配信]
スロバキアがウクライナにミグ29供与を検討 79
[2022年4月23日配信]
ロシア巡洋艦「モスクワ」はなぜ2発のミサイルで沈没したのか? 86
[2022年4月25日配信]
ウクライナ軍「ドローン戦術」の意外な強さの秘密 92
[2022年4月29日配信]
ウクライナとロシアの戦いで「戦場の無人化」が進む 103
[2022年5月19日配信]
ウクライナ戦争でアメリカが得る「実戦データ」という利益 109
[2022年6月2日配信]
ロシア軍の黒海封鎖を破り、世界を食糧難から救えるか? 115
[2022年6月10日配信]
ウクライナが求める多連装ロケットシステム(MLRS)の威力 121
[2022年6月13日配信]
ウクライナ軍の新たな「ドローン戦術」127
[2022年7月29日配信]
ウクライナ軍無人機に対抗、ロシア軍を支える意外な挑戦者 137
[2022年8月3日配信]
親ロシア派支配地に送られる「北朝鮮労働者」の狙い 142
[2022年8月5日配信]
孤立したロシア軍を狙い撃つウクライナ軍の「ハイマース戦略」147
[2022年8月16日配信]
ザポリージャ原発奪還作戦 152
[2022年8月30日配信]
ロシアが描く「核戦略」の恐るべきシナリオ 156
[2022年9月9日配信]
空対地ミサイル「HARM」はウクライナ軍反撃の切り札≠ニなるか? 161
[2022年9月26日配信]
ウクライナ軍のハルキウ反攻はなぜ成功したのか? 166
[2022年9月27日配信]
ウクライナ軍が仕掛ける「航空総攻撃」シミュレーション 176
[2022年10月7日配信]
パイプライン「ノルドストリーム」破壊で高まるロシア核使用の危機 182
[2022年10月12日配信]
数日の訓練で受刑者を最前線に送り込むロシア軍の兵力動員事情 187
[2022年10月19日配信]
クリミア大橋爆破とロシア核兵器使用の「レッドライン」192
[2022年11月25日配信]
USV(自爆型無人水上艇)がもたらす海戦パラダイムシフト198
[2023年1月5日配信]
ロシア軍のキーウ再侵攻と、ウクライナ軍の「次の大反攻」のシナリオ 204
[2023年1月6日配信]
中国の働きかけでミグ29戦闘機の供与が中止された 209
[2023年1月13日配信]
米独仏が供与する「歩兵戦闘車」とウクライナ軍の領土奪回作戦 214
[2023年1月27日配信]
英独に続きアメリカも戦車提供か?ウクライナ軍機甲部隊の反攻・突破作戦 221
[2023年2月9日配信]
劣勢のウクライナがF‐16戦闘機を欲しがる理由 228
[2023年2月15日配信]
射程距離150キロの「ハイマース」はウクライナ軍巻き返しの切り札となるか? 234
[2023年2月26日配信]
ウクライナにNATO戦闘機供与実現の可能性 239
[2023年3月20日配信]
ワグネル傭兵部隊による決死の突撃。「バフムト攻防戦」を読み解く 246
[2023年3月24日配信]
岸田首相のウクライナ電撃訪問≠フ情報が漏洩か? 日本の危機管理態勢の問題点 251
[2023年4月4日配信]
一進一退の激戦が続く「バフムト攻防戦」256
[2023年4月24日配信]
ウクライナへの後方支援体制≠フ完成。いよいよ「ロシア軍壊滅作戦」が始動か? 261
[2023年4月26日配信]
ウクライナ軍の総反撃が始まる!?「クリミア奪還作戦」のシナリオとは 267
[2023年5月17日配信]
ウクライナの「バフムト奪還作戦」始まる。ついに大反攻が現実になった! 273
[2023年6月20日配信]
ついに始まった「ウクライナ大反攻」そのゴールはどこだ? 278
[2023年7月28日配信]
ウクライナへの供与兵器のベストパフォーマンスを検証する 288

おわりに 301
資料 ウクライナに装甲戦闘車両・火砲・ミサイル・ロケット弾・航空機を提供した国々 315

小峯隆生(こみね・たかお)
1959年神戸市生まれ。2001年9月から週刊「プレイボーイ」の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊(近刊)』(並木書房)ほか多数。