プロローグ
一度人生を捨て、第二の人生を始める――。
人種も宗教も言語も関係なく、やる気さえあれば誰でも受け入れてくれる場所。それが「フランス外人部隊(レジオン・エトランジェール)」だ。
世界の軍隊のなかで最も過酷な訓練を課されているこの部隊には、世界130カ国から7700人の男たちが集まる。そのなかに現在、日本人隊員が35人在隊する。彼らはなぜ外人部隊に志願し、どんな生活を送っているのか? ベールに包まれた日本人兵の実像を四カ月間にわたって取材した。
フランスの言語、習慣、文化など、まったくゼロの知識から始めた彼らが、フランス軍の一員として奮闘しているが、それは想像を絶する「シャランジュ」(「挑戦」を意味するフランス語)の連続であった。
ある日突然、家族や周りの友人に知られずに、パリまでの航空チケットを買い、たったひとつのリュックを背負って外人部隊の門を叩くことからすべてが始まる。さまざまな思いが脳裏をよぎるなか、「絶対にやり遂げてみせる」ことを誓って志願する彼らには、「緊張」と「不安」の二文字が付きまとう。一度入隊したら五年間は除隊できないのが契約だからだ。最初の数年間は偽名を名乗ることが原則で、軍服のままで外出することも義務となっている。それは、自分がどこから来た誰なのかというアイデンティティをいっさい捨て、第二の人生を歩むために外人部隊という家族に身を投じた証拠なのである。
本書を執筆するにあたり、フランス全土の基地と南米フランス領ギアナ基地を取材して、多くの日本人隊員に話を聞いた。暴走族、ヤンキー、大工、自衛官、高卒というバックグラウンドをもつ訓練兵からベテラン隊員まで、さまざまな隊員の証言をまとめたのが、この本である。彼ら全員に共通するのは、「オレたちはスーパーマンでもヒーローでもない」という現実を見据えた姿だった。
外人部隊というと、傭兵のイメージが強いが、彼らはフランス軍(陸軍)の隊員で、普通の公務員となんら変わりがない。もちろん毎日が戦場暮らしということもない。ほかの軍隊と同様、仕事の90〜95%が演習と基地内での訓練だ。ただ残りの5〜10%は確実に戦地での仕事に従事している。戦場に最初に降下させられるのは日本人が多く所属する第2外人落下傘連隊のパラシュート隊員たちだ。危険な地雷除去を行なうのは、勤続一七年の及川特務曹長が率いる第1外人工兵連隊の砲弾・爆発物処理隊「EOD」である。
また、かつては外人部隊というと、前科者の集まりといった印象もないわけではないが、今やそれはまったく正確ではない。確かにアルジェリア戦争(1954〜62年)前までは、殺人・強盗などの前科を持つ人間も入隊できたが、最近では、窃盗や恐喝といった軽犯罪くらいが限度とされている。
もうひとつ、隊員は入隊時に偽名≠ニ偽出身地≠与えられ、本名や出生地を数年間、捨てなければならない。外人部隊の一員となった限りは、周囲に情報が洩れてはならないというルールがあるからだ。
たとえば、ポーランドでは、除隊した隊員が母国に戻り、外人部隊にいた事実が判明すると、禁固五年という厳しい現実が待ち受けていた。この法律は、2005年10月15日に改正されリスクはなくなったものの、いまだに取材に対して、警戒する隊員が多い。ポーランドに限らず、ルーマニアなどの東欧諸国出身者にとっては、身元を隠すことが暗黙の了解となっている。
外人部隊員に関係する事件で、日本人に広く知られたのが、2005年5月、イラクで殺害された斎藤昭彦氏の事件である。ちょうどイラクで日本人の人質事件が立てつづけに起こっていた頃、斎藤氏は英国系民間警備会社「ハート・セキュリティー」と契約してバグダッドに入り、不運に見舞われた。斎藤氏は外人部隊のパラシュート連隊と歩兵連隊で優秀な成績をおさめたベテラン兵だったが、そんな彼を日本のメディアがあまり批判しなかったのはなぜだろう。外人部隊で斎藤氏と11年の交流がある現役兵の及川特務曹長が、斎藤氏の人となりについてじっくり語ってくれた。
斎藤氏のように外人部隊の誇りと呼べる人間もいれば、そうでない人間もいる。1973年から5年間、外人部隊に勤務していたクロアチア人のアンテ・ゴドビナ元上級伍長は、1991年から95年まで、母国で発生した内戦で、クロアチア軍の将校として指揮し、セルビア人150人を虐殺した罪で、2005年12月、国際刑事裁判所に起訴された。外人部隊を経験した人間が除隊後、このような戦争犯罪を犯したために逃亡生活を強いられていることも外人部隊のひとつの現実である。
取材を進めるにあたって、注意を払わなければならなかったのは、本人の身元がわからないようにすることであった。本文に登場する隊員たちは、必ずしも本名ではないが、多くの日本人隊員は、心を開いてすべてを語ってくれた。もちろん、なかには取材を拒否した隊員もおり、それなりの考えやバックグラウンドがあってのことだと思う。
これまで、元隊員による外人部隊の体験記がいくつか出版されているが、かっこいいイメージばかりが強調されていたことで、入隊したものの脱走という形で「シャランジュ」を断念せざるを得ない日本人も少なくない。現実の部隊では、これまであまり紹介されてこなかったトイレ掃除から始まる隊員いびりの側面や、日本人であるがために苦手な分野≠ェ実際にはたくさんあるからだ。
しかしそれと同時に、ほかの国民には見られない日本人独特のインテリジェンスや働きぶりが評価されている側面もある。
新兵訓練、パラシュート降下、地雷除去、情報戦略、特殊部隊というさまざまな状況で活躍する日本人隊員の姿をありのままに紹介できればと思っている。
そんな日本人隊員一人ひとりの「シャランジュ」、すなわち「たった一人の挑戦」をじっくりと味わっていただきたい。
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