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「まえがき」にかえて
文民のための戦争ギョーカイ早わかり講座

 世の中には、その業界のインサイダーにならないとなかなか理解のできない職業があります。警察官や外科医などもそうでしょうが、わけても軍人(自衛官)の世界は、戦後のわが国において、分かりにくいんじゃないでしょうか? 義務教育でも、高等教育でも、誰もそれを教えてくれませんから。
 にもかかわらず、今の日本国の制度上のタテマエでは、軍事をとりしきるのは文民(=職業軍人でも宗教家でもない俗人)――特にその代表たる総理大臣や閣僚、それに国会議員である副大臣、政務官、関係委員など――と定められています。
 それで結局どうなってしまっているのかと見れば、外務省や防衛庁(背広組)のエリート官僚たちが、文民政治家に、軍事にかかわる国策の「指導」を行なっている。選挙と無関係に、地位と身分がガッチリと守られている高級国家公務員が、国民に対して何ら責任を取らなくて良い立場から、日本の外交政策・軍事行政を操縦しているのです。これは、戦前に陸軍エリートがやっていたことと、まるっきり同じ。
 しかも恐ろしいことに、戦後のわが国では、高級官僚が米国や中国など諸外国に取り込まれて、その手先となって策動していることがとても多いのですから、これでは私たちの未来には、自由も民主主義もあり得ません。
 そんな売国役人どもにコントロールされる族議員となることなくして、一冊の本を読んだだけで、同盟国や敵国や「近隣諸国」と対等に渡り合うための「軍事行政の勘所」について基本的な「世知」を学べてしまえるアンチョコは、どこかにないものでしょうか?
 この本は、そこまで完成された参考書ではありませんが、政治家、もしくは将来なんらかの形で日本の国策に責任をもってコミットしていこうと志しているみなさんが、記憶の片隅に入れておけばきっと役に立つ「予習読本」となっています。
 もし日本が、少数の修業のできた貴族が導いてくれる「アリストクラシー(貴族政治)」体制の国家ならば、一般の国民はいくら馬鹿になっていても大丈夫です。しかし戦後の日本人が「デモクラシー(民主主義)」体制を選び取るのである以上は、みなさんの全員に、良い本をたくさん読む義務があるでしょう。なぜならば、国民が「メディア・リテラシー」(番組や印刷物などを見たときに、その制作者側の裏の事情、宣伝の真の意図のあるところを見破ることのできる力)を身につけるためには、言語能力を磨き上げる他にないからです。もしそれを怠っているならば、私たちはいつのまにか、外国人によって飼育される家畜も同然の存在に、落ち込んでしまうでしょう。
 どうか皆さんは、この本だけでなく、良い本をできるだけ読んで欲しいと思います。


目  次

「まえがき」にかえて
文民のための戦争ギョーカイ早わかり講座

パート1 軍人の足もとを見よ 13

文民は軍人の足元を見るべし 14
持っている武器で、その兵隊の「背景」が分かる 16
「拳銃」はどのくらい頼りになるのか? 18
将校の顔の刀傷は「根性」のしるし 20
戦前の警察治安装備と武器使用の心得 22
短剣から警棒へ。終戦直後の警察装備 24
一七〇種類の拳銃!復興期の警察装備 26
軍隊の力を借りずに治安を守りたい 28
「軍隊に近い警察」と「警察に近い軍隊」が必要 30
「軍国主義」と「軍部独裁」の違い 32
警察主導で再編された「日本陸軍」 34
政治家の命を守る大原則とは? 36

パート2 兵器の基礎知識 39

兵器の外見は中身以上に物を言う 40
「買う」ことで「安上がり」になることは基本的にない 42
「自動小銃」と「機関銃」はどこが違う? 44
「機関銃」と「サブマシンガン」を混同するな 46
古代帝国の陸上機動手段と武装 48
主力戦車と「戦車モドキ」の違い 50
装輪と装軌はどちらが使えるか? 52
対ゲリラ掃討局面でのAFVの使い方 54
特殊作戦とヘリコプター 56
ヘリに合わせて装備と作戦を考える 58
輸送機と貨物船の基礎知識 60
戦車を大量に運ぶなら民間貨物船を使え 62
ミサイル原潜の工期とコスト 64
イージス艦は「トマホーク発射艦」ではない 66
艦載レーダーはどのくらい「見える」か? 68
非誘導の通常爆弾からスマート爆弾へ 70
ゲリラの撹乱攻撃用ロケット弾 72
地雷の探知・除去に自衛隊の出る幕はない! 74
自動車テロへの備え 76
中国大陸における日中化学戦の実態とは 78
神経ガスから神経剤へ。恐怖の兵器に変身 80

パート3 戦争指導の勘どころ 83

戦争を学習するに役立つ映画・劇画はあるか? 84
一国の防衛にかかわる兵員数は? 86
編制に見る攻撃的軍隊と防御的軍隊 88
初陣でショックを受けないための耳と目の訓練 90
訓練を実戦に近付ける着眼を持つべし 92
米軍の開戦パターン 94
戦争を始めるタイミングはどこで決まるか? 96
敵国の指導者に対する「狙い撃ち」作戦 98
「負傷者三に対して死者一」の法則 100
死傷者数と大衆政治 102
スイス式「国民総ライフルマン計画」 104
幼児と老人と日の丸、出征「見送り」の勘所 106
国民は国家に反乱を起こす権利がある 108
「独立国は対等である」が通用しないアジア世界 110
日本人がすぐに陥る外交上のホモセクシュアリズム 112
英軍人ベーデンパウエルの情報の勝利 114
開戦の根回しと奇襲と自己正当化 116
敵国軍・独裁政権を弱くしすぎてもいけない 118
石油や食糧を禁輸されて降参する国はない 120
統制経済は有事の際の「借金力」を減らす 122
戦争に必要なものは「金、金、金…」 124
地政学から「科学」を取り出す試み 126
膨張主義を乱暴に正当化した「地政学」 128

パート4 戦後政治の枠組み 131

主演アメリカ、演出イギリスの欧州史 132
NATOへのドイツの参加とワルシャワ条約機構 134
アメリカの対日、対独政策の根幹とは 136
中国には「政治」はあるが「行政」はない 138
ソ連の原爆完成と中ソ同盟 140
ICBM開発と中ソの蜜月の終わり 142
相次ぐ核武装国家の誕生 144
鉄のカーテンの向こうに追いつめられた軍事大国 146
「チャイナ・カード」が色褪せるまで 148
再び米中敵対の時代 150
米国と断絶してまともな国でいるのは難しい 152
我々は戦前の人間より「科学的」と言えるか? 154

パート5 情報と分析と管理 157

無人偵察機はあらゆる部隊レベルで重宝だ 158
黒い偵察機U‐2の孤独なミッション 160
科学技術の大実験は「政治ショー」の一部だ 162
宇宙からの偵察の始まり 164
「空中からの世界管理」という発想 166
「見られない」ことより「さとられない」こと 168
「見る」ことより「さとる」こと 170
軍備管理の最も確実は方法とは? 172
ゲリラ情報の取り方と討伐のやり方 174
旧軍が最後に到達した「ゲリラ戦の真諦」 176
平和は目的だが、ゴールではない 178

パート6 都市防空 181

空爆だけで目標を達成する可能性は低い 182
誤爆をしたら謝るべきなのか? 184
B‐52戦略爆撃機の仕事 186
無差別都市爆撃は禁止だが… 188
コラテラル・ダメージと都市無差別爆撃 190
クラスター爆弾と、距離と威力の法則 192
薄肉爆弾と「ブロック・バスター」 194
燃料爆弾「デイジーカッター」の正体 196
目的指向の英国流爆弾 198
「ディープ・ペネトレイト」の非核爆弾 200
都市の防空の勘所 202
防空耐火構造に関する常識 204
核兵器使用のリアリティ 206
核の使用後を想定できる精神力 208
CEP(半数必中界)とサバイバビリティ 210
人数は少なく、基地は多くするのが良い 212

兵頭二十八(ひょうどう・にそはち)
1960年長野市生まれ。小学校時代から戦史を多読する。陸上自衛隊第2戦車大隊(上富良野)に、通信士として2年間勤務。東京工業大学大学院卒。修論は『戦理研究序説―対抗不能性の概念を中心に』(1989年)。ミリタリー雑誌の記者等を経て、劇画の原作シナリオライター兼軍事研究家。著書に『日本の陸軍歩兵兵器』(銀河出版)、『軍学考』(中央公論新社)、『パールハーバーの真実』(PHP研究所)、『武侠都市宣言』『地獄のX島で米軍と戦い、あくまで持久する方法』『日本人のスポーツ戦略』(以上、四谷ラウンド)、『日本陸軍兵器資料集(編著)』(並木書房)ほか多数。
小松直之(こまつ・なおゆき)
1965年秋田県生まれ。文学座研究生などを経て、94年より「月刊コミック・アレイ」(マガジン・ハウス)誌上に『電脳巡警』を連載。兵頭氏との共著に写真&イラスト集『日本の高塔』、伝記コミック『イッテイ―13年式村田歩兵銃の創製』(いずれも四谷ラウンド)がある。

学校で教えない 現代戦争学
―文民のための軍事講座―

2002年9月20日 印刷
2002年10月1日 発行

著 者 兵頭二十八
作 画 小松直之