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本書を推薦します!
田宮栄一(元警視庁捜査第一課長)
本書は、警察官や治安担当関係者にとっては学習書として、報道関係者にとっては取材の節度を研究する資料として、そして一般読者にとっては知られざる世界を理解する教養書として、必読の書といえる。犯罪がグローバル化している現状では、一国治安主義はもはや通用しない。外国で発生しているテロ行為が、いつ自分の身近かで発生するかわからない。テロに取り組んできた諸外国治安機関の経験と対策を学ぶ者には、貴重な文献となるだろう。こういう良書に親しむことこそ、自分自身のための危機管理の第一歩となる。座右に置く必読書としておすすめする。

はじめに
 二〇〇二年九月一四日発生した二丈町立てこもり事件は、九歳の人質が殺害されるという最悪の結果に終わった。この事件を手痛い教訓とした警察庁は、現在、立てこもり事案に対する対策強化をおこなっている。ソフトオプションとして、立てこもり事件専門の人質交渉官の育成を始め、ハードオプションとしての強行突入のノウハウを研究している。
 しかしながら、現在の対応で十分とは言いがたい。日本の警察を客観的に分析してみると、避けては通れない問題があるからだ。
 それは警察自体がいまだに「過去の呪縛」によって、身動きできない点にある。一九七〇年の「ぷりんす号」シージャック事件がそもそもの原因だ。観光船乗っ取り犯を狙撃した警官が殺人罪で訴えられて以来、射殺という行為を「自己規制」しているように思えてならない。
 二〇〇〇年五月に発生した西鉄バス乗っ取り事件でも同じことがいえるだろう。確かに未成年の犯人を排除することは論議を呼ぶことから、生かして逮捕したいという心情も理解できる。
 しかし、第一に考えなければいけないのは人質の安全だ。危険度が高い状況にもかかわらず、警察が指をくわえて傍観していることは二次的被害を拡大させる恐れがある。
 二丈町立てこもり事件も同じことが起きたと見るべきだろう。県警幹部は報道機関の質問に対し、「突入準備をしていたが、窓にバリケードを張られ、内部の様子が分からなかった」と説明している。
 こうした意見がまかり通るのであれば、強行突入は「人質と犯人がどこにどんな状態でいるのかが、目視できる場合」に限って使用するオプションとなってしまう。それ以外は、人質の安全は保証されないことになる。
 二丈町立てこもり事件を冒頭で取り上げたのには理由がある。
 私は過去の経験を生かし、一九九六年に『SWATテクニック―警察特殊部隊のすべて』(並木書房刊)を発表した。この本は一般読者だけでなく、第一線の現場でも読まれていた。
 ここに大きな思い違いがあった。当時の状況は、さまざまな理由から情報の開示が困難な時期だった。あいまいにせざるを得なかった部分もあり、見た目にも派手なハードオプションである「強行突入」に絞って解説したことによって誤解が生じたかもしれないことだ。
 本来、立てこもり事件は、適切な人質交渉がなされれば、八〇パーセント以上の確率で安全に解決するものである。しかし、前述の本では、事件解決のカギを握る「人質交渉」について、ほとんど解説を加えなかった。
 だからこそ、本書『警察対テロ部隊テクニック―人質交渉から強行突入まで』では、人質救出作戦の全容を一部始終を明らかにすることにした。前著の反省からだ。
 こうした文献を出版すると、関係各所を含め、情報開示に否定的な立場の人々からクレームがくるのも承知している。「知識と技術が公開されると、犯罪者にヒントを与えるので好ましくない」という、彼らの考え方にも一理ある。
 しかし、私としてはこれ以上、情報を制限することは逆に危険を高めることにつながると判断した。皮肉にも二丈町立てこもり事件で、それが証明されてしまったからだ。
 対処する側が手の内を隠せば隠すほど、犯行を起こす側は過剰な暴力に訴える危険が高くなる。相手は人間であり、恐怖を感じている。その結果、暴力で恐怖心を抑えようとしてしまうケースもよくあるからだ。
 立てこもり事件は、犯行を起こした人間が暴力犯罪者なのか、テロリストなのかによって、状況はまったく異なる。警察が基本的な戦術を明かそうが、明かすまいが関係ないのだ。なぜならいかなるケースでも、まずは相手(犯人側)のルールで動き出すことにならざるをえない。
 そうであるならば、逆にこちらの手の内を明かして、相手を安心させたほうが得策である。相手の感情を抑圧した結果、暴発されてしまうより、はるかに状況をコントロールしやすくなる。
 立てこもり事件は警察と犯人の心理戦である。二丈町立てこもり事件で、警察がどう動いていれば、人質になった志歩ちゃんを死なせずにすんだのか? 犯人とどう交渉していれば良かったのか? そしてどのタイミングで強行突入に転じていれば、無事に父親の元に戻ることができたのかを、本書を読んでいただければ、多少なりとも分かっていただけると思う。
 また、法執行機関関係者の方々には立てこもり事件が発生したときのガイドラインとして、本書が参考になることを願っている。現場で役立つように、普遍的な項目を中心に執筆したつもりである。


目  次
序章 なぜ人質は殺害されたのか?(二丈町立てこもり事件)……1

第1章 警察対テロ部隊とは?………………………………13
人質事件の加害者と被害者  13
警察対テロ部隊のチーム編成  16
人質事件解決までの手順とは?  19
西ドイツ「GSG9」の誕生――警察でも軍隊でもない組織  22
アメリカ「SWAT」の誕生――凶悪事件発生でロス市警が創設  24
日本「SAT」の誕生――国際批判からの出発  28
日本の対テロ部隊に必要なものは?  29
警察対テロ部隊志願者を選抜する  32
警察対テロ部隊のトレーニング  35
対テロ部隊の新しい戦術CQC  38

第2章 警察対テロ部隊の火器………………………………42
任務に応じて小火器を使い分ける  42
拳 銃――任務に応じて回転式か自動式を選ぶ  44
 堅牢なリボルバー(回転式拳銃)――CQC近接格闘術との併用で復活  46
 シグP226――プロ好みの高性能銃  48
 ベレッタ92シリーズ――可もなく不可もなく  50
 グロック――新世代安全装置の落し穴  52
 コルトM1911――頑固者の相棒  54
短機関銃――一気に制圧するための強力火器  56
 ヘッケラー&コッホMP5――警察対テロ部隊の代表選手  57
 コルト短機関銃――期待はずれの暴れん坊  60
 ウージ――だれでも安全に扱える銃  62
自動小銃――用途に応じてさまざまなタイプが存在  64
 HKシリーズ――完璧な武器システム  66
 M16シリーズ――警察対テロ部隊の定番  68
散 弾 銃――もっとも用途の広い万能火器  70
 レミントンM870――確実に作動する守護神  73
 ベネリ・スーパー90――突入作戦の必需品  74
狙撃システム――改造して性能をたかめる  77
 レミントンM700――伝説の狙撃システム  79
 一二・七ミリの大型狙撃銃バーレット――ジャンボ機の風防も撃ちぬく  82

第3章 警察対テロ部隊の装備……………………………85
CQB戦術とCQC戦術の違い  85
身体装備――抗弾ヘルメット、ゴーグル、出動服の選択  88
抗弾ベストと突入ベスト――犯人の武器を査定して選ぶ  92
ナイフ――活殺自在に相手を倒す  95
ホルスター――犯人に拳銃を奪われないタイプに改良  97
通信機材――携行しても極力使用しない  99
弾 薬――状況に応じて使い分ける  102
小型ライトと光学照準器――長所と短所を理解して用いる  104
射撃スコープ――一発必中を支える高性能スコープ  108
暗視装置と熱源探知装置――一長一短があり、必備の装備ではない  110
非致死性装弾と特殊閃光音響弾――傷つけずに逮捕する  113
強行突入用装備――ドアや窓を破壊して突入する  116

第4章 人質交渉………………………………………………………………………………121
犯人の心理に迫り、動機をさぐる  121
さまざまな犯罪者に接して経験を積む  124
直感を信じ、異変を感じ取る  127
犯人に逆らわず、聴き役に徹する  128
犯人との間に信頼関係を築く  132
犯人と協力しながら事件を解決する  136
理解しても、犯人には同調しない  139
もっとも危険な瞬間を乗り切る  141
人質交渉の限界とは?  144

第5章 強行突入………………………………………………………………………………146
犯人の心理を読むものが勝利する  146
二秒ルールで反撃を断つ  149
恐怖は克服するのではなく、飼い慣らせ  153
マイナス思考を捨て、前向きに取り組む  156
携行火器が動作不良になったら?  160
敵の死角を利用して接近する  162
幽霊のように、音を立てずに歩く  165
身体の動きと声で意思を伝える  168
強行突入に用いられる二つの戦術  172
室内にいる者はすべて脅威と見なす  175
作戦を成功に導くKISSの法則  178
乗っ取り犯を制圧する  182
現実的に考え、安全な方法で制圧する  184
おわりに  189

毛利元貞(もうり・もとさだ)
暴力の予測・危険度の分析・対処を専門とする(有)モリ・インターナショナル代表。警察対テロ部隊で人質交渉や強行突入を教授していた経験を活かし、企業や警備会社に「安全に関する助言」をおこなう。政策研究所やノーベル平和賞受賞者に対する身辺警護対策も担当。同社の暴力犯罪対策室では、カウンセラーや弁護士などの賛同アドバイザーと共に「危険度の分析プログラム」を用いた助言を実施し、ストーカーや家庭内暴力などの一般相談に応じている。2002年にPDSアカデミーを創設。以後国内外において自己防衛やメンタルケアを含む対人コミュニケーションに関するワークショップを幅広く開催している。著書に『犯罪交渉護身術』(並木書房)、『犯罪交渉人』(角川書店)、『凶悪テロ 防衛マニュアル』(青春出版社)など多数。そのほか心理学関係誌や官庁関係誌への寄稿がある。
連絡先は 〒231-0012 神奈川県横浜市中区相生町3-63MBE307(有)モリ・インターナショナル暴力犯罪対策室 http://www.pdsacademy.com/

警察対テロ部隊テクニック
―人質交渉から強行突入まで―
2003年9月15日 印刷
2003年9月25日 発行