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●上巻目次

はじめに

パート1 陸戦用兵器の基礎知識

「戦車か装甲車か」―ロシア・クーデター騒ぎでの経験/戦車と自走砲は違う/形が似ているだけでは「戦車」とは呼べない/戦車といっても、どこでも走れる訳ではない/バズーカ砲と同じ原理の「対戦車榴弾」/火薬が入っていない徹甲弾/射撃統制装置=FCS/いろいろある暗視装置/戦車装甲の変化―ボイラー鋼板から空隙装甲まで/イスラエルが開発して世界に広まった「爆発反応装甲(ERA)」/イギリスがイランの注文で実用化した「複合装甲」/対核兵器とは限らないNBC防御機能/榴弾砲、カノン砲、ガン、ガン/ハウザー/「口径」が持つ二つの意味/意味のない「核砲弾を発射できる大砲」という表現/まず最初に行なわれる対砲兵戦/米海兵隊が実弾射撃訓練をする理由/五〜一〇%は不発弾/信管を外してしまえば安心/対人用地雷と対戦車用地雷は違う/地雷は地中に埋めるだけではない/軍事と平和復興で異なる地雷除去率/地雷探知機に引っかからない地雷/除去を妨げる機能を持つ地雷/チェーン式とローラー式の除雷装置/爆薬を使う誘爆除雷法/必要な地雷のデータベース/対人地雷全面禁止条約の意義/「金属弾?」「発射弾?」/軍用に便利な固体燃料ロケット・モーター/短時間に多くの鉄量を射ち込めるロケット弾/新世代の多連装ロケット弾発射機MLRS/バズーカ砲とは別物の無反動砲/混同されやすい擲弾と手榴弾/迫撃砲/突撃だけではない突撃銃/どうと言って違うものでもない、サブマシンガンとマシンピストル/自動拳銃と回転式拳銃

パート2 海戦用兵器の基礎知識

「戦艦」と「軍艦」は違う/軍艦と商船の重さは違う/コンバタント、サブマーシブル/「戦艦」の定義/軍艦には必ず装甲板が張られているわけではない/「巡洋戦艦」はすでに死語である/巡洋艦とは?/駆逐艦の起源と用途/難しいフリゲートという呼称/コルベットとOPVの違い/水上艦とヘリコプター搭載/ヘリコプター発着艦装置と搭載数/意外に広い甲板面積を必要とするミサイル発射機/大砲と爆風/魚雷艇が「進化した」高速攻撃艇FAC/意外に使いにくい水中翼艇とホバークラフト艇/存在しない「攻撃型空母」/金がかかる空母/陸上機とはまるで違う艦載機/カタパルトの話/空母用推進機関としての原子力/艦隊補給艦は外洋海軍の資格/多目的補給艦/難しい病院船の維持運用/唯一のVTOL機ハリアー/世界のV/STOL空母/欲しくても持てない空母/多目的強襲揚陸艦と艦隊旗艦を兼ねる揚陸指揮艦/強襲揚陸艦へのVTOL機搭載/輸送艦と戦車揚陸艦/「観音開き式」艦首構造の欠点/実用性に優れるドック型揚陸艦/ヘリコプター揚陸艦=ヘリ空母/機雷のいろいろ/起爆装置に応じた掃海法/主流になってきた機雷掃討方式/外洋掃海艦と沿岸掃海艇/掃海艇の船体が木造である理由/第一次大戦当時と変わらない通常動力型潜水艦の動力装置/スノーケル充電とAIP/高価で、不経済な原子力潜水艦/音がうるさい原子力潜水艦/原子力潜水艦の行動を制限するのは食糧/多目的の攻撃型原子力潜水艦/生き残ることが身上の戦略ミサイル潜水艦/潜水艦の船体構造と潜航深度/潜航する方法と潜水艦の形/潜水艦のプロペラ/吸音材とソナーと海洋観測艦の役割/最後に一回だけ使うアクティブ・ソナー/当たるまで時間がかかる魚雷/一度取り付けられると変えられない魚雷発射管/大変だった潜水艦との通信/士気にかかわる潜水艦救難態勢/ステルス艦

●はじめに

 自衛隊のほとんどの基地は、毎年その基地か、あるいはその基地に配備している部隊の創設を記念して一般公開している。「チビッコ・ヤング」と称して、子供たちや若い人たちを対象とした各種行事が開かれ、そのために基地が若者と限らず、一般人にオープンされる場合もある。
 もう一〇年ほど前の話になるが、全国紙のA新聞に九州のある母親からの投書が掲載された。それによると陸上自衛隊のある基地が創立記念日で一般に公開された際に、「装備品展示」と称して陸上自衛隊が使用している小銃や拳銃が展示され、しかも子供たちに触らせていた。子供を銃に触らせるなどとんでもない話だ、というのがその投書の主旨であった。
 もし、この母親が「民主主義は間違っている」と信じての投書をしたのなら一部、話は別となるが、そうではなく、民主主義を肯定するのであるなら、そして日本は民主主義国であるべきだと考えているなら、この投書の主旨は根本的に誤っている。
 民主主義国で、国民が、自分たちを守るべき組織として存在する軍隊(自衛隊)が、自分たちの税金でどんな装備を持ち、どんな訓練をしているのかを知らなければ(何もその装備や訓練の方法などを肯定せよと言うのではない)、いわゆる文民統制(シビリアン・コントロール)ができなくなる。
 軍隊が何を持ち、どんなことをしているのかに故意に目を瞑るなら、それは軍隊の独走を許し、自ら民主主義を否定するのに他ならない。知ることは国民の権利であると同時に義務でもあり、それは子供であろうが成人であろうが変りはない。好き嫌いは別として、現実に目を瞑っては、決して良い世界はできない。
 日本は残念ながら、前記の母親の投書のような論が通用し、常に国民、大衆の側に立って正確な情報を提供することを使命とするはずの報道機関が(すべてではないにしても)このような投書をあたかも肯定するかのように掲載しているのが現状である。新聞が「反面教師としてこの投書を掲載した」というのであるなら、明確に民主主義の基本を否定するこの投書に、それなりの解説を付け加えるべきであったろう。

 日本は第二次世界大戦(太平洋戦争)における経験の極端な反動として、大戦後は軍隊や兵器を(世界の常識から見て)異常とも形容できるほどに否定し、現実の必要性から軍隊(自衛隊)と兵器(武器)を持つようになっても、なお故意に、その存在と実態の理解を無視してきたように思える。
 しかし、現実の世界では自衛隊は成長し、今や世界でも有数の軍隊となり、その装備も世界でまた超一流に属するものを持つようになった。日本は一九九八年前半時点で、円の為替価値が下落してもなお、米ドル換算で世界第二位の国防費(防衛費)を支出し、イギリスを上回る通常兵器と兵士(自衛官)の保有量を誇っている。その事実は世界が知っているが、当の日本国民だけが、ほとんど認識していない。それでなお「二度と軍事大国にならない」、「平和が第一」とだけ唱えている。
 その程度であるから、残念ながら国民一般が持つ軍隊や兵器に関する知識は驚くほど少なく、したがって正確な情報を国民に提供すべきメディアの知識もまた貧弱で、多くの間違いや誤解に基づく情報が流されている。あるいは国民の軍事に関する知識を故意に利用した情報操作のための、客観性に欠ける情報の流布が行なわれている。これは民主主義にとって極めて危険な状態である。
 日本ではまだ、一般人が軍事や兵器に関する知識を持つことは、趣味の領域であるとか、変人と考える傾向が残っているが、ほんの些細と(日本では一般に)考えられているような兵器の種類の呼び方の間違いでも、情報としてはとんでもない大きな違いを意味する場合もある。
 また、まだ自衛隊が起こした事故や不始末に対しては、公平を欠くと思われるような強い非難が起こる場合が少なくない(もっとも、当の自衛隊も隠そうとする傾向がしばしば見られるから、責任の一端がないわけではないが)。その非難は時として、常識や現実を超えた無茶苦茶な内容や方向性を持っている場合がある。誤った、あるいは本質とは異なる非難は決して事態の改善に結び付かないし、もっと大きな見地から言えば、これも民主主義の否定に繋がる。
 以下は、現代の兵器を知る上で必要と思われる基礎知識と、一般にしばしば見られる兵器に関する誤解をまとめたものである。

●江畑謙介(えばた・けんすけ)
1949年生まれ。上智大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士課程修了。現在、英国の防衛専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員。著書に『兵器と戦略』(朝日選書)、『ロシア・迷走する技術帝国』(NTT出版)、『兵器マフィア』『殺さない兵器』(光文社)、『中国が空母を持つ日』『日本が軍事大国になる日』(徳間書店)、『世界軍事ウオッチング』(時事通信社)、『インフォメーション・ウォー』(東洋経済)、『日本の安全保障』(講談社現代新書)、『情報テロ』(日経BP社)、『使える兵器、使えない兵器 上下』『兵器の常識・非常識 上下』『こうも使える自衛隊の装備』(共に並木書房)他多数。