はじめに(一部)
これは、三菱重工が主契約者となり開発した、防衛省(当時防衛庁)の支援戦闘機F‐2(当時FS‐X)の技術関係の開発物語です。
私たちはもともとFS‐Xは独自国内開発するのが当然だと考えていました。一方、米国にとって日本は米国の軍用機の重要な市場だったので、この市場を確保するとともに、同じ戦闘機を保有して、万一の場合に日米共同運用する可能性を維持したいと考えていたものと思われます。
しかし、日本の支援戦闘機の任務は、F‐15などの要撃戦闘機を支援するのが目的ではなく、敵艦艇が日本に侵攻するのを阻止する海上自衛隊や、侵攻部隊が着上陸するのを阻止する陸上自衛隊を航空戦力で支援するのが目的であって、F‐15などの要撃戦闘機とは運用目的が異なります。
したがって、FS‐Xとして米国の既存機をそのまま運用するのは日本の要求に合致しないという日本の主張に対し、米国は、米国の既存機を日本の複合材構造や新型レーダー、新型ミサイルなどの新技術で能力向上を図った戦闘機を、日米共同で改造開発して、航空自衛隊が運用することを提案してきました。
この案が日米両政府の合意するところとなり、日本側が取りまとめ役となって日米共同でF‐16を改造開発する案が実現したのです。
なぜ独自国内開発するのが当然かといいますと、戦闘機の技術資料、試験結果は、どこの国でもすべて「秘扱い」とするので、不具合対策を実施する時も能力向上のため改良をする時も、それら資料やデータがないと何もできず、秘資料やデータを保有している外国のメーカーに提供を依頼すると長い時間と高い経費がかかるからです。
FS‐Xでは防衛庁の部隊使用承認を取得する時、残った課題を、その後数年にわたって技術的追認で確認し、たとえば高度・速度の飛行可能領域を拡大することができました。これと同様に、今後の性能向上、能力向上も必要な時に、合理的な経費で実現できます。
(中略)
この本を執筆する私の動機は三つあります。
一つ目は、米空軍が現在運用中の第一線戦闘機(F‐15、F‐16など)のレベルで、日本の運用要求を満たし得る戦闘機を日本が主導的に米国と共同で開発することに成功したこと。これによって今後、FS‐Xの能力向上と、さらなる改造の能力を習得したことを皆様に承知していただきたいことです。
同時に、日本で戦闘機を製造していることも知らない皆様に、作るだけなら五〇年も前からライセンス生産をしており、日本で開発した超音速戦闘機F‐1も一九七五年から量産していることを、認識していただけると期待しています。
二つ目は、開発中の強度試験で主翼にひび割れが発生したとか、飛行中なら墜落の恐れがあるとか、何回か報道されました。それが、その後どうなったのか、FS‐X関係者でもご存知ない方が大勢いること。そして試験で判明した要改善事項は試作機だけでなく、量産機も一号機から全機に適用して問題なく部隊運用が開始されたことは、あまり大きくない記事が、一度出ただけで、知らない方が多いと思います。
FS‐Xは開発に成功したと認識されていないと、FS‐Xだけでなく、自衛隊機の将来のためにも好ましくないので、読者の皆様に実情をご理解いただきたいと思います。
三つ目は、米国の評価は、後述のランド社のマーク・ローレルの報告でも、ドキュメンタリー作家ジェフ・シアーの著書でも、結論は「FS‐Xの開発は(日本にとって)成功」と書かれていますが、それがほとんど知られていません。これは日本の関係者にはぜひ紹介しておきたいと思いました。
ただし、FS‐XはF‐16の改造機ですから、たとえばFS‐Xの性能値を公表するとF‐16の性能値を推定しやすくすることになり、F‐16を保有している世界中の各国の安全を脅かすことになります。したがって、防衛秘密にかかわるようなことは、公表されている範囲で書くことにしました。
また、試作機の試験というのは、防衛庁が実施する技術実用試験のことで、自衛隊機が飛行したことのない高度、速度の条件で飛行したり、実施したことのない旋回運動など、飛行試験データを見るまではどんな荷重がかかるかなど、未知の領域で予見できないことが発生することがあります。
したがって、試験中に判明する要改善事項は、この試験中に積極的に出して、運用に入る前に改善しておく必要があります。このような試験中に判明した要改善事項は防衛庁が公表した範囲で紹介します。皆様にご理解いただければ幸いです。
(中略)
私は昭和三七(一九六二)年に三菱重工に入社後、MU‐2、T‐2/F‐1の開発、次いで将来航空機の技術的可能性をさぐるCCV研究機の開発、そしてFS‐X国内開発案の提案などを担当し、FS‐X設計チーム発足からはチーム・リーダー、その後プロジェクト・マネジャーを務めました。
定年退職後、平成一四(二〇〇二)年まで、設計チームの顧問でしたが、これからは忘れる一方になります。この本は私がいまだ覚えていることを、巻末の参考文献など手元にある書籍、新聞記事などを参考にして執筆しました。
この本を、読者の皆様が航空機開発史を顧みるよすがにしていただければ幸いに存じます。
目 次
はじめに(神田國一)9
第1章 FS‐Xの初飛行 25
延期された初飛行 25
FS‐X試作初号機の初飛行 28
GD社が欲しかった日本固有の新技術 32
第2章 超音速技術習得の出発点 36
F‐86のライセンス生産でスタート 36
超音速機XT‐2の国内開発 40
ジェット戦闘機F‐1の開発(FS‐T2改)48
次世代機に欠かせない新技術の開発 51
将来航空機技術の大物研究 55
第3章 FS‐Xの開発計画 64
米国からの圧力 64
FS‐X設計準備チーム 72
日米政府間協議 77
FS‐X日米共同開発に着手 80
第4章 FS‐Xの基本設計 84
設計チームの発足 84
官側TSCと民側ECM 93
設計チームの公用語は英語 94
三菱流の技術資料の書き方 96
チーム・リーダーとしての役割 97
準拠スペック 98
開発作業の流れ 104
FS‐Xの任務 107
F‐16の特徴 108
F‐16からの主要改造 111
さまざまな壁を乗り越えて 131
第5章 現実化した「平成のゼロ戦」138
モックアップ公開と松宮開発官の直言 138
米国関係者のモックアップ見学 144
第6章 米国に技術移転された複合材 146
複合材一体成形主翼の試作 146
GDからロッキード・マーチン(LM)へ 147
軌道に乗ったGDの主翼製造 148
飛行制御システム試験 150
アビオニクス・システム統合試験 152
専門技術を持つ米国装備品メーカーの存在 153
第7章 ロールアウト 155
FS‐X初号機組み立て完了 155
ロールアウトの報道 159
高性能機は美しい 161
第8章 社内飛行試験 163
全機地上機能試験 163
地上滑走試験 164
初飛行に移行する条件 166
社内飛行試験 168
試作機納入 171
第9章 技術実用試験へ 175
計一二〇〇回の飛行試験 175
初期の技術試験で判明した要改善事項 178
全機静強度試験で判明した主翼の要改善事項 181
垂直・水平尾翼等舵面の要改善事項 186
量産機への改善事項の反映 190
量産初号機納入式 193
第10章 米国の評価 194
日本への技術移転の厳しい制限 194
米国会計検査院(GAO)の報告書 196
「独自開発に近い大規模改造」200
開発成功について 207
世界レベルの戦闘機の開発技術力 212
日本に航空機開発技術を与えたのは誰だ 215
ジェフ・シアーの結論 217
第11章 絶やしてはならない技術の継承 220
技術の進歩に応じた開発が必要 220
技術者の思いがFS‐Xを作り上げた 222
「技術者の情熱が名機を作る」224
開発技術力継承のための三つの要諦 226
おわりに(神田國一)238
堀越二郎氏の教え 238
松宮元開発官の「開発の教訓」241
開発に成功した要因と今後の課題 243
主要参考文献 247
解題「平成のゼロ戦」を作り上げた技術者たちの情熱と矜持(景山正美)250
本書刊行の経緯 250
神田氏の人柄とリーダーシップ 252
チーム・リーダーの心構え 255
技術継承─平成のゼロ戦と堀越二郎257
神田國一(かんだ・くにいち)
1938年生まれ、群馬県出身。1962年東京大学工学部航空学科卒業、同年新三菱重工(現・三菱重工)入社、名古屋航空機製作所に勤務。MU-2、XT-2/F-1、CCV研究機などの開発に従事。1990年FSET(F-2設計チーム)チーム・リーダー、1992年技師長・FS-Xプロジェクト・マネージャー、1997年三菱重工顧問。2013年歿、享年75。
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