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訳者まえがき(石川潤一)

◆より先進的なF-35戦闘機
  航空自衛隊のF-X(次期主力戦闘機)選定において、本命視されていたロッキード・マーチンF-22ラプターの輸出禁止が解けず、事実上導入が困難になったこと、そしてロシアが初のステルス戦闘機スホーイT-50を進空させたことにより、俄然注目を集めているのが、本書で紹介するロッキード・マーチンF-35ライトニングUである。
  F-35はF-22と同じロッキード・マーチン社が開発した、レーダーに探知されにくいステルス性を有する第5世代戦闘機だが、エンジンが単発でひと回り小型ということもあり、飛行性能ではF-22にはおよばない。しかし、設計が新しい分だけ、電子機器や機体表面のステルスコーティングなどはより先進的なものを採用している。
  米国防総省はNCO(ネットワーク中心の作戦)あるいはNCW(ネットワーク中心の戦争)と称し、高速大容量データリンクであらゆる情報を共有して作戦を行なう計画だが、そのNCO/NCWに初めて完全対応した戦闘機がF-35である。
  また、F-35は機体各部の電子光学センサーが得た画像などの情報を瞬時に処理し、パイロットが着用するヘルメットのディスプレイに表示することが可能で、パイロットは透明な飛行機に乗っているかのように、真下でも真後ろでも見通すことができる。
  このように、SFの未来戦闘機の入り口まで来ているのが本書で紹介するF-35で、飛行性能ではF-22には劣るものの、技術的にはF-35の方がずっと面白いと感じるのは筆者だけではないだろう。
  なにしろ、空軍、海軍、海兵隊の要求を基本構造が同じ機体で応えようとする「無茶」な計画なわけで、山積する技術的困難をどう乗り越えていくかという興味もつきない。

◆3,000機を超える需要が見込まれる
  本書は2008年にイギリスで発行された「LOCKHEED F-35 JOINT STRIKE FIGHTER」というハードカバーの翻訳だが、最新鋭機を題材にしているため、内容的にはすでに古くなってしまっている箇所もある。訳者は最終章でできるだけ最新の情報を追加しているが、それでも十分とはいえないだろう。また、内容的にはかなり専門的で、しかも筆者がイギリス人ということもあって、物足りなさを感じる部分もある。
  そのひとつが、なぜ空軍のCTOL(通常離着陸)型、海軍のCV(空母搭載)型、そして海兵隊のSTOVL(短距離離陸垂直着陸)型をひとつの設計案に詰め込む必要があったのかという話だ。
  本書は世界初の実用STOVL戦闘機ハリアーを生み出したイギリスで、イギリス人の著者によって記され、発行されたこともあって、「まずSTOVLありき」というスタンスで書かれていることは否めない。つまりなぜJSF(Joint Strike Fighter:統合攻撃戦闘機)計画において、技術的に難しいSTOVL型まで一緒に開発する必要があったかという視点が抜け落ちているのだ。
  ここでは、そのあたりの「なぜ?」を補足しておきたい。
  JSFを語るうえで忘れてならないのが、「アフォーダビリティ(Affordability)」という経済用語である。「取得性」とも訳されるこの用語は「費用便益比」の多寡を指しており、単純に低コストの機体のことではない。
  つまり、受けるベネフィット(便益)が大きければ費用(コスト)が大きくても取得性は高いということで、CTOL型、CV型、STOVL型を別々に開発するより、1機当たりの開発コストが多くかかっても機体を共通化することによるベネフィットの方が大きいという考え方を元に開発された。
  また、機体共通化により大量生産の量産効果を生かすことができ、兵站面などライフサイクルコストを引き下げることができるメリットもある。
  米国防総省は空軍のF-16ファイティングファルコンとA-10サンダーボルトU、海軍のF/A-18ホーネット、海兵隊のAV-8BハリアーおよびF/A-18を代替する目的でJSFを開発、空海軍のハリアー代替を必要としていたイギリスが相乗りする形で計画が進んだ。
  これに、F-16やF/A-18などを運用する国々がパートナーとして加わったのが現在のJSF計画で、パートナー国だけで3,000機を超える需要が見込まれている。

◆試作機X-35とX-32の違いは?
  これほどのビッグビジネスだけに、当時、戦闘機を製造していたメーカー各社は受注を競い、最終的にはロッキード・マーチンとボーイングが主導する2チームに絞られた。
  その過程については本書内に詳しいが、予備知識として両チームが2機ずつ製造したCDA(概念実証機)、ロッキード・マーチンX-35とボーイングX-32の概要と選定について簡単に触れておこう。
  X-35もX-32もエンジンは共通で、F-22用にプラット・アンド・ホイットニー社が開発したF119というターボファンエンジンを単発機用にパワーアップした。
  機体は中翼配置で空気取り入れ口が左右にあるサイドインテイク式のX-35と、無尾翼デルタの高翼配置で、機首に空気取り入れ口があるX-32はひとめで見分けられるが、最大の相違点はSTOVLシステムである。
  ハリアーが採用したものに近いダイレクトリフト方式を採用したのがボーイングで、一方のロッキード・マーチンは軸駆動リフトファンと3ベアリング回転ノズルを組み合わせた方式だ。
  ダイレクトリフトというのは、エンジンの排気を胴体の左右から下方に噴き出して揚力を得る方式で、リフトノズルは前方10度、後方45度まで回転する。すでにハリアーが採用している既存の技術だけにリスクは少ないが、面白みはない。
  一方、X-35はエンジンの前にリフトファンという大きなダクトファンを縦に設置、エンジンの回転を軸で取り出して駆動する。
  通常のジェットエンジンは燃焼ガスによりタービンを回し、その回転をコンプレッサー(圧縮機)に伝え、燃焼室へ送り込まれる空気を圧縮する。旅客機用のビッグファン・エンジンは最前部のファンをプロペラのように推進力の一部に使っているが、戦闘機用ターボファンエンジンでは燃焼室をバイパスして排出される空気は1/10以下で、タービンの回転は推進力にはほとんど寄与していない。
  この回転を軸で取り出して、リフトファンを駆動しようというのが軸駆動リフトファン方式で、通常のエンジンが推力の100%を有効利用できる環境において、160%以上の推力を得ることができる。
  もちろん、リフトファンは離着陸時にしか使えないが、エンジン性能をフルに生かせるという点ではこれまでのSTOVL機にはなかった特長だ。
  X-35ではこの軸駆動リフトファンに加え、エンジン後部の排気口を3ベアリングの回転ノズルにして、離着陸時にエンジン排気を下に向ける第2のリフトシステムとしている。円筒形のノズルは斜めに3分割し、ベアリングでつないだもので、真ん中の筒を回転させることにより推力の方向を、0度(水平)から110度(前方20度)まで変えることができる仕組みである。

◆僅差で勝利したX-35
  このように、リフトシステムがまったく異なるX-35とX-32だが、予算の関係で2機しか作られないCDA(概念実証機)でCTOL/CV/STOVLの試験をどう行なうかという点でも違いがはっきり出た。
  CV型には着艦時のアプローチ速度を小さくし、その一方で航続性能を延ばすという2点が重要で、X-35では2機のCDAの1機をCV型専用のX-35Cとし、CTOL型X-35Aの試験が終わった後、STOVL型X-35Bに改造するという方法を採った。
  一方、分厚く大きな主翼を持つX-32はそのままでCV型の要求を満たせるため、CTOL型X-32Aはそのまま改造もなくCV型の評価を受けた。そして2機目のCDAはSTOVL型評価用のX-32Bとなった。
  このように、各バージョンの共通性という点ではX-32の方が優れており、コスト面では一歩先んじていた。
  しかし、X-32Bはエンジンの排気を胴体中央部で真下に噴き出す方式のため、HGI(高熱ガス吸入)によるエンジン停止の危険が、冷たい空気を噴き出すリフトファン式のX-35Bよりも高く、選定に大きな影響をおよぼしたといわれている。
  選定の経緯については本文をお読みいただきたいが、僅差でのX-35の勝利だったようで、例えば3バージョンの共通性がさらに重視されていたら、X-32が勝利していた可能性もある。

◆前代未聞のビッグプロジェクト
  X-35 は2001年10月26日、X-32を紙一重の差で破り、次のSDD(システム開発実証)段階へ進んだロッキード・マーチン案は実験機を表す「X」から戦闘機を表す「F」に記号を変更、F-35として実用機の道を歩き出す。
  しかし、その後の道は平坦ではなく、重量過多にともなう試験スケジュールの遅れなどの問題もあった。だが、その遅れを取り戻しつつあり、2010年には訓練部隊への配備も始まる予定だ。
  もちろん、最先端技術の塊である機体だけに、この後もさまざまな問題が起きる懸念はある。しかし、動き出したビッグプロジェクトはもはや止めようがない。
  CTOL型、CV型、STOVL型戦闘機を共通するエアフレーム(機体)でまかなおうとする前代未聞のプロジェクトが今後どのような発展を遂げるのかを見守っていく必要がある。本書がF-35を知るための一助となれば幸いである。





目 次

訳者まえがき 19
(by 石川潤一)

より先進的なF-35戦闘機/3,000機を超える需要が見込まれる/試作機X-35とX-32の違いは?/僅差で勝利したX-35/前代未聞のビッグプロジェクト

第1章 JSF計画の歴史 25

ハリアーの成功/パワード・リフトの開発競争/NASAの提案要求/VTOLエンジンの先駆者ロールスロイス/進まないASTOVL計画/燃料を食いすぎる垂直離陸/相次ぐ新型機のキャンセルと延期/海軍のA-X計画と空軍のMRF計画/超音速STOVL戦闘機の開発再開/A-Xプログラムに優位のロッキード/海軍A/FXプログラムの廃棄/難しい空海軍の統合運用機の開発/ボーイングのダイレクトリフト・システム/ASTOVLとJASTの統合を勧告/ノースロップとCALFプログラム/絶えない米海軍と米空軍の論争/JAST計画への統合が本格化/LSPMのロールアウト/STOVLの経験が不足のロッキード/3000機以上の生産が見込まれるJSF/設計案「X-32」と「X-35」/マクダネル・ダグラスの敗北/ロッキード・マーチンのコスト削減/QDRの調達数削減勧告/X-35のモックアップ完成/F-22の資金調達問題/ロジスティック・フットプリント/史上最大規模の契約額

第2章 ボーイングの設計案 55

燃料搭載量の大きいデルタ翼の採用/ボーイングのJSF設計案/引き下げられた共通性/空飛ぶ実験室ボーイング737AFL/X-32AとX-32Bを同時にロールアウト/飛行試験用エンジンの搭載/マーチンベイカーMk.16射出座席の採用/X-32A初飛行でのトラブル/空中給油でもトラブル発生/X-32Aに続いてX-32Bも飛行試験開始/X-32Bの大陸横断飛行/ロッキードに敗れたボーイング/ボーイングX-32の果たした役割//英政府テストパイロットポール・ストーン少佐のボーイングX-32についての印象

第3章 X-35A CTOL型の開発 76

ロッキード・マーチンX-35Aの開発/超音速飛行に成功

第4章 X-35B STOVL型の開発 81

サックダウンと地上侵食の問題/すべてのエンジンの地上試験完了/初めて地上から垂直に浮揚/リフトファンの係合に成功/フライト「ミッションX」に挑戦

第5章 X-35C CV型の開発 90

最初に完成したX-35C/初の大陸横断飛行に成功したX-35C/「ボルター」と「ウェーブ・オフ」テスト

第6章 JSFの技術テストベッド 95

テクノロジー熟成プログラム/X-31によるテイルレス機の実験/無線操縦の無人機X-36で技術開発/ダイバータレス超音速インレットの採用/DSIフライトテスト/リスクの高いEブレーキ/IHAVS(統合ヘルメット視聴覚システム)/次世代ペイントレス航空機/LOAN推力偏向ノズル/VISTAによる操縦システム飛行試験/生存性を高めるシステムの研究/複座型ハリアーで操縦システムを試験/新しい「ユニファイド」操縦システム/サイドスティック・コントロール/JPALS(統合精密進入着陸システム)/データ融合リスク低減プログラム/STOVL機のための環境評価/AVPHM(機体予兆状況管理)システム/NGT(次世代透明材)の開発

第7章 SDD(システム開発実証)111

X-35から引き継がれた「F-35」の呼称/ロッキード・マーチン「勝者の代償」/ロッキードが勝利した3つの理由/F-35最終デザインの変更/F-35の変更点/運用開始予定は2013年以降/F-35プロトタイプの製造開始/重量軽減か推力増加か/2,100kg軽量化されたSTOVL型/組み立て作業の効率化を目指す/STOVL型1号機の組み立て開始/初飛行用エンジンの取り付け/燃料システムのチェック完了/F-35の名称は「ライトニングII」に決定/初飛行に向けて最終リハーサル/F-35ライトニングII初飛行に成功/素晴らしい飛行性能と操縦特性/電気系統のトラブル発生

第8章 開発初期のコスト削減 129

コスト削減のため既存の技術を流用/コストを引き下げるSAVEプログラム/70〜90%の共通性が求められた/統合初期要求書「JIRD」/デモンストレータの共通化/JSFのユニットコスト/高額化する戦闘機/代替機との重量比較/F-22の経験が生きたロッキード/JSF導入機数の推移/空軍のSTOVL購入騒動終結/兵站支援ソリューション

第9章 風洞試験 138

航空機開発には欠かせない風洞試験/ビリジアン施設のテスト/DNW施設での風洞試験/AEDC施設での風洞試験/BAEシステムズ施設での風洞試験/NASA施設での試験

第10章 F-35の供給元 144

初期段階の各パーツ供給メーカー/アンテナ・セット/GPSセンサー/ハミルトン・サンドストランド/ハニウェル/ノースロップ・グラマン/スミス・エアロスペース/テキサス・インスツルメンツ/ボート航空機/パワーバイワイヤ/J/ISTシステムの初飛行/J/ISTプログラムの発電システム/アクティブ・インセプター・システム/アレスティングギア/EO/IR(電子光学/赤外線)システム/F-35用EOTS/IDA(赤外線検出アセンブリ)/EO-DASシステム/着陸装置/新しい三次元人体形状計測/ディスプレイ・システム/多機能ディスプレイの開発/HMD(ヘルメット搭載表示装置)/PFR(主要飛行リファレンス)/飛行試験プログラムによる評価/HMDシステムの開発/HMDシステムの評価試験/ウインドブラスト試験

第11章 乗員脱出システム 169

ロシアのAES(自動射出システム)に着目/パイロットが状況判断する時間はない/VTOL機にとって信頼できる救命具/射出座席の選択/Mk.16B射出座席の採用/アービンGQタイプ6000パラシュート

第12章 F-35のエンジン 176

GCLFとSDLFの異なる2つのエンジン/GCLF推進システムの大きな欠点/HGI(高温ガス吸入)の危険性/プラット・アンド・ホイットニー社に朗報/最も苦労したSTOVL用エンジンの開発/新しいリフトエンジン「GEA-FXL」/試験用エンジン開発に着手/エンジン技術の向上をめざして/新しい推進システム「リフトファン」/リフトファンの利点と欠点/STOVL型エンジン、マイルストーン達成/ATEGG用燃焼室の試験/エンジン名称「F135」に決定/優位に立つプラット・アンド・ホイットニー/単発機に致命的なポップストール問題/リフトファンの推力改善プログラム/FETTマイルストーンの達成/新しいベーン・ノズル・ボックスの誕生/STOVL試験用エンジンの改良/最初の飛行試験エンジンの完成/機体に搭載された状態でエンジンラン/アフターバーナを使って初めての離陸/代替エンジン計画 F136/予算削減の影響/避けられたF136エンジンのキャンセル/今も続くF136をめぐるドタバタ

第13章 飛行テストベッド 202

ボーイング737-300 CATBird

第14章 F-35の生存性 206

戦場で証明されたステルスの有効性/最初のプロジェクト「ハブブルー」/ステルスの技術移転の問題点/F-35の簡易バージョンの開発/単発エンジンでの生存性が問題/脆弱性の引き下げと保守性の向上/次世代のEWシステム/電子攻撃型EA-35の開発

第15章 F-35のウエポンシステム 213

機内ウエポンベイによる重量問題/F-35の兵装ステーション/懸架投下装置の新しい試み/JAWG/WIPTDの開始/SDB(小径爆弾)の開発/SDBの量産化に向けて/空対空レーザー兵器の研究/レーザー兵器の利点/レーザー発振に必要な電力と冷却問題/レーザー兵器搭載に理想的なF-35B/新しい機関砲の開発/ボーイング提案の「BK-27」機関砲/GAU-12/U 25mm機関砲の採用/ガンシステム制御装置とPELE弾/ガンポッドの軽量化/新型短射程空対空ミサイルの開発/新型中射程空対空ミサイルの開発/AMRAAM新バージョンの開発/JDAM(統合直接攻撃ミュニッション)/誘導式のAGM-154クラスター爆弾/次世代兵器の運用も検討

第16章 F-35の航続距離 234

航続距離の向上を目指す/増槽と燃料放出装置/困難な空中給油方式の統一/外部燃料タンクの統合をキャンセル

第17章 F-35のコンピュータシステム 239

常に更新される機体コンピュータ/F-35作戦機用のソフトウェア開発/2040年代まで改良され続けるF-35

第18章 F-35のレーダーシステム 242

新型AESAレーダーシステムの搭載/メンテナンス不要のレーダーアンテナ/F-35のレーダー「AN/APG-81」/F-22AとF-35システム統合に成功

第19章 F-35の最新年譜と輸出先 247
(by 石川潤一)

F-35の調達予定数/3段階のパートナーレベル/各国別のパートナーレベル
ジェラール・ケイスパー(GERARD KEIJSPER)
オランダ生まれでチェコに在住。ジョイント・ストライク・ファイター(JSF)が考案され始めた頃から取材を進め、多くの企業の協力を得てデータや写真を収集。英国ミッドランドカウンティ出版社よりスウェーデン戦闘機「サーブ39グリペン」に関する著書を出版。

石川潤一(いしかわ・じゅんいち)
1954年東京都生まれ。立正大学地理学科卒業後、雑誌「航空ファン」編集部を経て85年に独立。現在フリーランスとして専門誌などの執筆を中心に活動。航空宇宙、軍事関連の著作多数。近作は「検証:日本着弾─ミサイル防衛とコブラボール」(共著/扶桑社)。訳書に「最強戦闘機F-22ラプター」(並木書房)がある。