目 次
はじめに
第1章 「抑止力」の概念を放棄した日本 11
自衛隊は強い? 11
軍事力の第一の機能は抑止力 14
抑止力の機能を放棄した日本国憲法 16
「抑止」概念の誕生 18
効果がなかった?核兵器による抑止力 21
戦いをできるだけ遅らせるための軍備 23
相対的に評価されなければならない武力と軍事力 25
軍事力を構成する一〇の要素 28
客観的評価は科学的評価 31
抑止力の概念が機能しない場合もある 32
第2章 戦争をしない軍隊は強くないという矛盾 38
戦術の基本は奇襲にある 38
戦略目的なき奇襲作戦は失敗する 40
自分が経験するまでなかなか他人の経験を応用できない 43
中東戦争の教訓を生かせなかった阪神・淡路大震災 46
実戦における人間の心理を考えていない自衛隊の戦車 49
大急ぎで甲板の木をはがした英海軍 53
英米海軍の教訓を目の前にしても採用しない海上自衛隊 58
柔軟性がある「強い軍隊」 66
ベトナムのMiG‐21が銀色である理由 72
亡命戦闘機から分かる北朝鮮軍の実力 76
朝鮮戦争当時と変わらない北朝鮮軍の戦術 81
電子戦を考えていない北朝鮮海軍 84
現代戦に適した装備を持たない北朝鮮軍 87
自分を知っても弱点を必ず突かれる 89
戦争が予想通りに運ぶことはまずない 91
第3章 防衛的な兵器など存在しない 94
侵略軍を自称する軍隊はなく、侵略者は常に平和的である 94
自衛隊が持てる装備の限界 96
「攻撃型空母」と「防御型空母」の区別はない 99
「空母」と呼ばれるのを避けた新DDH 103
「戦闘艦」にこだわった新DDH 108
世界の海軍で使用されている多目的ヘリコプター空母 110
地対空ミサイルでも攻撃用途に使える 116
実験では実戦状態を再現できない 119
米国製兵器が売れる理由 127
第三世界に輸出すれば実戦で使われる可能性が大きい 133
技術や経済力があっても開発できない場合がある 138
日本は独力でTMDを開発できない 140
H‐2ロケットはICBMになり得ない 144
世界は日本の宇宙開発能力自体に注目している 149
廃絶が期待できない生物・化学兵器 153
実験できない生物・化学兵器 157
テロ攻撃の手段として 162
新しい技術、新しい兵器 165
第4章 日本の軍事力 169
定量化できない質の差 169
規定できない自衛力と自衛権行使の範囲 173
EUの独自軍保有構想と現実 176
冷戦が終わって可能になった基盤的防衛力整備構想 179
世界第二四位の現役兵力 182
現代戦と予備役制度 184
自衛隊員の質と士気 186
イギリスを上回る日本の軍備 189
専守防衛型の日本、海外展開型のイギリス 192
世界第三位の兵器輸入国 198
実は比較が難しい国防費 202
日本は世界第二位の国防支出 205
強大な経済力と技術力 207
信頼性が問われる同盟関係 210
日本の核兵器開発能力と現実 212
第5章 日本の防衛力整備 216
「軍事における革命」 216
多国籍軍に勝利をもたらしたIT 220
ネットワーク中心の戦い 225
デジタル通信が可能にさせるネットワーク化の威力 228
RMAを構成する三要素 233
米軍とのRMA共通化 234
専守防衛に米国の装備は必ずしも適さない 238
冷戦後、沿岸防衛部隊を強化した国もある 243
陸海空自衛隊装備のネットワーク化 246
ネットワーク型戦車となるか?新戦車計画 249
平和維持・人道支援活動に必要な装備 253
世界は日本のPKO部隊の装備を気にはしない 256
平和維持・人道支援活動に割ける兵力は一割以下 260
ロボットでは難民救援はできない 264
軍隊だからこそできる平和維持・人道支援活動 266
国際貢献には通信・輸送能力が必要とされる 270
日の丸をつけた輸送機は士気の維持に有用である 273
長距離輸送機と自衛隊の海外展開能力 275
多目的輸送艦は軍隊輸送にも人道支援にも有用 279
平和維持・人道支援活動には他国軍隊との共同作戦が必要 284
集団的自衛権の解釈では国際貢献はできない 286
第6章 日本の安全保障と情報 291
インフォメーション・ウオーフェア(IW) 291
七種のIW 293
最もスマートなIWの方法 295
一発の弾も撃たずに相手を屈服させる 298
中国の超限戦構想 300
自分で研究しなければ分からない 303
情報は買えない 305
情報は全体を総合的に判断できるものでなければならない 306
対共産圏情報収集に全力を挙げた米国 309
エシェロン盗聴システム 312
通信衛星の盗聴と経済情報の収集 315
エシェロン基地を国内に許してきた日本 319
情報の価値を判断できる能力がなければならない 321
活動内容が国民に分からない情報本部 323
米国の早期警戒情報提供を断ってきた日本 329
フランスが独自の偵察衛星保有を決意した理由 332
映像情報は説得性が大きいだけに危険性がある 336
民間の画像衛星には頼れない理由 341
情報収集衛星の保有を決意した日本 344
米国の支援を求めた日本 347
日本が何をしようとするか分かってしまう 350
主権国家としての日本と外交の独自性 353
巻末資料1 1995年11月に制定された新防衛計画の大綱別表に示された防衛力の量的達成目標
巻末資料2 1996〜2000年度の中期防衛力整備計画の当初に設定された量的目標と、
経済状況と安全保障環境の変化に対応して1997年12月に修正された達成目標
巻末資料3「世界の正規軍と予備役兵力」(2000年)
巻末資料4「イギリスと日本の軍備比較」の表(2000年前半)
巻末資料5「世界各国の国防費と国内総生産(GDP)に占める割合」の表(2000年)
(本文一部紹介)
第1章 「抑止力」の概念を放棄した日本
自衛隊は強い?
著者は仕事柄、「自衛隊はどのくらい強いのですか」という質問をされる場合が多い。非常に漠然とした質問であるが、また日本国民として誰もが知りたいことであろう。
しかし、この質問をされると非常に困る。正直に「私にも分かりません」と答えるようにしているのだが、当然、訊ねられた方は非常にがっかりされる。一応、この分野で仕事をしている人間として申し訳なく思うものの、この質問にはおそらく誰も答えられないはずである。「強くあって欲しい」とは、日本の国民、そして納税者として誰もが思うことであろうが、何をもって強いと言うかが問題だし、見かけと実際とは違う。
だいたい「強い」の定義が不明確である。戦い(戦争)をして敵に勝つのが強いという定義なら、その場合の答えは簡単である。「実際にやってみなければ分からない」
それでは質問された方が納得できないであろうが、実際問題として、軍事力の本質は抑止にある。つまり戦いが実際に起こらないようにするのが軍事力の第一にして、最大、最重要な役割であるから、その役割が果たされている限り、前掲の定義による強いか弱いかは分からない。
一方、この抑止力という観点から見るなら、戦いが起こらない限り、その役割、任務は立派に遂行されていることになる。それで強いか弱いかは分からないにしても、結果としてその国(あるいは国以外の共同体や、複数国家による集団)以外の国や勢力が、その国が保有する軍事の力を高く評価しているという話になる。つまり、その国に軍事的手段によってこちらの意志を強要させようとしても効果がないか、強要できたとしても得られる成果に引き合わないだけの損害をこちらが受けると判断したためであり、それは「強い」と評価した結果に他ならない。
人命と財産、物質の損失が生じる戦い(戦闘)が現実に起こらずに目的が達成される(自分の生命や財産、利権が保持される)のが最上である事実に疑いはない。これまでの結果で見るなら、自衛隊は実際に戦闘を交えることなく(その戦闘力を行使することなく)、一応、日本の国民の生命と財産、そして日本国家としての利権を保ってきたのだから、立派にその第一の役割を果たしてきたと言える。
もちろん、この結果は一義的に自衛隊の存在だけに帰せるものではなく、日本の外交努力や、日米安全保障条約(による米国との軍事的関係)の存在、そして日本周辺の戦略環境条件(それが形成されるのはまた、自衛隊や日米安全保障条約の存在によるものであり、相互関係的であるが)も大きく関係している。それでも、自衛隊の「力」を、周辺諸国や世界が一定程度「評価」してきたのは間違いないだろう。つまり、それなりに「強い」と世界は認識してきた。
実際、後述するように、自衛隊の量的な大きさは世界でも有数のものであり、装備(武器、兵器)の性能も世界で第一級のものが多い。それを動かし、支える技術基盤、教育水準、経済力なども含めて総合的に評価するなら、自衛隊、そして日本の防衛力、あるいは軍事力は世界の中でも相当に高い位置にあると言える。つまり、抑止力として大きなものを持っている。
軍事力の第一の機能は抑止力
ところが、日本(日本国民)は憲法によって、自らその軍事力(軍隊)が持つ第一にして最も重要な役割である「抑止力」という概念を放棄してきた。
日本国憲法第九条にはこのように書かれている。
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
国の安全保障とは、他の国や勢力との間の相対的なものであり、たとえば領土の主権をめぐるような安全保障上の問題は国際紛争に属する話である。「紛争」が実際に戦闘を交えることだけを意味するのではなく、領土問題をめぐる国家間の確執をも紛争の一形態、ないしはそれにつながる現象とするなら、領土問題で相手から不条理な主張(一般的に領土問題は、それぞれの当事者が歴史的、法律的に一点の疑いもなく正当性があると考えているから、相手の主張は常に不条理である)によって自分の権利が侵害される、つまり実力を持ってその権利が奪われる可能性が生じる事態も国際紛争と呼べるであろう。
日本国民は、その憲法によって「陸海空軍その他の戦力」、すなわち「軍事力」の一環であり中心である武力を、そのような事態にならないようにする目的には使用しないとしているのだから、当初より軍事力の持つ抑止効果を放棄している。
軍事力が持つ抑止効果の基本は武力が持つ破壊力であり、相手側から見れば「威嚇」としての性格を持つ事実は否定できない。その軍事力に、国際紛争における抑止力を期待するのが「軍国主義」というなら、軍隊を持つあらゆる国、勢力が軍国主義という結論になる。その上で、実際に軍事力を行使するのと、行使せずにその存在をもって自分の正当な権利と安全を確保するのと、どちらがよいかという問題になる。要するに、その軍事力(ないしは軍隊)をどれだけ露骨な形で利用するのか、それとも保持することで無言の抑止機能を期待するのか、外交姿勢の問題であろう。
江畑謙介(えばた・けんすけ)
1949年生まれ。上智大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程修了。英国の防衛専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本通信員。著書に『兵器と戦略』(朝日選書)、『ロシア・迷走する技術帝国』(NTT出版)、『兵器マフィア』『殺さない兵器』(光文社)、『中国が空母を持つ日』『日本が軍事大国になる日』(徳間書店)、『世界軍事ウオッチング』(時事通信社)、『インフォメーション・ウォー』(東洋経済)、『日本の安全保障』(講談社現代新書)、『情報テロ』(日経BP社)、『使える兵器、使えない兵器 上下』『兵器の常識・非常識 上下』『こうも使える自衛隊の装備』(共に並木書房)他多数。
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