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 出版業界に身を置く者の常識として、私は、かつて自分が執筆した業界や事柄については十分な知識を持っていると思っていた。そのため、アメリカ海兵隊に関する書籍の執筆を依頼されたとき、この作業がさほど難しいものだとは思わなかった。
  今回、J.ウォルター・トンプソン氏から執筆の依頼を受けた。同氏は、私が作家としてデビューする10年ほど前から出版業界で活躍されており、私がデビューしてからもたびたびお世話になっていた。
  そういった経緯で、アメリカ海兵隊についての執筆を依頼された際には非常に感激した。私は、海兵隊についての知識は誰にも負けない自信を持っていたのだが、本書を書き出してすぐに私の知識が不足していることを痛感した。私の知っている知識では、第1章でさえ満足に書くことができなかったのである。ひたすら調査、調査のくり返しであった。
  私が、海兵隊に期待することは2つある。1つは、選抜され、高度な訓練を受けたデビルドッグ(海兵隊の別称)たちが、任務を果たし国民から感謝されるようになることである。これは、私がかねてから思っていたことである。
  もう1つは、アメリカ軍特有の軍隊として、海兵隊たらしめていることを怠らずに精進する者であって欲しいということである。
  本書では、海兵隊の訓練課程にはあまり紙数を割かなかった。すべての海兵隊員にとって新兵の訓練期間が非常に重要であることは間違いない。
  しかし、訓練課程について書かれた書籍はすでに多数出版されているため、あえて新兵訓練については詳しく解説しなかった。その代わり、その厳しい訓練課程が海兵隊の活躍にどのように貢献しているかに紙数を割いた。

 本書の執筆にあたり、海兵隊員へのインタビュー、関連文書、その逸話などを通じて、私の海兵隊に対する尊敬の念は、さらに深いものとなった。
  海兵隊に所属する男女隊員は、すべてにおいて、勇敢で、気高く、そして責任感ある若者である。
  今回、海兵隊の戦術およびその逸話を集めた書籍を出版できることは、非常に光栄である。私にとって、この栄誉こそが、本書を執筆する原動力となったと言っても過言ではない。
  最後に、海兵隊を海兵隊たらしめいているものは、彼らの高度な技術と伝説を作り上げる能力である。
W・デビッド・パークス



目 次

はじめに  9

第1章 海兵隊の新兵訓練  13
  ──勝つために訓練する

誤解されている戦闘集団/伝説の海兵隊員たち/新兵募集の新しい試み/最初の試練/13週間の新兵訓練/54時間続く最後の試練/海兵隊士官学校(OCS)

第2章 海兵隊の組織と戦い方  27
  ──勝利は、戦いが始まる前から約束されている

紛争から6時間以内に派兵/予期せぬ状況を乗り越える/成功した戦車救出作戦/「仲間」と「勇気」は同意語/高まる海兵隊の遠征能力/海兵空地任務部隊(MAGTF)/海兵遠征部隊(MEU)/海兵遠征旅団(MEB)/海兵遠征軍(MEF)/海兵隊員はライフルマン/海兵隊の戦闘支援部隊/戦争の3段階/海兵隊ドクトリンと戦闘/「勝つまで戦い続ける」/世界で5番目の航空戦力/海岸上陸は海兵隊のお家芸/水陸両用車「AAV7」/次期水陸両用戦闘車(AAAV)/海兵隊を支える戦闘技術研究所/最精鋭のフォースリーコン/スカウトスナイパー/砲兵部隊との連携プレー/3発同時着弾の高度な砲撃/海兵隊の車両に対する考え方/近接航空支援/AH-1W攻撃ヘリ「コブラ」/AV-8Bハリアー2/戦闘による損害/計略による戦争/ラマディの戦闘/アフガニスタン:「不屈の自由作戦」/リノ前線基地でのタリバン掃討/検問所での戦闘/ふたたび、海兵隊員とは

第3章 テロとの戦い  74
  ──新たな戦場に対応する

戦場が都市部に変わった/中東の市街戦/海兵隊の市街戦プログラム/困難な自爆攻撃との戦い/イラク戦争:フセイン大統領宮殿の制圧/ナシリアの戦闘/ジェシカ・リンチ1等兵の不運/ナビゲーションシステムの誤作動/待ち伏せ攻撃にパニック/「私はレイプされて殺される…」/救出作戦は失敗した/橋を制圧せよ/友軍の誤射で危機に立つC中隊/ウンムカスルの戦闘/戦わずに逃げ出したイラク兵/北進、バグダッドへ/バグダッドへの攻撃開始/バグダッド市民の歓迎//新たな敵、テロリストの登場/テロリストの戦略/海兵隊の苦悩/アフガニスタンのテロリスト/息を吹き返したテロリスト/イラク戦争:ファルージャの激戦/超至近距離の戦闘/命に代えても仲間を守る/海兵隊は全力をもって反撃する/戦闘で斃れた者は天使になる/帰りを待つ家族のもとに

第4章 これからの海兵隊  125
  ──米国の防衛を担う最強の組織

海兵隊の強みは高い適応能力/新たな任務「テロとの戦い」/注目されるリーダー育成法/新たな戦闘組織/次世代指揮発令所と海上基地/新たな補給組織/航空戦力の更新/海兵隊の特殊部隊論

資料 海兵隊が参加した主な戦い  134

チャプルテペックの戦い(1847年9月12日〜13日)
ベローウッドの戦い(1918年6月1日〜26日)
ガダルカナルの戦い(1942年8月7日〜1943年2月9日)
タラワの戦い(1943年11月20日〜23日)
硫黄島の戦い(1945年2月16日〜3月26日)
長津湖の戦い(1950年11月26日〜12月13日)

訳者あとがき  142

 

訳者あとがき

 本書はデビット・パークス、ロス・ブライアント共著の“USMC"(US Marine Corps:アメリカ海兵隊)の全訳である。
「アメリカ海兵隊」と聞いて、どのような組織で、どういった集団であるかということをすぐに答えられる人は、そう多くないかもしれない。これは日本に限ったことではなく、「海兵隊」を有するアメリカにおいても同様で、多分に誤解を受けている軍隊でもある。
  海兵隊は、「殴りこみ部隊」などと形容される。それを言葉通りに受け取ると、とても好戦的な軍隊のように思える。しかし、「殴りこむ」ということは、真っ先に戦場へ到着し、敵と戦うということで、誰よりも傷つき、しかも、誰よりも勇敢でなければならないということである。
  海兵隊は、1775年に創設されて以来、2度の大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、そしてアフガニスタン、イラク戦争など、アメリカの戦争には必ず参加し、いずれも激しい戦闘、困難な作戦を担当している。アメリカ軍で最も血を流している軍隊と言っても過言ではないのである。

 海兵隊に関する書籍は、アメリカ国内では膨大な数が出版されているが、その多くが組織や歴史の解説に重点を置き、海兵隊の兵士がどのように考え、行動し、戦場に赴くのかといったことを解説している書籍は意外に少ない。海兵隊の本当の姿を知るには、つねに先陣を切って戦いに赴く「海兵魂」を理解することが重要であり、本書はそれに応えるものである。

 第1章の「海兵隊の新兵訓練」で、学校を卒業した若者が海兵隊員となる過程を紹介している。
  第2章では、海兵隊員がどのような組織で、なぜ世界最強の軍隊と呼ばれるかについて解説している。
  第3章では、アフガン・イラク戦争の実際の戦闘について解説し、戦場の兵士の実像を伝えている。とくにイラク戦争最大の激戦となったナシリアの戦闘について書かれた部分は、迫力あるレポートと言えよう。またバグダッド陥落後のファルージャでのテロリストとの戦いなど、市街戦とゲリラ戦を併せたテロリストの戦術に翻弄されながらも、それを克服し、ついにファルージャを制圧した、戦場の海兵隊の姿を生き生きと伝えている。
  なお、このナシリアおよびウンムカスルの戦闘については、日本の読者の理解を深めるため、公式記録などを参照しながら加筆したことをお断りする。いずれにしてもアフガン・イラク戦争の最前線を明らかにした書籍は、日本では本書が初めてではないだろうか。
  第4章では、海兵隊がテロとの戦いの勝利するために必要な、次世代指揮発令所(CPOF)、海上基地の概念についてふれ、これからの海兵隊の向かうべき姿について解説している。

 世界的なテロとの戦いが現在も続けられている。その最前線で戦っているのは、ほかならぬ海兵隊である。今や海兵隊は、アメリカのみならず全世界の反テロ、平和を求める意思表示の軍隊である。日本も含めたこの世界秩序を維持するため、最前線で命をかける海兵隊について、我々はもっと知るべきではないだろうか。本書こそ、その第1歩となると私は確信するとともに、テロとの戦いおよびアフガン・イラク戦争について目を向ける端緒となればと願っている。友清 仁

デビッド・パークス(David Perks)
海兵隊公式ホームページ“Marine.com”をはじめとする、海兵隊の広報誌などの編集者。バージニア州コモンウェルス大学でマスコミ学を専攻。ジョージア州マクドノー在住。

ロス・ブライアント(Russ Bryant)
1985年から89年まで第1レンジャー大隊に所属。退役後、サバンナ大学芸術デザイン学科にて写真学を専攻。写真家およびレンジャーOBとして、ハンター陸空学校の第1レンジャー大隊、フォートベニングの第3レンジャー大隊、フォートルイスの第2レンジャー大隊の訓練や活動の様子を撮影し取材している。

友清 仁(ともきよ・ひとし)
1974年生まれ。長野県在住。サラリーマンをへて実務翻訳者となる。公官庁などの依頼により、軍事・防衛・治安関連の技術資料、論文を多数翻訳。とくにアメリカ軍の装備・兵器の動向に詳しい。