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解題

『機巧図彙』は歴史上、世界に誇れる優れた内容と独自性を持った機械技術の啓蒙書である。首巻・上巻・下巻の三冊から成り、首巻には三種類の和時計、上・下巻には合わせて九種類の座敷からくり(室内で遊ぶからくり玩具)が掲載され、多数の詳細な構造図・部品図とともに、製作方法が解説されている。江戸で一七九六年(寛政八)に刊行され、同年のうちに大坂、一八〇八年(文化五)に京都で再版された。まさしく人気の書籍であった。
  機巧図彙は、それぞれのからくりの構造を立体的に把握できるよう図解しながら、材質、寸法、作り方、組み立て方を説明している。読者はどのような仕組みでからくりが機能するかを理解できるだけでなく、そのからくりの自作に挑戦することも可能だ。
  当時、どれだけの人々がこの本を利用して、からくりを自作したかは不明である。しかし今日、江戸時代のからくり人形の代表である茶運び人形を、私たちが復元し検証できているのは、機巧図彙のお陰である。
  機巧図彙は、国際的にも貴重な文献として評価されている。たとえばオートマタ(automata:自動装置を指す英語、automaton の複数形)の歴史を語る書籍には、東洋の特筆すべきオートマタの例として、しばしば機巧図彙のなかの図版が載せられているし、大英博物館のオフィシャル・ウェブサイトでは、機巧図彙が同館の蔵書として写真付きで紹介されている。
  また、私は二〇一二年に機巧図彙の全文を英訳・注解し、日本のからくりの独自性について論じた英文とともに、『Japanese Automata』というタイトルで出版したが、発売後まもなく、イギリスのオクスフォード大学とロンドン大学、アメリカのハーバード燕京研究所、ドイツの国立図書館とドイツ博物館、そして日本文化を発信しているパリ日本文化会館、東京の国際文化会館、大阪の国際交流基金関西国際センターなどに蔵書として購入していただけた。これら機関の購入の動機は、拙著が機巧図彙の初の全文英訳だったことにあるのは間違いないだろう。

 天文学者であり、からくりも作った著者

 機巧図彙の著者は、細川半蔵ョ直(一七四九頃―九六)である。土佐の香美郡西野地村の郷士で、儒学を戸部良煕(一七一三―九五)に、天文暦学を片岡武二郎(生没年不詳)に学んだ。知識を実際の形にするものづくりの才能があったようで、京都に遊学した際に「写天儀」と名づけた器具(一種の天球儀と思われる)を作って土佐候と榊原大納言に献上しているし、磁石を用いずに方角と時刻を知る道具や、「行程儀」と名付けた万歩計も作っている。
  その後、家督を子に譲って野に下り、一七八九年(寛政元)に江戸へ出てさらなる勉学に励んだ。一七九四年(寛政六)、幕府の改暦事業すなわち、使用中の暦と実際の季節変化との誤差を修正し新たな暦を作るプロジェクトにおいて、その遂行のため諸国から選ばれた五人の俊英の一人となった。だが残念なことに、事業完成前年の一七九六年(寛政八)に死去した[※1]。半蔵の死の原因を、病死とする説と毒殺とする説があり[※2]、定かでない。
  機巧図彙の序文は森島中良(一七五四一八一〇)が書いている。中良は蘭学者・医者・戯作者・狂歌師で、戯作の師は平賀源内(一七二八−七九)、兄は桂川甫周(一七五一―一八〇九)である。甫周は幕府奥医師で、『解体新書』の制作に参加しているし、江戸参府を義務づけられていた長崎のオランダ商館長が参府した際には、毎回面談して世界の知識を吸収した。甫周が先端的な情報ネットワークのサーバーとなったことは想像に難くない。半蔵は中良を通じてそのネットワークの一端につながり、研鑽を重ねるなかで機巧図彙の執筆に至ったのかもしれない。ちなみに、機巧図彙の初版版元である須原屋市兵衛は、解体新書の版元でもある。
  ではここからしばらく、機巧図彙が成立するに至った日本のからくり文化の歴史をたどってみよう。(以下略)


 


目 次

[はじめに]
江戸時代のからくり文化と日本的ロボット  5

 三都で刊行された人気の書 5
  天文学者であり、からくりも作った著者 6
  中国−−日本のからくりの父 7
  ヨーロッパ――からくりの母 10
  独自の発達を遂げた和時計 11
  竹田近江――人々を楽しませるからくりの創造者 13
  からくりは何と言っても時計仕掛け 18
  竹田からくりに、もっと光を 25
  修道士人形は神に仕え、茶運び人形は人間に仕える 31
  機械と人間の親和性を示す日本のからくり 35
  日本のロボットは人間のパートナーとなった 40
  日本人は、ロボットを差別しない 42
  遊びから科学へ――機巧図彙が生まれた時代の人々 44
  本書の道しるべ 49

 

機巧図彙 首巻  49

 柱時計(はしらとけい)50
  櫓時計(やぐらとけい)88
  尺時計(しやくとけい)102
[解説]江戸時代の時計の仕掛け直し―実際 114

機巧図彙 上巻  117

 茶運人形(ちやはこびにんぎやう)120
  五段返(ごだんかへり)144
  連理返(れんりかへり)172

機巧図彙 下巻  185

 龍門瀧(りうもんのたき)186
  鼓笛児童(こてきじどう)196
  揺盃(いようはい)204
  闘鶏(とうけい)216
  魚鉤人形(うをつりにんぎやう)236
  品玉人形(しなだまにんぎやう)244

[挑戦される方のために]
座敷からくりを作る  265

 茶運び人形 265
  段返り人形 268
  品玉人形 270

参考文献 273
写真提供 274

村上和夫(むらかみ・かずお)
1948年生まれ。フリーライター。からくりの東西文化比較をテーマに、からくりやロボット関連の雑誌・図録の記事の執筆、書籍の編集などに携わり、各種講演会、放送大学特別講座などに出演。2012年に『機巧図彙』の全文を英訳・注釈した“Japanese Automata―Karakuri Zui:An Eighteenth Century Japanese Manual of Automatic Mechanical Devices”を出版し、「2013ニューヨーク・ブックフェスティバル」に入賞。滋賀県大津市在住。