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 まえがき
 一九世紀のヨーロッパ各国は領土紛争などを戦争によって解決することは当然だと考えていました。つまり、戦争とはビジネスに近いもので、なるべく低いコスト(少ない戦死者、少ない費用、短い時間)で「勝利」し、敵に敗北感を与え、紛争について譲歩させることでした。相手国政府が責任をもって、シュレウィッヒ=ホルスタインやアルザス=ロレーヌなどの狭い係争地を譲る決心がつけばそれで十分でした。
 それがためには、一回の決戦で勝利することが肝要とされました。
 当時の戦争で、勝敗を左右する要因は師団の数でした。予定戦場により多くの師団を配置できれば会戦に勝利できると信じられていました。すると、普通の人々は、平時における軍隊を巨大なものにすればよいと考えます。
 ところが、プロイセンのシャルンホルストとグナイゼナウは、別の結論=短期現役制に達しました。
 プロイセンの国力では多数の常備兵力をもつことは不可能であり、戦争直前に民間人を集め、制服を着せ、多数の師団をつくりあげればよい、と考えたのです。これがため、二年程度、男子国民全員(病人や大学生を除く)を兵営に入れ、訓練を施しました。二年除隊後は予備役となり、一旦緩急の事態があれば、動員令によって召集されます。
 予備役年限一四年とすれば、平時一五万人の軍隊を、総動員によって一〇〇万人近くに増強することができます。
 短期現役制を基礎とした徴兵制にもとづく軍隊が、マス・アーミーやグランダルメーと呼ばれるもので、第一次大戦までのヨーロッパ各国の軍隊の素顔でした。
 ただし、イギリスは徴兵制がなく、日本やアメリカは選抜徴兵制(男子の一部しか入営の必要がない)ですので、このマス・アーミーは戦時急造でしかありません。
 一九一四年に勃発した第一次大戦は、このマス・アーミー同士が衝突したもので、塹壕戦となり、また四年三カ月にも及ぶ長期戦となりました。これは陰惨な戦いで、ヨーロッパ国民の八六〇万人が戦死しました。
 これでは、戦争がビジネスというわけには行きません。領土だろうが「金」だろうが、このような大量の死者への言い訳にはなりません。ベルサイユ条約の目的は「ドイツを二度と立てなくさせる」ことでした。
 ドイツには天文学的な賠償金が課せられ、徴兵制は禁止され、再軍備は厳しく制限されました。ところが、第一次大戦で大きな惨禍をこうむったのは、勝利した連合国ばかりでなくドイツも同じでした。ドイツ国民はベルサイユの審決に不満でしたが、マス・アーミーを再度組織して大被害を覚悟して、再戦を挑むことには消極的でした。
 しかし、プロフェッショナル・アーミー、すなわち少数の専門的な、よく訓練された軍隊は、マス・アーミーに勝利できるのではないか、そうすれば自国民の損失を最小限にすることができるのではないか、と密かに考えた男がいました。
 それがヒトラーです。
 ヒトラーは、プロフェッショナル・アーミーの中核として機甲師団を創設し、塹壕戦とせずに敵野戦軍を包囲殲滅できる、と考えました。第二次大戦のフランス戦でこれは大成功を収め、電撃戦と呼ばれ、伝説となりました。ヒトラーの軍隊は、わずか三万人の戦死者で、その二二年前一八〇万人の戦死者を出しても、どうしても突破できなかった西部戦線を突破、一カ月半でパリを占領することに成功したのです。
 ヒトラーはこの成功により、外交紛争は戦争によってのみ解決できる、と確信したに違いありません。次にバルバロッサ作戦を発動し、ソ連を侵略しました。
 ソ連は帝政ロシアの伝統を引き継いだマス・アーミーの国です。ヒトラーのプロフェッショナル・アーミーは敵を求め、奥深く侵攻しましたが、マス・アーミーのソ連赤軍は湧くように出てくるわけです。ソ連の人口はドイツの三倍ありました。
 独ソ戦は第一次大戦を上回る陰惨なものとなりました。
 国民に平時と変わらない安逸な生活を与えれば、戦争も合理化されるという、ヒトラーの考え方は成立しませんでした。敵国があまりに強大であれば、自らも、敵と同様にせねば勝てないのは自明です。
 軍事(戦争)と外交(平和)は交互に現れるわけですが、軍事力(軍隊)が外交を保証しているのもまた事実です。ドイツが再度立ち上がったことは、旧連合国の軍事力に欠陥があったことを示します。そして、ヒトラーの技術革新、機甲師団にみられるように、軍事力は科学・文化・政治制度と密接な関係があります。
 平和を保証するための軍事力(軍隊)が暴走し、クーデターや私戦を起こすことがあるのも事実です。ですが、暴走や戦争を引き起こすこと(侵略)には、相当の理由があります。まず、それを知らねば、外交(平和)についての理解も不可能です。
 この本は一九世紀以降の戦史を例にあげながら、軍事と外交の関係について論じたものです。戦争原因の解明とは、作戦計画発動の理由を問うことです。そして多くの場合、君主・政治家・外交官・軍人も「これで戦争に勝てる」と思うか、「これをやらなければ逆に戦争を仕掛けられて負ける」と思って、作戦計画を発動させるわけです。
 ところが、この単純な事実を現在の大半のジャーナリストや古いタイプの政治家は認めません。
 これを認めれば、「絶対(念仏)平和主義」「非武装中立」「軍縮」「宥和外交」などの論旨が崩れるからです。なぜならば、「自国を弱くみせる」「外交的譲歩」「テロを受けても何もすべきでない」という立場は「イージープレイ」、すなわち「簡単な餌食」そのものだからです。イージープレイが犯罪を誘発するように、こういった立場は戦争やテロを自国に招きよせます。
 この本の中でそのような例がどこにあるか、発見できるでしょう。
 歴史の理解が、外交についての見方や戦争についての見方を、左右するのは当然です。資本家が戦争を引き起こすと教えられれば、「資本主義」は悪いものだ、と普通考えます。
 これまで、戦後の日本史教育について、数多くの問題点が指摘されてきました。ですが「世界史」教育も同様に歪んでいます。現在の「公教育」は、事実すら正確に描写せず、また古いタイプのイデオロギーに引きずられています。この本によって、新しい世界史を確立する一助になれば、と思います。


目次
パート1 戦争はどのように始まるのか?  21
1 戦争はいつ、どのように始まるんですか? 22
  戦争は「作戦計画」にもとづいて、兵が国境を越えることによって開始されます。
2「宣戦布告」なしに開戦してもいいんですか? 25
  はい。ほとんどの戦争は「宣戦布告」なしに始まりました。
3 奇襲による開戦は、なぜ成功するんですか? 28
  指導者は「奇襲」の情報を得ても、それを適確に判断する情報をもち合わせていないからです。
4 開戦の手続きを決めた国際条約はあるんですか? 30
  日露戦争後、開戦法規が定められましたが、二二年間存在したにすぎません。
5 開戦法規は、その後も守られたんですか? 33
  ケロッグ=ブリアン条約成立までは守られましたが、その後は有名無実となりました。
6 ケロッグ=ブリアン条約で先制攻撃が禁止、すなわち戦争が禁止されたと考えていいですか? 36
  世界各国が遵守すればそうなりますが、実際には戦争は前よりも増えました。
7 あとで侵略したと非難されたくないんですが… 39
  戦争の「大義」がどうであろうと、先に手を出した方が侵略者です。
8 先制攻撃され、しかも戦わずに屈服した国はありますか? 41
  いいえ。先制攻撃を受けた国は普通、徹底抗戦します
9 戦争を始めるとしたら、何から手をつければいいんですか? 44
  陸軍を動員する必要があります。
10 動員とは、どういうことですか? 47
  戦争計画に従って師団を戦時編制とすることです。
11「戦争計画」と「作戦計画」の違いを教えてください 49
  戦争計画に作戦計画が含まれる場合と、含まれない場合があります
12「作戦計画」の目的は何ですか? 52
  敵野戦軍の殲滅にあります。
パート2 世界戦争は何をもたらしたか?  55
13 二つの大戦で世界はどう変ったのでしょうか? 56
  第一次大戦と第二次大戦によって、現在の世界が形成されました。
14 第一次大戦が起きた原因は何ですか? 58
  第一次大戦の開戦原因は、シュリーフェンプランにあります。
15 第一次大戦と第二次大戦には何か関係があるんですか? 61
  第二次大戦は第一次大戦の再戦にすぎません。
16 二〇世紀を大きく変えたのはロシア革命というのは本当? 64
  二〇世紀を変えたのは二つの世界戦争で、ロシア革命ではありません。
17 ヒトラーの国家社会主義とムッソリーニのファシズムは同じもの? 66
  国家社会主義はヒトラーが事実上、創始したもので、ムッソリーニのファシズムとは異なります。
18 世界大戦の戦死者より虐殺事件の死者の方が多いのは本当ですか? 69
  はい。五回の社会主義者による大量虐殺事件だけで、戦没者を上回ります。
19 戦間期と第二次大戦後はどちらが戦争が少なかったんですか? 72
  戦間期、すなわち第一次大戦と第二次大戦の間は戦争が激減しました。
20 太平洋戦争はなぜ始まったんですか? 75
  太平洋戦争の開戦原因は、日本の真珠湾攻撃を含む南方作戦計画そのものにあります。
21 二つの世界大戦は何かを解決したのでしょうか? 78
  ドイツによるヨーロッパ支配および日本によるアジア支配をくいとめました。
22 戦争の「大義」とは何ですか? 80
  自国民向けの政治宣伝です。
パート3 大戦争と小さな戦争  83
23 大戦争の特徴とは何ですか? 84
  大国が参加する大戦争では海戦が発生します。
24 大国(列強)とはどこをさすのですか? 86
  大国とは一九世紀では五大国(英・仏・独・墺・露)であり、その後、日米が加わりました。
25 一九世紀の戦争はどのようなものだったんですか? 89
  二〇世紀の戦争と異なり、大戦争でも短期決戦、局地戦争が主流でした。
26 大戦に勝利した国はどんな利益を得たのでしょうか? 91
  世界戦争の戦勝国が得た利得は、ほとんどありません。
27 第一次大戦のあと、どうして恒久的な平和がつくれなかったんですか? 93
  連合国は自ら、ドイツが再戦を挑みやすい環境をつくってしまったからです。
28 第二次大戦の結果、一番大きく変わったことは何ですか? 96
  アメリカを世界の第一人者にしたことです。
パート4 小さな戦争と非対称の戦争  99
29 ヨーロッパ兵は、植民地戦争では負けなしですね? 100
  いいえ。一九世紀後半でも、負けることがありました。
30 ヨーロッパ諸国は、植民地をどのようにして獲得したのですか? 103
  隣接の空白地を埋めていったにすぎません。
31 なぜ中国はヨーロッパの植民地とならなかったのですか? 106
  中国はそのサイズにより、ヨーロッパ人を撃退しました。
32 第一次大戦の前はパックス・ブリタニカと呼ばれますが、どのようなものですか? 108
  パックス・アメリカーナは実在するにせよ、パックス・ブリタニカは実在しませんでした。
33 国境線をなくすと、戦争はなくなりますか? 111
  現実には国境未画定の地域をめぐって、戦争が発生しやすいのです。
34 宗主国は植民地統治を謝罪しなければならないのですか? 114
  いいえ。植民地統治を謝罪したケースは、日本の韓国に対するもの以外ありません。
35 国家統一のための戦争は肯定されるんでしょうか? 117
  国家の統一や失われた国土の奪回というのは、よくある侵略者の戦争の大義にすぎません。
36 民間人が正規軍に対抗することはできますか? 120
  不可能です。
37 国軍は国家を支配することができるんでしょうか? 122
  国軍将校が国家を支配できるかといえば「イエス」ですが、国家を滅亡させれば国軍は自動的に
  崩壊します。
38 軍隊と警察はどちらが強いんですか? 125
  警察は同じ武器をもっていても、軍隊に勝つことはできません。
39 植民地の民衆はどうやって宗主国を追い出したのですか? 127
  宗主国は独立主義者に負けて去ったのではなく、自発的に、もしくは世界戦争に敗北した結果、
  植民地を喪失したにすぎません。
40 代理戦争は存在するんでしょうか? 130
  いいえ、大国が小国を操縦して戦争を起こすのではなく、小国が大国を戦争に引きずり込むのです。
パート5 政治(外交)と戦争  133
41 「戦争は他の手段をもってする政治の延長である」は正しいですか? 134
  いいえ、あらゆる局面で正しいとは限りません。
42 国連は日本を守ってくれるんでしょうか? 136
  守ってくれません。
43 対等な軍事同盟は存在しますか? 139
  大国の間では存在します。ただ外交の選択肢が狭くなります。
44 秘密外交とは何ですか? またその条約は守られるんですか? 142
  秘密外交とは、秘密裏に外交交渉をおこなうことではなく、結んだ条約を秘密にしておくことです。
  また秘密条約すなわち秘密外交ほど、あとで守られません。
45 戦争の仲介と仲裁は、どう違うのですか? 145
  紛争の仲介者は、しばしば片方の当事国から軍事攻撃を受けます。
46 アメリカは、現在多数の国と軍事同盟を結んでいますが、
  アメリカにとって軍事同盟とは何ですか? 148
  アメリカは史上はじめて集団安全保障のネットワークを地球上に張り巡らせました。
47 バランス・オブ・パワー(勢力均衡)とは何ですか? 150
  大国間の軍事力を均衡させ、平和を維持することです。
48 抑止力としての軍事とは何ですか? 153
  平時の軍隊のことをいいます。
49 仮想敵国とは何ですか? 156
  参謀本部が想定する敵国です。
パート6 戦争はなぜ起きるのか?  159
50 ルーズベルトが日本を真珠湾攻撃に誘導した、という説は本当ですか? 160
  陰謀史観と呼ばれるもので、デマです。
51 『帝国主義論』とはどのようなものですか? 162
  レーニンが主張した荒唐無稽なものです。
52 ヒトラーはなぜユダヤ人をあのように嫌ったのですか? 165
  ヒトラーは第二次大戦を自分が引き起こしたのではなく、ユダヤ人が引き起こしたと信じていました。
53 資本家が戦争を引き起こすというのは本当ですか? 167
  いいえ。「金持ち喧嘩せず」が真実です。
54 アメリカは石油狙いで湾岸戦争やイラク戦争を始めたのですか? 170
  近代戦争は「物資(資源)」「金銭」「不動産」狙いでペイするほど安価なものではありません。
55 軍人は好戦的というのは本当ですか? 172
  いいえ。軍人は戦争に臆病です。
56 戦前の日本は統帥権が独立していたため、軍部が暴走したといわれますが… 175
  戦前の日本では「統帥権」はよく機能しませんでした。
57 テロは戦争の原因になるんでしょうか? 178
  テロを仕掛けられたら、国家は何かをせねばなりません。
58 テロの連鎖、または報復合戦とよくいわれますが、実在しますか? 180
  テロと懲罰攻撃の繰り返し、すなわち暴力の連鎖は懲罰攻撃が原因ではなくて、攻撃が徹底的でな
  く、テロリストを根絶できないためです。
59 テロの連鎖と同様に、クーデターの連鎖も起きるようですが… 183
  クーデターが成功した国、テロリストが目的を達成した国は、クーデターとテロの連鎖に見舞われます。
60 偶発戦争とはどのようなものですか? 185
  偶発戦争はありません。
パート7 戦争の勝ち負けはどう決まるか?  189
61 勝ち負けのない戦争というのはありますか? 190
  「この戦争に勝者も敗者もない」とは文学的表現にすぎず、戦争には勝敗があります。
62 戦争の勝敗は、どのようにして決まるのですか? 193
  参謀本部や野戦軍司令官が「敗北」と認めた方が敗者です。
63 戦争に勝った方は敗者を好きなようにできるんですか? 195
  いいえ。戦争が終了した段階で戦時国際法は適用にならず、駐留軍兵士は現地の民法に従う必要が
  あります。
64 戦争に勝って、領土が増えるといいことがありますか? 198
  領土が増えると、そこに軍隊を駐留させる必要があり、費用負担が発生します。
65 戦争が終わると捕虜はどうなりますか? また今まで捕虜は公正に
 取り扱われていたんですか? 201
  休戦交渉が妥結した段階で捕虜の返還作業に入らねばなりません。また、これまでの戦争で捕虜が
  公正に取り扱われていたとはいえません。
66 平時に他国に軍隊を駐留させることは、得策ですか? 203
  平時に五個師団以上、他国に軍隊を駐留させることができた国はアメリカとソ連しかありません。
67 太平洋戦争と大東亜戦争、どちらの呼び方が正しい? 206
  大東亜戦争には、太平洋戦争で日華事変を解決したい、という陸軍の思惑がこめられています。
パート8 武器の進歩で戦術はどう変化したか?  209
68 騎兵は実際の戦争では活躍できたんですか? 210
  騎兵の戦術は変化しましたが、火力に抗すべくもなく、内燃機関の発達とともに消滅しました。
69 産業革命以降、戦争はどう変化したんですか? 212
  汽船の時代に入り、海軍国が有利になりました。
70 第一次大戦はなぜ長期戦となったのですか? 215
  鉄道時代に入り、本格的内線作戦が可能となったためです。
71 第一次大戦や戦間期の戦争は、なぜ戦死者が多いのですか? 218
  ボルトアクション式小銃と機関銃、駐退機つき野砲が出現したからです。
72 ドイツの電撃戦とはどのようなものですか? 220
  戦車を集中使用した機甲師団によるものです。
73 核兵器の発明により、戦争は変化しましたか? 223
  大国間の戦争がなくなりました。
74 ハイテク兵器により、戦争は変化しますか? 226
  機甲師団は過去のものとなるでしょう。
パート9 戦争をなくすにはどうしたらよいか?  229
75 平和運動や反戦運動は、戦争防止に効果がありますか? 230
  いいえ。平和運動は、戦争の発生を促しかねない危険な政治運動です。
76 日本が国連活動に参加することは「平和」に役立ちますか? 233
  いいえ、役に立ちません。
77 「終わりのない戦争」というのは存在しますか? 235
  戦争とは必ず始めと終わりがあり、永久戦争は存在しません。
78 戦争の終わりとは何ですか? 238
  戦争は普通、休戦協約の成立をもって終了します。
79 戦争賠償金とは、どうやって決めるんですか? 241
  戦争賠償金は戦費をもとに算出されます。
80 なぜアメリカは「無条件降伏」を言い出したのですか? 243
  「無条件降伏」の例がアメリカ国内史上にあったからです。
81 民族・人種によって「戦争に弱い・強い」はありますか? 246
  国民によって「戦争に弱い・強い」はありますが、民族・人種には関係ありません。
82 軍国主義とは、どのようなものですか? 249
  第一次大戦前のドイツに現れた傾向をさします。
83 文明の対立による戦争が、これからの主流になるのですか? 251
  文明の対立による戦争など過去になく、これからもないでしょう。
84 普通の国は、どのくらい戦争をつづけられるものですか? 254
  普通の国は五年を超えて戦争をつづけることは困難です。
85 戦争経済とは、どのようなものですか? 257
  戦争経済は戦後もつづき、相当長く爪あとを残します。
86 どのような国が戦争になりやすいのですか? 259
  隣国同士です。
87 戦争を起こさないためには、どうしたらよいですか? 262
  先制攻撃をさせないことです。
88 今後、大きな戦争が起きるとすればどこですか? 264
  起きるとすれば、極東でしょう。 あとがき
 日本が一番近い過去に、他国から侵略(計画をもって、他国から第一撃をうたれること)されたのはいつでしょうか?
 それは、一九三七年八月一三日、上海において、蒋介石直属の八八師が上海の帝国海軍陸戦隊(上陸)本部を攻撃したときです。この時、蒋介石は動員・集中・開進・作戦までの明確な戦争計画をもっていました。直前の七月七日、盧溝橋で誰が鉄砲を撃とうが、戦争とは直接関係ありません。なぜならば、そこに作戦計画がないからです。
 ところが、大多数の日本人はこの戦争が帝国陸軍によって、または重臣層、支配層など得体の知れない力の複合作用によって始まったと解釈しています。これは、戦争についての理解に混乱をもたらします。
 学校教育によって、そのように教えられているわけですが、日本人以外はそのように思っていません。東京裁判でも満州事変や太平洋戦争の開始は訴因となっていますが、日華事変(支那事変)はそうではありません。日本の教科書と異なり、連合軍も日華事変の開戦原因は蒋介石にあり、とみなしていたわけです。中国人は現在でも、この攻撃を記念して、日華事変のうち上海から南京までの戦いを、八・一三淞滬抗日戦と呼んでいます。
 蒋介石の国府軍は、地方軍と呼ばれた軍閥軍、官軍と呼ばれた直系軍あわせて三〇〇万人の兵員がありました。ところが、この当時帝国陸軍の常備兵力は、三〇万人ほどにすぎませんでした。この比較が蒋介石をして、隠微な計算をさせたことは疑いありません。
 もちろん、帝国海軍は圧倒的でした。三〇〇万人とはいわず、中国兵百人も日本本土には上陸できなかったでしょう。にもかかわらず、帝国海軍は抑止力とならなかったわけです。
 そして、この陸上における軍事力格差は、現在も変わりありません。人民解放軍は二五〇万人の兵力をもちますが、陸上自衛隊は一八万人ほどです。
 ではなぜ日本は太平洋戦争終了後、中国から侵略をうけなかったのでしょうか?
 これは台湾と韓国が緩衝国家として機能し、日米軍事条約が存在したからです。蒋介石が攻撃してきたときは、無条約時代かつ国際連盟からも脱退した時期にあたっていました。
 日華事変と太平洋戦争の開始には関連があります。そして、もし太平洋戦争後、日本がアメリカとの条約を破棄し、中立もしくは中ソと同盟を組んだならばどうなっていたでしょうか?
 韓国や台湾の安全保障は重大な脅威にさらされたことでしょう。背後や側面に仮想敵国で囲まれ、アメリカは一万五〇〇〇キロの大洋を隔てています。例えば、北朝鮮が再度南進を企てた場合、韓国やアメリカは日本に対しどのような軍事方針をとるでしょうか?
 ある程度以上の国が独自外交や主体的な外交を行なうことは、いわば戦争を覚悟することです。
 反面、例えばシンガポールやマレーシアのような小国はいくらでも独自外交ができます。何を喋ったところで、どの国も影響をうけないからです。
 それでは今回のイラク戦争についてどう考えるべきでしょうか?
 戦争原因については、はっきりしています。イラク戦争はアメリカが第一撃をうつことにより始まりました。アメリカの侵略です。
 ただ、金日成の朝鮮動乱や 小平の中越戦争と、ブッシュのイラク戦争が違うのは、「人道介入」「テロへの反撃」の要素があることです。金日成や 小平は「朝鮮統一」「教訓を与える」ため戦争を始めたのであって、「人道介入」などの要素はありません。
 侵略者への反撃ができないとすれば、世界は侵略行為=戦争で満たされます。テロへの反撃も同様です。人道介入は、悪逆非道な統治を内政とみなさず、解決しようということです。
 サダム・フセインのイラクが「かつて侵略戦争を実行し」「テロリストを匿い」「悪逆非道に統治した」ことは否定できません。つまり問題は、アメリカの侵略がこの後者二つを理由に、国際法上許されるかという点です。
 国際連合は関係ありません。アフリカの聞いたことがない国の判断が決定的な安全保障理事会は意味をもちません。さらに、中国が常任理事国をやっています。この国は台湾の武力統一を公言している国です。しかも、国連加盟後も理由のない侵略戦争をやっており、安全保障問題に口を挟む資格はありません。
 安全保障理事会、強いては、国連は機能するようにできていません。
 結論をいえば、「人道介入」「テロへの反撃」は程度問題です。つまり、解決のためのコスト=戦争のコストが許容できるかという点です。ただ、アメリカはラムズフェルド戦略の採用により、コストが下がっています。
 この戦争のコストが下がっているという点に一番敏感に気づいたのがフランスでした。
 フランスは「戦争を国策としない」、すなわち「外交紛争を戦争で解決しない」という近代国際法のもととなったロカルノ条約をドイツと結び、次にケロッグ・ブリアン条約をアメリカと結んだ国で、いわば提唱者です。戦争のコストが下がったことにより、原則が揺らぐことを恐れました。
 一方、ドイツの政権政党SPD(ドイツ社会民主党)は「平和主義」が党是であって、日本の旧社会党と似た立場をとっています。このため同床異夢ながらフランスに賛成しました。そして、ロシアは「力の外交」の信奉者ですから、ただアメリカ反対のために仏独に組しました。
 G5(日・米・英・仏・独)プラスロシアの中では、日英はアメリカに賛成しました。日英の賛成の主旨は、アメリカを孤立させるべきではなく、G5として結束を保つべきだという点にありました。
 そして、イラク戦争の外交で世界が注目したのは、このG5プラスロシアの決定のみでした。例えば安全保障理事会のキャスティングボートをとりそうになったアンゴラが、最後にどのような方針をとったのか、誰も興味をもちません。
 イラク戦争自体は必ずしも重要ではなく、「ならずもの国家」の一つが倒れたにすぎません。
 ただ、イラク戦争の外交は、今後の世界の外交のあり方、または世界そのものを決定する可能性があります。ある大国が小国に対し「人道介入」「テロへの反撃」による戦争を決心したとして、他の大国が、それを止めるため武力介入する時代は去りました。
 それでも、イラク戦争で日英ともにアメリカに反対したら? それでもアメリカが開戦したならば?という設問は残ります。この設問は、今後の「危機」においても繰り返されることになるでしょう。
 そして、G5プラスロシアの国の顔ぶれは、オーストリア=ハンガリーを除いて第一次大戦前の「列強」の顔ぶれと変化がありません。日本が単に極東のみの安全保障を考え、東亜新秩序を構想し、欧米諸国の介入を恐れるといった時代は、とうに終了しています。すでに政治家は、世界の中の日本、世界史の中の日本史に気づいていますが、国民も極東の辺境意識を棄てねばならないのでしょう。
 本書をまとめるにあたって、貴重なご示唆をいただいた軍師兵頭二十八氏、さまざまな点でご教授いただいた遠藤宏信さん、江藤真一さん、そして最後に並木書房編集部に厚く感謝申し上げます。
 二〇〇四年一一月
                                       別宮暖朗
別宮 暖朗(べつみや・だんろう)
1948年生まれ。東京大学経済学部卒業。西洋経済史専攻。その後信託銀行に入社、マクロ経済などの調査・企画を担当。退社後ロンドンにある証券企画調査会社のパートナー。歴史評論家。ホームページ『第一次大戦』(http://ww1.m78.com)を主宰するほか『ゲーム・ジャーナル』(シミュレーション・ジャーナル社)に執筆。著書に『中国、この困った隣人』(PHP研究所)、『戦争の正しい始め方、終わり方(共著)』『「坂の上の雲」では分からない旅順攻防戦』『「坂の上の雲」では分からない日本海海戦(近刊)』(並木書房)がある。