自衛隊次期戦闘機に最適か?
▲「ステルス」の本当の意味
本書は航空関連の著作が多いアメリカの航空評論家、ジェイ・ミラー(Jay Miller)氏による「Lockheed-Martin F/A-22
Raptor : Stealth Fighter」の翻訳である。
世界最強のステルス戦闘機として知られるロッキード・マーチンF-22ラプターの、開発から配備にいたる歴史と、その「最強」を形作るための先端技術を紹介した本である。
原題では「F/A-22 Raptor」となっているが、「F-22」が「F/A-22」と呼ばれていたのは2002年から2005年までの短い期間で、本書はその末期、2005年に刊行されたからである。なお序章でも補足したが、日本語版ではF-22ラプター計画全体を指す場合は「F-22」とし、具体的な内容の箇所では「YF-22A」や「F-22A」のように制式名称を用いた。
先端技術の塊であるステルス戦闘機にとって2年の差は決して小さくないが、訳者の拙い補足(114〜116ページ)で2年間を埋められたとしたら幸いである。
また原著は「Aerofax」シリーズの1冊として発行されており、内容的にはかなり専門的になっている。そこで、少しページを戴いて、ステルスおよびF-22ラプターについて基礎的な解説をしておきたい。また、F-22は航空自衛隊の次期戦闘機の候補にもあがっているが、原著にはこの件に関する記載はないので、少し触れるつもりだ。
まず、最初に書いておかなければならないのは、「ステルス」についてである。さすがに、最近の報道ではレーダーにまったく映らないというようなオーバーな表現は少なくなったが、今度は逆に、既存の戦闘機を改良することで「ステルス性が向上した」といった記述を目にすることが多くなった。
少し整理しておくと、どんなステルス機でもレーダーに探知されないということはない。レーダーというのは電波を送信して、目標に反射して戻ってくるリターン波を受信、その時間や位相差などから位置や速度、進行方向を割り出すが、そのリターン波を極力減らす技術がステルスで、本書では「低観測性テクノロジー(low-observable
technology)」という用語が多用されている。
そのリターン波を減らすには、
@電波を吸収して熱に変える素材を、機体表面に塗ったり貼ったりする。
Aレーダー受信機とは異なる方向にリターン波を逸らす。
Bそれでも避けられない翼前縁などからのリターンの方向を限定し、他の角度に反射しないようにする。
現在は主としてこの3つの方策が採られているが、@はともかく、AやBは最初からそのための設計をしなければ充分な効果は得られない。
▲パックマン型とボウタイ型
レーダー側から見た、リターン波の大きさはRCS(レーダー反射断面積)として数値化されている。もちろんRCSが公式に発表されることはないが、通常は正面形のRCSが1u=0dBsm(0デシベル平方メートル)以下の機体に対してステルス性があると表現している。また、鳥が0.01u、昆虫が0.001uくらいと覚えておくと、具体的な数値が出てきても参考になるだろう。
F-22についても、具体的な数値を上げている資料もあるが、ここではあくまでも訳者の立場なので、不確かな数値を上げることははばかられる。おおまかに、鳥と昆虫の間くらいと書いておくくらいなら問題はなかろう。
また、レーダーによって探知される距離はRCSの4乗に比例するので、RCSがひと桁くらい違っても、探知距離はさほど違わないということも、覚えておいてほしい。
もうひとつ、注意しなければならないのが、多くの場合、RCSは正面形の数値で表わされるということだ。地上レーダーでも航空機搭載レーダーでも、脅威となる機体がまっすぐ突っ込んできた場合を想定している。つまり、ステルス性があると言われる多くの機体は正面形のRCSが小さい機体のことだが、F-22はそうではない。
アメリカ人というのはこの手の特徴をうまい比喩で表わす能力があるようで、「パックマン・シグネチャー」「ボウタイ・シグネチャー」という用語でこれを説明している。
「シグネチャー」とは本文中にも出てくるが「信号特性」のこと。「パックマン」はモンスターから逃げながらクッキーを食べて行く設定の、コンピューターゲームのキャラクターで、円形で口だけが扇形に開く。一方の「ボウタイ」とは「蝶ネクタイ」のことだ。
パックマンとボウタイはRCSの形を表わしたもので、多くの「ステルシーな」戦闘機は正面のみのRCSが小さい「パックマン型」だが、F-22など本格的なステルス機は、後方のRCSも小さく、ある角度のRCSだけが大きいボウタイ型になっている。ボウタイ型のステルス機はある角度を除く全方位のレーダーに対するRCSが小さいわけだが、その意味するところは敵地上空での運用を最初から重視した設計ということだ。
▲108対0という圧倒的な撃墜率
本文をお読みいただければ分かるように、F-22の前身であるATF(新型戦術戦闘機)の構想は東西冷戦時代に生まれ、旧ソ連やワルシャワ条約国の領内にレーダー網をかいくぐって侵入し、敵機を排除、一時的、局地的な航空優勢を確保することが主任務であった。そのためには、共同任務を行なうであろうATB(新技術爆撃機)、現在のノースロップ・グラマンB-2Aスピリット爆撃機と同等のステルス性が必要で、その結果として、「世界最強のステルス戦闘機」F-22ラプターが生まれたのだ。
F-22の優れた点は、「ステルス性」という、航空力学からすればある種「いびつな」特性を中心に置きながら、超音速巡航や高機動性など、戦闘機としての特長を数多く合わせ持っている点にある。
しかも、使用している技術は現在の目から観ると「最先端」とは呼べない手堅いものが中心で、ATF選定に敗れたノースロップ/マクダネル・ダグラスYF-23Aや、開発が進んでいるロッキード・マーチンF-35ライトニングII
JSF(ジョイント・ストライク・ファイター)の方がずっと「革新的」な技術を採用している。
しかし、たとえ手堅い技術であっても、その組み合わせによって最良のものが作れるという代表的な例が、このF-22ラプターである。
もちろん、その開発が順風満帆であったとはいえない。対ソ連用に開発された兵器を、冷戦後の地域紛争や対テロ戦争に転用する過程で、調達数が大幅に削られ、価格も数倍に高騰した。
また、すべてをコンピュータが管理する機体だけに、ソフトウェアの開発に手間取り、2007年初頭に初の海外展開として沖縄の嘉手納基地に一時派遣された際、日付変更線を越えるとコンピュータが誤作動するバグが発見されたことは記憶に新しい。
しかし、このような幾多のトラブルを乗り越え、F-22Aは「世界最強」の称号を手に入れた。
その強さを最初に証明したのが、2006年6月にアラスカで実施された「ノーザン・エッジ2006」演習で、12機のF-22Aはブルーエアの一員として参加、空軍のF-15やF-16戦闘機、海軍のF/A-18戦闘攻撃機などから構成される仮想敵レッドエアと模擬空戦を行なった。結果は241対2というブルーエアの圧勝で、しかも2機の損失はF-22Aではなく同グループのF-15だった。
この演習でF-22Aは予定の105ソーティ中102ソーティを実施、97%の任務実効率を達成しており、108対0という撃墜率を記録した。
2007年のレッドフラッグ演習では、仮想敵側が奇策を弄して一矢を報いたが、F-22A側の圧勝であることに変わりなかった。
F-22ラプターを含めた、いわゆる第5世代戦闘機としては、現在開発中のF-35やロシアのスホーイT-50戦闘機などがあるが、F-22を超える存在にはなり得ないだろう。それほどまでに、F-22は高みを極めた機体なのだ。それを超えるのはおそらく無人戦闘機だけで、何度となく使い古された言葉だが、F-22は「最後の有人戦闘機」になるかもしれない。
▲「世界最強」すぎて売れないジレンマ
航空自衛隊はF-4EJファントムの後継機としてF-X(次期戦闘機)の選定を行なっており、F-22Aもその候補にあがっている。
F-22A以外では、ボーイングF-15FX、ボーイングF/A-18E/Fスーパーホーネット、ユーロファイター・タイフーンなどがあり、選定が遅れるようなら、開発中のF-35AライトニングIIも候補として追加されるかもしれない。
対抗馬となる3機種もそれぞれ利点を持っているが、所詮は4〜4.5世代の非ステルス機で、現行機の中ではRCSが小さいといわれるF/A-18E/Fやタイフーンも、パックマン型のRO(観測性低減)機に位置づけられている。
単に性能だけを見れば、F-22Aラプターが群を抜いているが、導入にはいくつもの難問がある。
最大の障壁はアメリカがF-22Aの輸出はおろか、情報提供にも応じていないことだ。通常、新型機の購入に当たっては情報要求(RIF)を行なって性能や価格など、採否の基準となるデータを収集、候補を絞り込む。そしてメーカーに対して具体的な提案を出すよう提案要求(RFP)を行ない、入札してきた提案から1機種に絞り込む。しかしF-Xに関してはF-22Aに関する情報提供がないため、先に進めないのが現段階だ。
それでは、なぜアメリカは情報提供しないのか? それはF-22Aが「世界最強」なだけに、かえってそれが足を引っぱっているといえるだろう。メーカーはもちろん、将来の追加購入に備えて生産ラインを維持したい米空軍も、F-22A売却には積極的だ。米政府も現ブッシュ政権は、輸出に反対していない。それでは誰が情報の提供をこばむのか?
実は1998年にF-22AのLRIP(低率初期生産)が議会で承認された際、海外へ輸出しないという修正条項(オベイ条項)が付けられ、これを改正しないと輸出どころか、輸出を前提とした情報提供も行なえないのだ。
つまり、この頃になるとF-22Aの機体価格やプログラムコストは高騰、議会としては海外輸出によりF-22Aの技術が陳腐化し、さらに高い後継機が必要になる事態を避けたいという理由から、同盟国を含めて一切の輸出を禁じたのである。付帯条項なので議会が廃止を決議すればいいだけだが、イージス艦情報流出など不安要素の大きい日本への輸出には神経質にならざるを得ない。
もちろん、航空自衛隊が「世界最強の戦闘機」を保有することへの、近隣諸国の懸念を理由にする議員もいる。
しかし、これらの問題がクリアできたとして、機体単価だけで200億円前後と言われるF-22Aを購入することを、野党優位の日本の国会や財務省が許可するのかという問題もある。
さらに「世界最強」の壁は、別の問題も引き起こす。航空自衛隊の戦闘機、F-104J、F-4EJ、F-15Jはいずれも、製造ライセンスを受けて国内生産する形になっていた。
しかし、前述したようにF-22Aは既存の技術を最良の形に組み合わせた機体であり、ライセンス生産、あるいはアメリカ製のコンポーネントを日本国内で組み立てるノックダウンであっても、それによって流出するノウハウは少なくない。ましてや、アビオニクスなどはブラックボックス化され、ソフトウェアに手を加えることも難しい。最悪の場合、完成機を購入して、オーバーホールには米空軍基地まで戻すというような非効率的な運用を強いられるかもしれない。
F-22Aは機体価格は高いが、ライフサイクルでのコストは割安という謳い文句も、それでは空宣伝に終わってしまう。
しかし、残りの候補機には一長一短あって、言わば「セカンドベスト」なき選定だけに、これまでにも増して慎重な検討が必要だろう。
ジェイ・ミラー(JAY MILLER)
1980年代から戦闘機やXプレーン(実験機)、ブラックプロジェクト(極秘計画)航空機などの本を精力的に執筆している航空評論家。代表作として本書のほか、「Lockheed
U-2」や「Lockheed's SR-71 'Blackbird' Family」、「The X-Planes: X-1 to X-45」、「Northrop
B-2 Stealth Bomber」などがある。
石川潤一(いしかわ・じゅんいち)
1954年東京都生まれ。立正大学地理学科卒業後、雑誌「航空ファン」編集部を経て85年に独立。現在フリーランスとして専門誌などの執筆を中心に活動。航空宇宙、軍事関連の著作、訳書多数。近作は「検証:日本着弾─ミサイル防衛とコブラボール」(共著/扶桑社)。また、映画「ユナイテッド93」の日本語字幕監修にも携わった。
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