監訳者のことば(一部)
1年の半分以上をヨーロッパに滞在し、調査や研究をしている私にとって、ヨーロッパの特殊部隊はなじみ深いものだ。ドイツの連邦国境警備隊の特殊部隊GSG9やノードラインベストファーレン州警察のSEK(ゾンダーアインザッツコマンド:特殊作戦コマンド)は、いずれも複数回取材している。
本書監訳にあたって、かつてGSG9を訪問したときのことを思い出した。
当時、GSG9の部隊長を務めていたのは本書でも紹介されているウーリッヒ・ウェグナー氏で、取材に自ら丁寧に対応してくれた。
対テロ任務という部隊の性格上、明らかにできないものもあっただろうが、私の質問に対し、誠実に答えてくれたのが印象的だった。そのときの談話の中でとくに記憶に残ったものがある。
それはGSG9隊員の選抜要件に関することで、体力・運動能力、戦闘・射撃技能、適性などについて答えが返ってくると予想しての質問だったが、意外なことにウェグナー氏がいちばんはじめに挙げたのは、志願者の性格、とりわけ沈着さと辛抱強さを重要視するとのことだった。
本書にもあるとおり、隊員は国境警備隊や警察で数年の勤務経験がある者の中から選抜される。したがって、ある一定レベルの体力的、技術的な能力や適性はすでに備えているはずだ。ウェグナー氏の挙げた性格上の要件は訓練で獲得されるというより、持って生まれた資質や長い成長過程をとおして涵養されるものであろう。
さらにウェグナー氏は、選考の際に同レベルの志願者2人のうち、どちらかを選ぶとき、1人が独身者で、もう1人が既婚者だとしたら、後者を採用すると付け加えた。家庭を持つ者のほうが、判断や行動において、冷静でしかも慎重な場合が多いからだとその理由を説明してくれた。
実は、このような性格こそ特殊部隊の任務に最も重要なのである。
対テロ作戦にしろボディガード任務にしろ、実力行使が開始されると数分、長くても10分以内に敵を制圧・無力化する必要がある、さもなければ人質や警護対象者に危害が加えられたり、事態が思わぬ方向に悪化してしまうからだ。実力行使は現場の指揮官や隊員が勝手に判断、実行できるものではない。
事態解決のためのあらゆる手段が試みられ、最終的には国家指導者や政府レベルの高度な政治判断によって実力行使の許可が出される。それまでの間、現場に展開した部隊は、すぐに行動開始できる態勢で警戒を解くことなく、注意深く、そして辛抱強く待ち続けなくてはならない。だから、ウェグナー氏は前述した隊員の資質を最重視していたのだ。(中略)
テロ対策にはアンチ・テロリズム(テロの抑止・防止)、カウンター・テロリズム(対テロ攻撃・鎮圧)の2つの側面があるが、警察・法執行機関の特殊部隊の任務と役割は、カウンター・テロリズムの実行主体、すなわち、いま現場で起きている危機への対処である点に大きな特色がある。
テロリズムと戦争の境界が曖昧になり、絶えずテロの脅威にさらされている現代の世界で、日本もこの当事者になっている。本書はテロとの戦いでは軍事行動とは異なる対応、対処が必要なことを理解する一助になるであろう。床井雅美
目 次
はじめに 1
略語解説 7
第1章 ミュンヘン襲撃事件の教訓 10
ミュンヘン五輪を襲った「黒い9月」/失敗に終わった対テロ作戦/対テロ部隊の創設が始まる/1970〜80年代のテロ事件
第2章 新たなテロの脅威 22
ソフトターゲットへのテロ攻撃/死を恐れないテロリスト/テロの国際化
第3章 対テロ戦術と装備 36
介入作戦の手順/多様な任務をこなす警察犬/対テロ部隊の特殊車両/突入するための特殊機材/攻撃の手順と人質確保/突入後6秒以内に制圧!
第4章 ヨーロッパの対テロ部隊 66
アイルランドの対テロ部隊/イギリスの対テロ部隊/イタリアの対テロ部隊/オーストリアの対テロ部隊/オランダの対テロ部隊/ギリシャの対テロ部隊/スイスの対テロ部隊/スペインの対テロ部隊/スロバキアの対テロ部隊/セルビアの対テロ部隊/チェコ共和国の対テロ部隊/デンマークの対テロ部隊/ドイツの対テロ部隊/ノルウェーの対テロ部隊/ハンガリーの対テロ部隊/フィンランドの対テロ部隊/フランスの対テロ部隊/ベルギーの対テロ部隊/ポーランドの対テロ部隊/ボスニア・ヘルツェゴビナの対テロ部隊/ポルトガルの対テロ部隊/リトアニアの対テロ部隊/ルーマニアの対テロ部隊 ロシアの対テロ部隊
第5章 アトラス・ネットワーク 146
34の対テロ部隊が「アトラス」に参加/定期的に開催される合同訓練
第6章 最新の対テロ武器 154
対テロ用の装備開発/人気のグロッグ・ピストル/MP5サブマシンガンとカービン/アサルト・ライフル&バトル・ライフル/スナイパー・ライフル/その他の武器
[部隊イラスト]
1980年代のドイツGSG9 20
1980年のイギリス第22SAS「パゴタ」チーム 20
1980年代後半のイタリアNOCS 20
1990年代後半のオーストリアGEK/EKOコブラ 33
2001年のスペインGEO 33
1994年のフランスGIGN 34
イギリス22SAS「パゴタ」チーム 74
フランスGIGN 76
ロンドン警視庁SCO19のCTSFO隊 76
ドイツGSG9第2中隊ダイバー 110
ベルギーDSU 110
オランダUIM(BBE)112
[コラム]
介入チームの訓練 65
[対テロ強襲作戦]
RAID強襲部隊(2015年11月18日)46
オランダBBEによる列車強襲作戦(1977年6月11日)86
マリニャーヌ空港でのGIGNによる航空機強襲作戦(1994年12月26日)130
対テロ部隊が使用する特殊装備 164
主な参考文献 193
監訳者のことば 195
リー・ネヴィル(Leigh Neville)
アフガニスタンとイラクで活躍した一般部隊と特殊部隊ならびにこれら部隊が使用した武器や車両に関する数多くの書籍を執筆しているオーストラリア人の軍事ジャーナリスト。オスプレイ社からはすでに6冊の本が出版されており、さらに数冊が刊行の予定。戦闘ゲームの開発とテレビ・ドキュメンタリーの制作において数社のコンサルタントを務めている。www.leighneville.com
床井雅美(とこい・まさみ)
東京生まれ。デュッセルドルフ(ドイツ)と東京に事務所を持ち、軍用兵器の取材を長年つづける。とくに陸戦兵器の研究には定評があり、世界的権威として知られる。主な著書に『世界の小火器』(ゴマ書房)、ピクトリアルIDシリーズ『最新ピストル図鑑』『ベレッタ・ストーリー』『最新マシンガン図鑑』(徳間文庫)、『メカブックス・現代ピストル』『メカブックス・ピストル弾薬事典』『最新軍用銃事典』(並木書房)など多数。
茂木作太郎(もぎ・さくたろう)
1970年東京都生まれ、千葉県育ち。17歳で渡米し、サウスカロライナ州立シタデル大学を卒業。海上自衛隊、スターバックスコーヒー、アップルコンピュータ勤務などを経て翻訳者。訳書に『F-14トップガンデイズ』『スペツナズ』『米陸軍レンジャー』『SAS特殊部隊(近刊)』(並木書房)がある。 |