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目次

はじめに
 第二次世界大戦後、共産主義を掲げるソ連率いる東側陣営と、資本主義こそが正義と信じるアメリカ合衆国率いる西側陣営が、四十数年にわたって冷戦を展開した。この間、両陣営は敵側を圧倒するための新型兵器の開発にしのぎを削っていた。超音速戦闘機、戦略偵察機、原子力潜水艦、大陸間弾道ミサイルなどの新兵器が、驚くほどのスピードで開発されていった。
 これらの兵器は東西の全面衝突、すなわち全面核戦争を想定して開発されたのは言うまでもない。そのため歩兵が使う小火器類の開発は、置き去りにされた感がある。これは冷戦当時の戦略的要素を考えると当然の結果といえるだろう。
 全面核戦争を想定した当時の状況下では、歩兵の撃つ小銃や機関銃の開発などは後回しになるのも無理はない。大都市を簡単に吹っ飛ばすほどの核弾頭が飛び交う戦場では、歩兵の持つ小銃など意味がないと、当時の軍上層部は考えたのである。
 だが、強大なソ連邦が解体し、冷戦が終わったことで世界情勢は大きく変わった。唯一のスーパーパワーとなった米国主導による全く新しい世界が生まれ、1991年、米軍が湾岸戦争でイラク軍を完全に圧倒した結果、米軍のハイテク兵器に正面からぶつかっても勝ち目はないとの認識が世界中に広がった。
 そして、2001年の9・11同時テロ事件において、状況は最大の転換期を迎える。米国の敵は旧ソ連のような国家ではなく、オサマ・ビンラディンやアブ・ムサウ・ザルカウイ(故人)といった個人、もしくはその個人を崇拝するグループ(Insurgents)へと変化したのだ。
 彼らの戦法はIED(Improvised Explosive Device:即製爆破装置)、アンブッシュ(待ち伏せ)、ロケット攻撃などのヒット・アンド・アウェイや、誘拐後インターネット上での公開処刑など、攻撃側の被害を最小限に抑えつつも敵側に与える心理的効果の高い戦法をとるようになった。
 こうなってくると米軍自慢のハイテク兵器、圧倒的な火力(ファイアー・パワー)も役には立たなくなってくる。標的が数人、しかも市街地に住む一般市民に紛れ込んでいるため対応がむずかしい。市街地ごと吹っ飛ばすのは簡単だが、米国が民主主義主導の正義を唱えている以上、民間人の被害は最小限に抑える必要がある。
 また、アブ・グレイブ刑務所の事件に代表されるように、最近ではメディアの影響力も無視できない。いや、無視できないどころか絶大な影響力をもっている。
 そうなると徒歩で市街地に乗り込み、あらゆる手段を駆使してインサージェントを探し出し、捕獲もしくは殺害しなければならなくなってくる。
 米国の首都ワシントンDCに本拠を置く、あるシンクタンク(情報分析専門機関)による最新の分析によると、この状況は2030〜2035年頃まで続くと言われている。言い換えれば2035年まで、米国と正面から正規戦を戦える国家は現れないということである。
 この状況を最新の軍事用語でCOE(Comtemporary Operational Enviroment:
現代の作戦環境)と言う。
 COEにおいて、敵の使用する武器は当然ながらAK-47小銃、RPK機関銃などの小火器、大きくてもRPG-7対戦車ロケット砲程度である。つまり個人が携行できる火器だ。
 米軍のファイアーパワーとはあまりにも差があるために、この戦いはAW(Asymmetric Warfare:非対称戦争)と呼ばれる。
 このAWにおいて、米軍側は民間および第三者の被害を最小限に抑えるために、ストライカーなどに乗車した歩兵・SBCT(Stryker Brigade Combat Team:ストライカー戦闘旅団チーム)を展開させる戦術を取るようになってくる。
 当然ながら米軍側が使用する武器も同じように個人が携行できる火器が中心となっている。その時メイン・ウエポンとなるのが歩兵の基本である小銃であり、小銃の使用を中心とした新たな戦術が注目されるようになったのだ。
 日本国も自衛隊をイラクに派遣した。今後、東ティモール国やアチェ国の例もあるように、政情不安定な地域からの邦人救出任務に赴く可能性がでてくるだろう。
 その自衛隊も政治的な理由から破壊力のある武器は携行していない。自衛官自身、もしくは第三者が危険にさらされた時にのみ必要最小限の火力で自衛行為を行なえるというROE(Rules of Engagement:発砲規定)が存在し、必然として小銃に頼ることとなる。
 海上保安庁も日本近海において、北朝鮮の武装工作船と銃撃戦を数回経験している。筆者は陸軍所属であるため、海上任務に関してはシロウトだが、任務がファストロープや強行接船しての船体確保であること考えると、小火器に頼らざるを得ない。
 最近、話題を集めるブラックウォーター社(米国ノースキャロライナ州モヨック市)に代表されるPMF(Private Military Firm:民間軍事会社)所属のプライベート・オペレーターたちが、国防総省が定めた規定により、自衛のための携行が許されているのも、口径が7.62mm以下の小火器のみである。
 元米軍精鋭部隊出身者が多いためか、多くのプライベート・オペレーターたちはM16/M4カービン系の銃を好んで使用しているようだ。
 重機関銃などの大口径火器の所持を認められない彼らは、持っている小銃のみが頼みとなる。そのためにプライベート・オペレーターたちの5.56mm小銃を扱う技術および戦術は、一般兵士のそれをはるかにしのぐと言われている。彼らの多くが10年以上の軍隊経験を持ち、精鋭部隊出身であるという事実を考えると、それも当然だろう。つまり軍隊で鍛えに鍛えた基本に最新の技術を融合させ、個人の意思で銃器・装備を選択するのだから優れていない訳がない。
 NATO(北大西洋条約機構)に所属する欧州諸国をはじめ、日本や韓国などの米国の同盟国である各国陸軍が採用する小銃も、ほぼ全てが5.56mm弾を発射する小銃であり、M4カービンと弾丸を共有する。この共通の規格は「NATO Standard」と呼ばれる。これは国連主導の作戦遂行時などにおいて、弾薬補給時の混乱を避けるためにも、絶対に必要な政策のひとつだ。
 現実には、実戦経験、予算、兵器の質で他国を圧倒する米軍が採用したM4カービンの規格に、関係国が歩調を合わせざるを得ないのは否定できない事実である。なかにはM4とマガジンを共用できるように設計された小銃も少なくない。M4カービンは5.56mm小銃の先導役の役目もある。
 私自身、2003年にアフガニスタン・パキスタン国境近辺でタリバン・アルカイダ残党勢力の掃討作戦に従事した経験がある。アフガニスタンにいた約6カ月間、ほとんどを最前線で過ごし、愛銃のM4カービンは常に私と一緒だった。
 本書は私の特異な経験から学んだ技術(テクニックおよびノウハウ)をまとめたものだ。ちなみに私は現在も正規軍に所属する現役の米陸軍将校である。
 本書は海外での任務に赴く、自衛官へのアドバイスの意味も含んでいる。自衛隊の制式採用小銃は89式小銃だが、口径はM4と同じ5.56mm NATO弾であるため、本書のかなりの部分が参考になるはずである。また、自衛隊内でもエリート部隊である特殊作戦群に限ってM4を採用したようだ。同様にイタリア陸軍やカナダ陸軍なども、精鋭部隊にはM4が採用されている。
 警察官などの法規執行機関に属する人たちも対象となっている。とくにアメリカでは、軍と法規執行機関とが頻繁に合同で訓練・作戦を実地する。言うまでもなく銃器の取り扱い方、テクニックには共通するものが多い。法規執行官の多くは軍に在籍した経験者が多いという事実もある。
 本書がそういった現場で働くプロたちの、少しでも助けになれば、筆者としてこれ以上嬉しいことはない。


目 次

はじめに  1
第1章 M4小銃の基礎知識  7
第2章 M4小銃の整備  17
第3章 M4の弾薬5.56mm弾  31
第4章 M4のセットアップとカスタム  41
第5章 M4小銃の製造工程  55
第6章 光学照準器・夜間暗視装置  63
第7章 M4小銃射手の装備  78
第8章 ゼロイングと弾道  93
第9章 キャリー・ポジションとレディ・ポジション  108
第10章 立射姿勢  122
第11章 膝射姿勢・座射姿勢  126
第12章 伏射姿勢  133
第13章 リローディング  139
第14章 マルファンクション・クリアリング  146
第15章 実射ドリルと射撃試験  151
第16章 ログブックと射撃記録  160
第17章 未来の制式小銃  163
あとがき  172

あとがき
 私が米陸軍に入隊してから、早いもので7年以上の月日が流れた。士官候補生時代を含めると、すでに10年以上の期間を訓練に費やしたことになる。
 ミシガン州北部での士官候補生訓練、ジョージア州フォート・ベニング基地での歩兵基礎訓練、ノースキャロライナ州フォート・ブラッグ基地での第82空挺師団の訓練、アフガニスタンでの実戦、ストライカー旅団での最新の市街戦訓練、そしてプライベートでの射撃訓練と、それらを経て最近ようやく自分の戦闘テクニックに自信が持てるようになった。
 常に上を目指して修行する身であるために、完璧という言葉は使いたくないが、ある程度完成したと思っている。
 それを確認するために、一冊の本にまとめてみたくなり、筆をとったのが本書を執筆した動機である。
 また、個人による小銃の所有がほとんど認められていない日本においては、同様の技術を習得するのは不可能に近い。政府機関といえども技術の習得は限られている。
 通常の射撃場での射撃訓練は、一列に並んで射座があり、ダウン・レンジ(Down Range:射撃方向)というものが定められていて、その方向以外に銃口を向けるのは規則外である。
 横一列に並んで一斉に射撃する、初期の銃撃戦はそれでよかったかもしれない。だが現代の実戦ではダウンレンジも何もない。敵は360度全方向から不規則に撃ってくる。だから既存の訓練方法のみを行なっていたら、犠牲者が続出するのは火を見るより明らかである。
 このことは2001年直後の米軍がそうであった。よってそれ以降、米軍の訓練方法はより実戦に近いものへと急激な変化を遂げている。いや、変化させなければならなかったというのが適切な表現だろう。
 360度方向に向けて銃を撃つのは危険、と考える人間がいるのは確かだ。だが危険と思われる訓練をこなしていないと、いざ実戦になった時に余計に危険な状況に陥ってしまうのだ。
 日本の侍も、道場では竹刀や木刀を使って訓練に励んだが、真剣での素振りを絶対に欠かさなかったという。真剣を持ったことのある者ならば分かるが、鉄製の真剣は重く、いくら竹刀をうまく振れる者でも同じようにはいかないのだ。
 なお、本書では薄明かりでのフラッシュライトを使用したLow Light Shooting や、コーナーや階段などを押さえるCornering Technique、片手で撃つOne Hand Shooting Technique、左手に持ち換えるTransition Technique などは、あえて削除した。
 これらは射手のM4小銃を扱う基本というよりは、どちらかというと戦術(Tactics)であるためだ。また、インストラクターの出身部隊などによって考え方が違ってくるため、筆者の習得した技術との間に相違点が出てくる。応用技術であるために、別にどちらが正しく、どちらが間違っているという訳ではない。これらについては、また別の機会に述べてみたいと思う。
 本書ではM4小銃を扱う上で、不動不変の基本技術のみを述べてみた。
 逆に言えば、本書に記された全ての技術を習得してはじめて一人前の射手といえる。一読すれば理解してもらえると思うが、一朝一夕にして身につくものではない。最低数年間の軍隊経験(正規軍)と、数万発単位の弾薬を効果的に消費して、はじめて身につく。
 銃をただ撃つのは誰にでもできるが、プロフェッショナルに扱うのは、専門の訓練を受けなければ絶対にできないし、映画のようには行かないのが現実である。
 本書で紹介したテクニックはあくまでも紹介であり、素人が安易な考えで真似をすると非常に危険である。例えば銃器に関しての初心者がグアムやタイなどに行って、レンタルのM4を借り、本書で紹介したテクニックを見様見真似するのは危険極まりない行為なので、絶対に行なってはならない。必ず専門のインストラクターから講習を受けて、専用の訓練射場で行なうことをお奨めする。もちろん事故が起こった際の責任は、筆者および出版関係者は一切の責任を負わないことを、お断りしておきたい。
 今回の本を製作するに当たって、複数の関係者から多大な協力をしていただいた。プライバシー保護のために、あえて名前は出さないが、関係者方々の協力がなければ本書は完成しなかった。
 最後になったが、近い将来戦地に赴く戦士および現在戦場に立つ者たちにGood Luckの言葉を贈りつつ、イラク、アフガニスタンをはじめとする世界情勢が少しでも良い方向に向かっていくことを願って、「あとがき」を締めくくる。
米国陸軍中尉
飯柴智亮

飯柴智亮(いいしば・ともあき)
1973年東京生れ。19歳で渡米、北ミシガン州立大学で国際政治学と法規執行学を専攻し、陸軍ROTC(予備仕官訓練部隊)にて士官候補生として訓練を受ける。99年永住権取得後、一平卒として米陸軍入隊。陸軍精鋭部隊の82空挺師団に空挺歩兵として所属。2003年には『不屈の自由作戦-III』に参加し、アフガニスタン東部山岳地帯でタリバン掃討作戦に従事する。03年米国に帰化し、04年陸軍少尉に任官する。06年中尉に昇進し、現在に至る。著書に『第82空挺師団の日本人少尉』(並木書房)がある。