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はじめに
 この本は、その勇猛さで世界最強といわれるアメリカ海兵隊に2002年に入隊し、2度のイラク戦争従軍を経て、2006年に名誉除隊するまでの日々をつづったものだ。それ以前の高校卒業後すぐに入隊した陸上自衛隊での生活についても少し触れている。
 自衛隊と海兵隊を通して学んだこと、日本とアメリカで暮らして得た経験をできるだけ正直に書いたつもりだ。そのため多少乱暴な言い回しもあるが、それは当時の思いをそのまま表現した結果であり、ご理解いただきたい。それほど戦場では一般社会の常識的な考えが通用しない世界なのである。
 日本人が実際にアメリカ海兵隊員を見る機会は少ないだろう。歴史的に海兵隊は軍艦内の秩序を維持するために生まれた部隊で、現在は大使館の警備および大統領の警護も任されている。読者の中にはアメリカ大使館内で制服姿の海兵隊員を目にした人がいるかもしれない。本書では、そんな海兵隊員の日常や訓練の様子などについても紹介してみた。
 さらにいまも継続しているイラクでの「テロとの戦い」がどういうものか、実際にその世界を見てきた自分が書くことは、多少なりとも意味のあることだと思っている。
 言うまでもなくアフガニスタン、イラクでの対テロ戦争が間違っているとは思わない。だが全面的に正しいかと聞かれれば、疑問がないわけではない。正直に言うと前線に送られる私たちには政治の話はよくわからない。ほかの隊員も多かれ少なかれ同じ思いだろう。
 ただ言えることは、世界情勢がめまぐるしく変化する中にあっても、常にアメリカ合衆国がナンバーワンの国家であり続け、自由と民主主義の旗手として存続することについては、多少の意見の違いはあってもアメリカ国民の総意であることに間違いない。
 その目的のためにわれわれ海兵隊は存在し、建軍以来、変わらぬ国家への忠誠を誓い続けている。 
 海兵隊は、私の夢をかなえてくれた場所であり、貴重な体験の場を与えてくれた。言葉にできないほど感謝している。
 そして、本書をイラクで戦死した第2小隊の仲間13名に捧げたい。



目 次

はじめに 1

序章 激戦の地ファルージャ 9
 2回目のイラク派遣/最初の銃撃戦

第1章 陸上自衛隊に入隊 15 海兵隊のライフル・ドリル/「日本にも自衛隊があったんだ」/「空挺が俺を待っている!」/胸に輝く銀色の空挺徽章

第2章 アメリカ軍に入る夢 30
 グリーンカードの抽選に当たった!/9・11同時テロの衝撃/サカモト先任軍曹との出会い/「もっとでかいことが起きるぞ」

第3章 地獄のブーツ・キャンプ 44
  誰もが恐れる本物の鬼教官/仮入隊の5日間/命令違反の悪夢/3つの許可願い/11週間の新兵訓練が始まった/秒刻みのハードな訓練/空手の腕前を見せて大目玉/シャワー時間はたったの90秒/汚物まみれの小隊旗/完全装備での水泳訓練/ノース転地訓練場/射撃検定試験で1級/地獄の催涙ガス室訓練/最後の難関「クリスボー」/初めて見たデビルドッグの笑顔

第4章 52日間の歩兵訓練 79
  アメリカでつかんだ確かな自分の居場所/「俺たちはもう志願兵ではない」/週末の誘惑/中隊一の力持ち、ロペス軍曹/「イラク開戦!」の緊急ニュース/実地射撃訓練と市街戦訓練/SOI卒業「海兵魂を忘れるな!」

第5章 1回目のイラク派遣(バビロン) 98
  猛暑の洗礼/イラク正規軍の一掃作戦/「キャンプ・バビロン」/サダム・フセインの城/市内パトロール中の銃撃戦/小便もらして命拾いしたイラク兵/最前線での生活/ヒトラーそっくりの上級曹長/海兵隊のデビルドッグ「コディー」/アリゲータープール/死体の運搬/キャメルスパイダーとの追いかけごっこ/武勲を称えた中隊のニックネーム/攻撃ヘリの誤射であやうく命拾い/20万ドルの現金輸送!/消えない戦場の高ぶり

第6章 2回目のイラク派遣(ファルージャ) 149
  終わりが見えないイラク情勢/7カ月間のイラク派遣/「イラクってどんなところなんだ?」/「戦争がまた始まる…」/胸ポケットに収めた旭日旗/最前線のファルージャへ/IEDメーカーを探せ!/24時間態勢の歩哨任務/ジュンデ(イラク自衛軍)の教育/武装するシーア派住民/スナイパー狩り/2回目の派遣で改良された装備/突然、ハンビーが消えた!/最前線でのキャンプ生活/PMC(民間軍事会社)の影/「アイス、お前はサムライか?」/危機一髪だったIEDの爆発/感謝祭の生きた七面鳥/戦友たちの死/戦場のメリークリスマス/「俺たちは胸を張って歩けるよな」

第7章 名誉除隊 224
 戦場の記憶が消えない/「海兵隊は常にお前の側にいる」


おわりに

 2001年のセンプテンバーイレブン(9・11同時多発テロ)が引き金となって、アメリカはアフガンとイラクで2つの戦争を始めた。
 私は海兵隊の歩兵としてイラク戦争に2度派遣され、あわせて11カ月間前線に勤務し、五体満足で生きて帰ることができた。
 戦場という過酷な環境に身を置くと、普通の人生の10年分以上を生きた気がしている。
 そして、アメリカ海兵隊員になりたいという自分の夢を実現することができたのは、私にとって最大の幸せだ。
 21歳で渡米したものの回り道した時期もあった。実力主義のアメリカ社会で生きて行くことは決して楽なものではなかったが、夢をあきらめなかったからこそ実現できたと思っている。
 戦場で多くの生き死にを間近に見ると、人の命はあっけないと思う瞬間もあるし、だからこそ、自分の夢を持ち続け、やりたいことをやるのが大切だとも学んだ。
 人生は一度しかない。生まれ変わったらまた人間でありたいと思うがそうであるとは限らない。自分の魂がこの世にある限り、自分は何がしたいのかを真剣に考え、行動することが重要だと思っている。
 日本とアメリカで知り合い、私の生き方に理解を示してくれた友人たちに感謝している。
 戦地で必要な物をケアパッケージで送ってくれた友にはとくに感謝している。
 これから先、私がどこで何をしようとも変わらずに理解してくれたらありがたい。
 そして出版について何も知らない私がこうして自分の体験を1冊にまとめることができたのは、並木書房出版部のおかげである。
 最後にアメリカ合衆国海兵隊について少し付け加えて本書を終わりたい。
 まずこの本のタイトルにも用いた「デビルドッグ(悪魔の犬)」とは、第1次世界大戦時の1918年、フランス軍と連合国軍が守備するベローウッドを、ドイツ軍が数日間にわたって大攻勢をかけた結果、恐れをなしたフランス軍は撤退したが、海兵隊はそこに踏みとどまって戦い、逆にドイツ軍を撃退した。そのときドイツ軍が海兵隊のことを「Teufel Hunden(悪魔の犬たち)」と呼んだのが始まりである。以来、海兵隊の勇猛ぶりを表わす異名として現在に至っている。
 また、イラクでは今なお作戦が継続中であり、地名、人名の一部は仮名としたことをご理解いただきたい。
 これまで書いたように、海兵隊の訓練は半端でないほど厳しく、規律は厳正である。海兵隊の精神をひと言で表現すれば、国家に対する忠誠である。その忠誠心は、訓練と実戦の積み重ねによってより強固なものとなり、それが1人ひとりの海兵隊員に伝統として受け継がれていく。
 厳正なる規律と国家への忠誠。それが海兵隊のモットーであり、海兵魂である。
 我々海兵隊はアメリカ合衆国にセンパーフィデリス(永遠の忠誠)を誓い続ける。


 越前谷 儀仁(えちぜんや・よしひと)
1973年生まれ。高校卒業後、陸上自衛隊に入隊し、習志野駐屯地にある第1空挺団に勤務。1993年に退職。グリーンカード(永住権)を取得後、単身渡米。アメリカ各地を回り見聞を広め、9・11同時テロ後の2002年10月アメリカ海兵隊に志願入隊。カリフォルニア州サンディエゴの海兵隊新兵訓練所(ブーツ・キャンプ)で11週間の基本訓練を修了して、キャンプ・ペンドルトンの歩兵学校(SOI)に進み、歩兵訓練を受ける。2003年6月、第1海兵師団第7連隊第1大隊B中隊第1小隊員として、イラク戦争(OIF.1)に派遣され、イラク南部のバビロンにてイラク軍の掃討作戦に従事。2003年10月に帰還後、カリフォルニア州29パームス基地にて勤務。2005年7月に第2大隊F中隊第3小隊員として2回目のイラク(OIF.3)派遣となり、激戦地ファルージャで戦う。2006年1月に帰還後、伍長に昇進。29パームス基地にあるモハビ・バイパー(イラク専用市街地戦闘訓練所)で仮設敵役として勤務。2006年10月に名誉除隊。現在、米国にて会社を設立し、そのかたわらアメリカ陸軍予備役にて勤務する。