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私たちは、司馬遼太郎を読んで育ちました。

そんな私たちにとって、司馬遼太郎の歴史小説は、歴史そのものと言っても過言ではありませんでした。

その意味では、司馬遼太郎の歴史小説は、私たちにとって「親」とも言える存在なのかも知れません。
そんな司馬遼太郎の代表作と言える作品が、明治という時代に生きた人々が日露戦争へと駆け抜けていく群像を描いた「坂の上の雲」です。

そして、「坂の上の雲」に描かれた内容を、私たちは当然歴史的事実そのものと信じて疑いませんでした。

私たちは、「坂の上の雲」において司馬遼太郎が描く壮大な物語によって、あるときは頑迷な軍人の姿に切歯扼腕し、あるときは蒙昧な敵将に胸をなで下ろし、あるときは無名の明治のひとびとの命がけの献身に感激し、あるときは颯爽とした明治の先人たちの活躍に胸を躍らされました。

しかし、「子」はいずれは「親」を乗り越えなければなりません。

「坂の上の雲」はたしかに良くできた作品ではありますが、実は多くの誇張や演出を含んだあくまで小説であり、歴史的事実そのものの記述ではないのです。

にもかからず、「坂の上の雲」において司馬遼太郎によって描かれた歴史像を、そのまま歴史的事実であるかのように信じているファンが、今なお多いことも事実です。

近年、上で描いたようなステレオタイプな誤解はようやく影を潜めてきましたが、今なお巨匠・司馬遼太郎の筆の魔術は、多くの読者を呪縛し続けています。

そこで、本書では「坂の上の雲」に描かれた実像と虚像について、代表的な5つのエピソードを中心に、検証することにしました。

しかしながら本書は、決して「坂の上の雲」の細かな粗を探してそれを指摘することを目的に制作されたものではありません。

そうではなく、この本は「坂の上の雲」に描かれた日露戦争の真実の姿を伝えることにより、もう一度「坂の上の雲」を手にとって読み返してもらい、ときとして退屈な史実をもとに、巨匠・司馬遼太郎がどのように胸躍る「物語」を創り上げていったかを知るという、新たな楽しみ方を再発見していただくことを祈って作られたものです。

その意味で、この本は「坂の上の雲」を読んで育った私たちが、偉大な「親」である司馬遼太郎を自らの手で乗り越えようとする試みであるということができるかもしれません。

この本をお読みいただいた読者の方々に、“頑迷固陋な第三軍司令部像”というものが、“天才作戦家児玉源太郎”の実像が、“秋山兄弟”にまつわるヒーロー伝説のいくつかが、巨匠・司馬遼太郎が筆の魔術で創りだした虚構であることに留意した上で、ドラマとしての「坂の上の雲」をより一層愉しんで頂くことができれば、これにまさる幸いはありません。

ゲームジャーナル・編



疑問1 旅順要塞戦

乃木第三軍司令部は無能ではなかった
二〇三高地主攻論者は誰もいなかった
児玉源太郎は二〇三高地主攻説に反対だった
最初から全力で攻めても二〇三高地は落ちない
死命を制したのは二〇三高地ではなかった
二〇三高地攻撃は「緊急避難」だった
第三軍参謀が語る旅順戦
新史料「大庭二郎中佐日記」を中心に
参謀次長不適任の烙印を押された謀将 明石元二郎
坂の上の雲には描かれなかった謀将 伊地知幸介
実は長岡外史の思い違いだった 28センチ砲送ルニ及バズ

疑問2 日本海海戦

戦闘詳報と航跡図から見る日本海大海戦
勝因は丁字戦法ではなかった
叩き上げの軍人だったロジェストウェンスキー
老害と化した英雄・東郷平八郎

疑問3 秋山兄弟伝

実は時代遅れだった秋山騎兵旅団
不遇の最期を遂げた天才 秋山真之

疑問4 児玉源太郎

児玉源太郎は天才作戦家ではなかった
黒溝台会戦における満州軍参謀の誤判断
黒木第一軍の強さを支えた日本軍の戦場諜報

疑問5 奉天大会戦

奉天会戦は中央突破ではなかった
第三軍包翼戦の真実
日本の活国宝 大山巌

坂の上の雲には描かれなかった結末

坂の上の雲には描かれなかった軍事経済
本当の勝者は誰か?
土壇場で日本を救った終戦宰相 鈴木貫太郎

「ゲームジャーナル」はゲーマーによるゲーマーのためのボードシミュレーションゲームの専門誌です。雑誌には歴史上の戦いをシミュレートしたボードゲームが毎号収録され、収録作品に関する特集記事と連載記事が掲載されています。これまで収録されたウォーゲームのうち7点が英訳されて世界中でプレーされています。うち5作品がボードゲーム界で最も権威のあるチャールズロバーツ賞にノミネートされ、3作品が最優秀ウォーゲーム作品に選ばれています。雑誌は年4回発行、A4判80ページ、価格は3780円(税込)。http://www.gamejournal.net/