はじめに(二見 龍)
射撃に人並み外れた熱意を注いだ陸上自衛隊の元狙撃教官、松岡勝樹氏は、私が第40普通科連隊長として在職中(2003〜2006年)、連隊が小倉駐屯地(曽根訓練場)で実施していた市街地戦闘訓練などの研修に積極的に参加していました。
松岡氏に最初に会って感じたのは、火の玉のような情熱を持ち、目的を達成するまで突き進むタイプであるということでした。
松岡氏と交わした会話の多くは射撃に関することばかりでした。小銃の弾道特性について熱く語る彼の姿を見ていると、間違いなく陸上自衛隊で重要な役割を果たす人物だと感じました。彼は射撃技術の向上に関することであれば、どこへでも足を運び、どん欲に知識を吸収しようとする高い志を持っています。そして、会うたびに成長している頼もしい男でした。
その抜群の行動力と周囲の人間を感化する松岡氏は、指導者としての適性も備えていました。
問題は自衛隊にこのような人材を受け入れる懐の深さがあるかどうかでした。その影響力が大きいぶん、わずかなボタンのかけ違いで「組織に合わない人物」と周囲から評価されるおそれもあったからです。
しかし、そのような心配は無用でした。チャレンジ精神に溢れた松岡氏には、その転機に必ず運命の女神が現れ、最高のチャンスを彼に与えるのです。そこから新しい展開が始まり、確実に力をつけ、彼の狙撃の道≠切り開いていったのです。
陸上自衛隊が初めて狙撃の教育・訓練を始めることになり、その準備に携わった時、さすがに松岡氏もどこから手をつけていいのか途方に暮れたといいます。
無理もありません、それに先立つ2002年に対人狙撃銃が導入された当時の陸上自衛隊は、狙撃銃の手入れの仕方すらも正しく把握できていない状況でした。どこで必要とする知識や射撃術を学べばいいのか、皆目見当がつかない状態だったからです。
この時、松岡氏に最初のチャンスが訪れました。当時、松岡氏が所属していた富士学校普通科部の上司に認められ、彼の能力を発揮させる場が与えられ、これがのちに現在の狙撃課程の創設につながっていくのです。
私が予想したとおり、その後、松岡氏は実戦的なスナイパーを育成する教官として、陸上自衛隊の戦闘力を大きく向上させていきました。
M16小銃にスコープを装着した狙撃銃から必殺の一撃を放つスナイパーを主人公にした劇画があります。狙撃する一瞬のチャンスを作るため、入念に段取りをしながらターゲットを追い詰めていくストーリーは緊迫感溢れるものです。
実際のスナイパーの行動は狙撃だけではありません。存在を秘匿して敵中深く潜入し、偵察・監視や情報収集などもします。劇画では狙撃でターゲットを倒したところで終わりとなりますが、実戦では射撃した時点でスナイパーの存在が露見してしまうため、敵に追撃されながら離脱しなければなりません。こちらのほうがもっと困難な行動といえるでしょう。
スナイパーチームは少人数で行動するため、メンバーの結束はもちろん、任務完遂への強い使命感が必要です。
スナイパーは射撃の技術はもちろん、敵味方の配置、地形や天候など戦場全体を俯瞰しつつ、冷静に行動できることが求められます。さまざまな局面で柔軟に対応できる能力も重要です。
初めて松岡氏と出会ってから15年以上の月日が流れました。いつか松岡氏の経験や知見、追究してきたことなどを聞いてみたいと願っていましたが、松岡氏が2021年に自衛隊を退官したことで、ようやくその機会を作ることができました。
現代のスナイパーとはどういうものか、その役割、適性や能力とは何か……等々、陸上自衛隊で狙撃の第一人者であった松岡氏からご教示いただきました。
また、理想的なスナイパー銃については、運用上と弾薬の観点から考察し、ボルトアクションが適しているのか、セミオートマチックが適しているのか、弾薬の大型化と小型化について、2人の見解が異なったため、両論併記としました。兵器・装備の世界ではどちらが正解なのか判断に迷うことがしばしばあり、状況に応じて対応できる柔軟性が求められます。読者の皆様も一緒に考えていただければと思います。
本書をお読みいただければわかるように松岡氏は、私の問いかけに単刀直入に答えています。美辞麗句を用いることなく、本質的な話をとことん追求する姿勢も私が彼を好きな理由の一つです。実際、対談では挨拶もそこそこに狙撃課程ができる経緯から話が始まりました。
目 次
はじめに(二見 龍)1
第1章「狙撃・スナイパー」との出会い 13
「誰が狙撃銃の教育を担当するのか?」13
FBIスナイパーアカデミーの射撃術を学ぶ 18
偶然の出会いから道が開ける 26
「対人狙撃銃集合教育」の開始 28
中央即応連隊への異動 32
米海兵隊「アーバン・スナイパーコース」へ 35
中央即応連隊で狙撃教育を開始する 40
「狙撃課程」創設、再び富士学校へ 45
第2章 狙撃手になるには? 58
狙撃教育の内容と狙撃手候補者の資格 58
スナイパーの資質と適性 63
海上自衛隊哨戒機クルーのチームワークに学ぶ 66
視力とメガネの着用 70
チャレンジする者を正しく評価する 75
第3章 スナイパーの任務と行動 91
スナイパーの主任務は「情報収集」91
敵に発見されたら離脱を優先する 93
狙撃以上に有効な火力誘導 96
観測手(スポッター)の役割 98
第4章 スナイパーの能力を高める 109
スナイパーとスカウトの共通点 109
アメリカ先住民の髪が長い理由 111
スナイパーのサバイバル技術 114
ストーキング技術 116
狙撃と日本人の潜在的特性 119
対スナイパーの行動 122
生き残る訓練 124
第5章 スナイパーの育成 135
島嶼戦で日本兵はスナイパーとして戦った 135
狙撃手の養成 138
失敗した者を褒める 142
教育訓練のレベルは落とせない 145
効果的な教育・訓練を実現するには 149
第6章 スナイパーライフルと装備品・装具 162
スナイパーの装備 162
装備品の品質 166
狙撃銃とサプレッサーはセットで配備する 170
耳栓は高性能なものを 174
第7章 実戦で本当に使える銃とは 188
銃のメンテナンスもできていなかった自衛隊 188
イラク派遣で増えた実弾射撃訓練 191
海水に浸かっても確実に作動する銃 194
第8章 スナイパーの運用が作戦の可能性を広げる 213
スナイパーの役割を積極的に伝えていく 213
重要施設警備・防護にも適しているスナイパーの能力 215
「この兵士ならいっしょに戦える」218
第9章 さらなる狙撃の道≠究める 230
退職後も特技を活かせる制度づくり 230
組織を改革する「1パーセント、5パーセント理論」235
実戦で戦い抜く力をつける 238
日本船舶にスナイパーチームを 241
[解説1]情報活動とスナイパー 52
スナイパーの任務/情報小隊とスナイパーの連携/斥候やスナイパーに求められる能力
[解説2]スナイパーの適性とマインド 79
兵士の「道徳心」/スナイパー特有の心理状態/任務への集中と心の安定/任務必達の
マインド/射撃技能と「射撃のセンス」
[解説3]情報活動とスナイパー 103
情報活動のプロセス/スナイパーの情報活動
[解説4]スナイパーの実戦 126
狙撃のテクニック/観測手の役割と任務/市街地とフィールドにおける戦闘のちがい/
スナイパーチームの運用
[解説5]スナイパー教育 153
教育・訓練レベルの向上/米軍の狙撃課程(松岡勝樹)/より専門性の高い知識と技能
(松岡勝樹)/IR、サーマルの活用とその対策
[解説6]スナイパーライフル 177
狙撃銃と狙撃手の出現/陸上自衛隊の狙撃銃/スナイパーとマークスマン/射程距離延
長の趨勢
[解説7]スナイパーライフルに求める性能 196
理想的なスナイパーライフルとは?/米軍はなぜボルトアクションの狙撃銃を採用する
のか?(松岡勝樹)/スナイパーライフルに適した弾薬/M118LR弾薬について
(松岡勝樹)/サプレッサーとスコープ/「故障排除」への対応は十分か
[解説8]陸上自衛隊が強化すべき訓練 222
本物の訓練を追求するには/戦術教育への理解と普及/幹部と陸曹の意識統一
[解説9]戦力強化のための施策 245
これからの戦争へ対応できる実力の創出/再任用自衛官の活用
おわりに 252
二見 龍(ふたみ・りゅう)
1957年東京都生まれ。1981年防衛大学校卒業(25期)、陸上自衛隊入隊。第8師団司令部第3部長、第40普通科連隊長、中央即応集団司令部幕僚長、東部方面混成団長などを歴任。2013年退官(陸将補)。現在、株式会社カナデン勤務。また防災士として自治体、一般企業などで危機管理のアドバイザーを務める。著書に『自衛隊最強の部隊へ』シリーズ(誠文堂新光社)、『自衛隊は市街戦を戦えるか』(新潮社)、『弾丸が変える現代の戦い方−進化する世界の歩兵装備と自衛隊個人装備の現在』(誠文堂新光社)、『特殊部隊vs.精鋭部隊−最強を目指せ』(並木書房)、『自衛隊式セルフコントロール−絶体絶命の場面でも「最善手」を打てる極意』(講談社)など。毎月Kindle版(電子書籍)を発刊中。戦闘における強さの追求、生き残り、任務達成の方法などをライフワークとして執筆中。
Blog:http://futamiryu.com/
Twitter:@futamihiro
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松岡勝樹(まつおか・まさき)
1966年三重県生まれ。1984年陸上自衛隊入隊。第35普通科連隊に勤務しながら、名城大学理工学部二部に通学(1987年中退)。1988年3等陸曹、富士学校普通科部火器班・軽火器助教。中央即応連隊、普通科教導連隊、富士学校普通科部訓練班などに勤務。約15年にわたり狙撃の教育・訓練を担任。2021年退官(3等陸尉)。現在、商社勤務。栃木県在住。
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