●「まえがき」にかえて
鉄道に乗る楽しみ
僕は鉄道が大好きだ。
列車に乗るのはもちろん、駅や沿線で列車を眺めるのもいいし、自宅で時刻表をくくりながらバーチャルトリップなんていうのもいい。模型の鉄道にすら、どっぷり魅了されている。
もちろん、飛行機やバス、自動車、そしてフェリーなどをまったく使わないわけではない。それらの交通機関が持っているメリットも認め、時と場合に応じて使い分けているつもりである。しかし、同じ条件での選択となると、やはり鉄道になってしまう。
例えば今、この文章は「のぞみ15号」の車内で書いている。広島での仕事を終え、博多に向かう途中だ。普段ならのんびり車窓を楽しむところだが、日照時間の短い12月では、すでに日も落ちている。博多までの約1時間を有効活用しようというわけだ。
取材旅行となると、大概、小型のワープロ(現在はNECのモバイルギア/MC‐MK22)を携帯しているが、新幹線ならその時間をフルに使える。もしもこれが飛行機となると、シートベルト着用サイン点灯中は電子機器の使用が制限され、1時間のフライトでも長くて30分しか使えない。
まあ、これは実務的な面での鉄道のメリットだが、本当はもっと心情的なところに魅力を感じている。
1997年11月29日、仕事で岡山にいた。この日、JRグループのダイヤ改正があり、岡山〜鳥取間に新設された特急「いなば」を取材していたのである。
昼前の11時には予定通り仕事も終わり、後は帰るだけとなった。しかし、ちょっとした目論見があり、3時間後の14時12分発「のぞみ18号」の指定券を購入した。実はこのダイヤ改正から500系「のぞみ」が東京まで3往復足を伸ばすようになり、18号は貴重なその1本だったのである。
すでに500系「のぞみ」は、この年の春から新大阪〜博多間で走り始めていたが、残念ながら乗るチャンスがなかった。500系への初乗りという意味もあり、3時間の待ち時間などあっという間だ。
やがて翼のないジェット機のような丸い車体が岡山駅に滑り込んできた。
趣味誌の報道やテレビコマーシャルなどで旧知の車輌にも思えるが、やはり実物は違う。身体に感じる車輌の動きや加速度、新車独特の臭いなど、五感をフルに使って500系「のぞみ」を堪能する。
目をつぶって座席に身を預ければ、進化する鉄道のまさに最先端の列車に乗っていることを実感する。そして、いつしか500系「のぞみ」の素晴らしさは、まるで我がことのように誇らしい気分になってくるのだ。
普段の旅では、どちらかといえば、ローカル指向が強い。新幹線より在来線特急、さらには急行、普通と、ゆっくり進めば進むほど、鉄道の持つ楽しさを味わえる気がする。
500系「のぞみ」の初乗りを満喫した翌月、数回に渡って高崎に行く仕事が発生した。
最初は時間の都合もあって上越新幹線を使ったが、どうせ高崎に通うならできるだけ違ったルートや列車を利用しようと考えた。「新特急あかぎ」「新特急草津・水上」はもちろん、快速「アーバン」、そして池袋発着の普通列車乗り継ぎと高崎線経由のいろいろなパターンを制覇。最後に八高線経由での高崎入りに挑戦した。
八高線は、その名前にもあるように八王子と高崎(倉賀野から高崎線を経由して高崎に入る)を結ぶ路線だ。このうち、八王子〜高麗川間は1996年に電化されているが、高麗川以北は非電化。高崎線にはない旅が楽しめるに違いない。
実は約30年前、この八高線にはしげく通った思い出がある。ここは関東平野の外環となった丘陵地帯を抜けるため、勾配区間が多い。そのため、「デゴイチ」ことD51の重連による貨物列車も走っていた。40歳以上の鉄道ファンならご存知のことと思うが、首都圏に近いSLファンのメッカだったのである。しかし、無煙化とともに足が遠のいてしまっていた。そんな懐かしさもあって、このルートを選んだのである。
金子、東飯能と進み、かつての名撮影地も通勤形の209系で走り抜けては感慨も薄いが、高麗川で気動車のアイドリング音を聞くと、往年の記憶がどんどん甦ってくる。石炭の燃える臭いすら鼻腔に漂ってくるようだ。
しかし、八高線の魅力は懐古趣味だけに留まらなかった。
高麗川からキハ110系に乗り換え、高崎をめざす。ロングシートからクロスシートになったせいかも知れないが、車窓の隅々までが目に飛び込んでくる。
丘陵地帯を貫く線路の両脇には、すっかり刈り入れの終わった畑が広がっていた。そして、畑の間には雑木林が点在している。都心から直線距離にしてわずか50キロ足らずだが、心の安らぐ里山の情景が今も色濃く残っていたのである。
30年前はSLしか目に入っていなかったが、新たなこの発見は大きな収穫に思えた。
路面電車の走る町を訪ねたら、時間の許す限り電車に乗ってみる。とくに初めて訪ねた町なら定番コースともいえる。
路面電車は、ほとんどの場合、町の人々が下駄履き感覚で利用する、身近な交通機関となっている。通勤、通学はもちろん、野菜や魚を抱えた買い物帰りの人もいる。利用者の構成は実に幅広い。車内で交わされる乗客たちの会話に浸っていると、その町の空気が身体にじわっと染み込んでくる。
また、車窓の高さとスピードもいい。歩くよりもちょっと高い位置で、またちょっと速い。目が追っていける範囲で、次々と新鮮な情報が飛び込んでくる。
そして、乗客の動向に注意していれば、どこに学校があり、市場があり、そして繁華街があるのか、なんてことも見えてくるのである。
もちろん、バスでも同じ体験ができるはずなのだが、初めての町だとルートに対する情報が少ない。その点、路面電車は大抵の地図に載っている。さらに端から端まで乗っていても、長くて1時間(名古屋鉄道、土佐電鉄といった例外もあるが……)。運行間隔もその町に適した頻度で設定されており、とにかくその町の初心者でも安心して使える交通機関なのである。
こうして路面電車で町を一巡すると、その町がぐっと近づいてくる。
これらのエピソードは、僕にとっての鉄道が持つ魅力のささやかな一例。極端な話、それがどこまで続いているのか僕自身でも分からないほど、無限の魅力がある。
こうした鉄道との触れ合いの中、僕にとってやはり欠かせないのは次々と登場する新型車輌の情報だ。新型車輌には、各鉄道の未来にかける指針と期待が託されている。また、実際にこれらの車輌を使った新しい列車に乗ってみると、資料だけではわからなかったこともあれこれ見えてきて、実に楽しい。
この本は、僕にとって興味の対象のひとつとなっている、全国の鉄道の新型車輌たちを紹介したものである。一口に新型車輌といっても各鉄道から毎月のように続々と登場しているため、この1〜2年にデビューしたもの、さらにはできる限り実際に触れたものに対象を絞った。
本の構成は、まず日本列島を駆けめぐる新型車輌の中から8本の列車を選び、ルポの形でその魅力を紹介している。今回はJRに偏ってしまったが、それもこの1〜2年を捉える現況と考えていただければと思う。
後半は各新型車輌ごとに概略をガイド、併せて実際に自分で触れた感想も記した。これらの情報については、各鉄道の広報誌、鉄道趣味誌、時刻表、新聞など公刊資料を元にしているが、鉄道の現場に携わるプロフェッショナルではないため、あくまでも利用者、そしてファンの立場からの記載となっている。的外れな部分があるかも知れないが、これもひとつの意見として読んでいただければ幸いに思う。なお、このガイドは、けいてつ協會の岡本憲之氏の協力を得てまとめた。
「のぞみ15号」の車内では、博多到着を告げるアナウンスが流れ始めた。
僕も降りる支度をしなくてはならない。序文が長くなってしまったが、そろそろ本編にご案内することにしよう。
●あとがき
それにしても、次々と新しい車輌が誕生してくるものである。
全国各地の鉄道では、それこそ毎月のように新型車輌がリリースされている。いずれも内外に創意工夫を凝らし、21世紀に向かう期待の新鋭たちだ。
各鉄道趣味誌は、これらの情報を提供するのに多大な誌面を割き、読者としてはあふれんばかりの情報にうれしい悲鳴を上げる。
この新車のニュースだけを追っていくと、世紀末の不況などどこ吹く風という感じすらしてくるのだ。
僕が日常的に利用する鉄道は限られてしまうが、新車登場のニュースを聞けば、心が騒ぐ。JRの特急形車輌はもちろん、大都市の地下鉄やローカル線の小型気動車でも同じこと。ミーハーといわれようが、好きなものは仕方ない。
限られた情報で、その姿を想像するのも楽しいが、やはり直接触れてみたい。
もちろん、本来の姿で運転されている営業列車に乗ることができれば最高だが、車庫や駅で眺めても満足できる。仕事で向かった旅先のちょっとした時間は、こうして心豊かに過ごしている。
小学4年生の夏休み。クラスメートの女の子が、「夢の超特急」試乗会に参加。休み明けに淡々と発表する思い出話に胸を躍らせた。34年ぶりに電話で確認してみると、彼女の母親の知人に国鉄関係者がいたらしい。平安神宮まで日帰りしたという。
ともあれ、彼女の話を聞いてからというもの、僕の東海道新幹線に対する思いは募るばかり。父親にねだり通し、開業直後の冬休みに0系「ひかり」の試乗を果たした。
考えてみれば、このときの感動を、現在も引きずっているのかも知れない。
鉄道が好きとはいえ、本格的に勉強しているわけでもなく、現場で働いたこともない。しかし、自分にも理解できるように、基礎的なことから魅力的な新型車輌たちを調べていくことは楽しい。本書では、こうしたレベルでの解説を心がけたので、ファンにとっては食い足らないところもあると思うが、その先は各自の楽しみとしていただきたい。
なお、冒頭でも触れたが、ここで紹介した車輌たちは、できる限り自分たちで触れた経験のあるものに絞った。中にはどうしてこれが入っていないのか?とお叱りを受けそうな車輌もあるが、これは限られた時間とスペースの関係として、ご容赦いただきたい。
最後に、出版にあたって、快く写真を提供していただいた中井精也氏、竣功図を起こしていただいた竹村久司氏、執筆面で多大な協力をいただいた岡本憲之氏、そして遅筆の僕に最後まで付き合っていただいた並木書房出版部に感謝いたします。
また、資料や写真提供には各鉄道会社の広報担当の方々にもご協力いただき、合わせて謝意を表します。
●松本典久(まつもと・のりひさ)
1955年東京生まれ。東海大学海洋学部卒業。出版社勤務を経て、82年からフリー。鉄道や旅をテーマとして、『鉄道ジャーナル』、『旅』などにルポを発表するかたわら、『地球の歩き方/シベリア鉄道編』(ダイヤモンド社)、『はじめての鉄道模型』(成美堂出版)などの編集にあたる。著書は『はやいぞ!ぼくらの新快速』(小峰書店)など児童書を中心に多数。
●中井精也(なかい・せいや)
1967年東京生まれ。成蹊大学法学部卒業後、東京写真専門学校(現東京ビジュアルアーツ)を経て、真島満秀氏に師事。96年に独立し、レイルマンフォトオフィスを開設。『鉄道ジャーナル』、『旅と鉄道』、『旅』などで活躍する一方、広告の分野にも活動の場を広げている。
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