監訳者のことば(一部)
本書の中でも十全に示されている通り、ガレオッティは戦前の軍事思想やスペイン内戦への関与、独ソ戦におけるパルチザン活動の経験などに遡って、ソ連において特殊部隊というものがどのように位置付けられ、発展してきたかを明らかにしている。
ここから浮かび上がるのは、スペツナズとはソ連独特の軍事力の運用形態なのであり、西側でいう特殊部隊とはイコールで結べないということである。ごく少数のエリート兵士から構成される西側の特殊部隊とは異なり、ソ連のスペツナズは徴兵から構成される軽歩兵部隊であって、この点は現在のロシアでも基本的に変化はない。たとえば現在のロシア軍には7個ほどのスペツナズ旅団が存在するが、そのすべてが西側の特殊部隊に匹敵する精鋭であるはずはないだろう。
だが、これをもってスペツナズが西側の特殊部隊に比べて練度で劣る云々といった批判が当たらないことは明らかである。スペツナズはスペツナズという軍事力の運用形態なのであり、それがどのような経緯で生まれ、戦ってきたのかを知らなければスペツナズを理解したことにはならない。
これはウクライナ危機以降におけるロシアの軍事思想を理解するうえでも当てはまる。2014年のクリミア併合やドンバスでの非公然介入は、世界に大きな衝撃を与えたが、その実相を正しく理解することはロシアの政治や軍事の専門家でも容易ではなかった。
ロシア政府はウクライナに軍事介入を行なっている事実自体を認めようとせず、正規軍以外にも民兵や愛国勢力、犯罪組織など多様な組織を動員したためである。ロシアが国有メディアを総動員して展開した情報戦も、事実関係を曖昧にした。
こうしたなかで一躍メディアから注目を浴びたのがガレオッティであった。ガレオッティはオーソドックスなロシア軍事の研究を行なうかたわら、ロシアにおける諜報や組織犯罪にも注目し続けてきた数少ない専門家であり、それゆえにロシアが軍事介入で用いた手法や紛争参加勢力について的確な解説を行なうことができた。
さらに、ウクライナ介入では2010年代になって設立された精鋭部隊、特殊作戦軍(SSO)が初陣を飾ったが、これがロシア軍の保有した初めての(西側的な意味における)「特殊部隊」であることを理解していたのは、ガレオッティをはじめとするごく少数の専門家だけであった。(小泉悠)
目 次
はじめに 1
神話化されたスペツナズ/スペツナズとは「特殊任務」/ロシア固有の特殊部隊
第1章 スペツナズの先駆者 11
スペツナズのルーツはロシア革命/スペイン内戦で得た教訓/トゥハチェフスキー将軍の新戦略
第2章 大祖国戦争(第2次世界大戦)20
パルチザン(ゲリラ兵)の支援/爆破工作大隊/ソ連海軍歩兵隊の創設
第3章 冷戦期のスペツナズ 28
「スペツナズの祖父」スタリノフ/大隊から旅団へ大きく発展/共産帝国の警察官「スペツナズ」/謎に包まれたスペツナズ
第4章 アフガン侵攻とスペツナズ 40
アフガン侵攻で先鋒を務める/ムスリム(イスラム教徒)大隊の創設/続くアフガン派兵/スペツナズの戦い/スティンガー・ミサイル狩り/スペツナズの精強さの秘密/アフガニスタンからの撤退/政府要人の警護と国内警備
第5章 ソ連崩壊後のスペツナズ 62
戦闘教義の変更、予算の削減/タジキスタン内戦への派遣/外国軍の情報収集疑惑/新たな戦い/第1次チェチェン紛争(1994〜96年)/第2次チェチェン紛争(1999〜2002年)/カディロフツィとザーパド・ヴォストーク大隊/新型歩兵戦闘装備の開発
第6章 現代のスペツナズ 83
2008年グルジアの戦い/特殊作戦司令部の新設/苦境に立つGRU(2010〜13年)/2014年の部隊編制/昇進の道が閉ざされるスペツナズ/2014年ウクライナ内戦/旧ソ連諸国のスペツナズ/スペツナズの将来
第7章 スペツナズの装備 120
小銃・狙撃銃・拳銃/機関銃・グレネードランチャー/ラートニク個人装備/近接戦闘の武器と格闘技/水中装備
用語解説 10
参考文献 134
監訳者のことば 135
マーク・ガレオッティ(Mark Galeotti)
英国生まれ。ケンブリッジ大学卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにおいてソ連政治を修め、博士号取得。英外務省においてロシアの安全保障と外交政策のアドバイザーとして活躍。現在プラハ国際関係研究所上席研究員ならびに同研究所ヨーロッパ安全保障センターコーディネーター。『Russian Security and Paramilitary Forces since 1991』など著書多数。
小泉 悠(こいずみ・ゆう)
1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会学部卒業。同政治学研究科修士課程修了。外務省国際情報統括官組織で専門分析員としてロシアの軍事情勢分析にあたる。2010年ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員。現在、公益財団法人未来工学研究所特別研究員。著書に『プーチンの国家戦略』(東京堂、2016年)、『軍事大国ロシア』(作品社、2016年)。ほかに多数の学術論文・分析記事を発表。
茂木作太郎(もぎ・さくたろう)
1970年東京都生まれ、千葉県育ち。17歳で渡米し、サウスカロライナ州立シタデル大学を卒業。海上自衛隊、スターバックスコーヒー、アップルコンピュータ勤務などを経て翻訳者。訳書に『F-14トップガンデイズ』(並木書房)。 |