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●目 次

序章 見直される和式ナイフ

   1、複合材を用いる独自のメリット
   2、欧米ナイフにはない切れ味のよさ
   3、「刃物が分かっている人に使ってもらいたい」

第一章 肥後守

   1、子供たちの神器 
   2、消えていった肥後守
   3、肥後守、そのルーツ

第二章 江戸の誂え鍛冶

   1、鍛えた刃物は二百四十七種
   2、和鉄と現代鋼を合わせて
   3、口伝「焼きは南部の鼻曲がり……
   4、六十年汲み替えなしの水 
   5、受け継がれた伝統と心意気 
   6、鍛冶稼業十七代

第三章 マタギの刃物

   1、独特の伝統を引き継ぐ狩猟集団
   2、マタギの装備について 
   3、マタギの里の名人鍛冶 
   4、二十歳で初めてナガサを造る 
   5、秘法公開? 
   6、小型ナイフの「サスガ」と「コヨリ」

安来鋼について

第四章 三条の名人たち

   1、鍛冶の町
   2、三条の父子鷹
   3、二代目、鍛冶神の裔
   4、包丁の名人 
   5、四百種の刃物を造り分ける

第五章 八王子の社長鍛冶

   1、「オクテモン」の刀匠誕生
   2、科学的手法で作られた作品 

第六章 幻のナイフを復刻する

   1、日本にもいた放浪の民
   2、サンカのシンボル
   3、ウメガイを復刻する

玉鋼について

   甦った玉鋼の里
   復元された「たたら」製鉄法
   若きたたら師たち

第七章 土佐の女房名人

   1、三〜四百種類の包丁を鍛える
   2、ベスト・セラーを支える献身 

第八章 鍛冶の復権を目指す男たち

   1、打刃物六百年の伝統
   2、先見力に富む若きリーダー 
   3、思わず嘆声、伝統の「二枚打ち」
   4、武生「ナイフ・ビレッジ」誕生

第九章 和式ナイフとのつきあい方

   1、研ぎをマスターする
   2、砥石は十分なサイズの物を
   3、刃角を一定に保つ
   4、片刃の研ぎ方
   5、蛤刃の研ぎ方
   6、研ぎ目について
   7、保管について


●あとがき

 昭和三十年代を境に、手でモノを造る傑れた職人たちの姿が、急速にこの国から消えていった。かつては、建築や工芸品はもちろん、日常的に使われる大小さまざまな身のまわり品から、料理、衣類、子どもの玩具にいたるまで、すべては手の技によって産みだされてきた。素材にカタチを与え、作り手の意志を吹きこむ媒介としての道具自体、高度な職人の技によって造られてきた。
 どこかへ行ってしまった職人たちの中に、鍛冶屋がある。昭和三十年代の初めまでは、日本中どこへ行っても、一軒や二軒の鍛冶屋があった。戸を立てきった暗闇の中で、炭と鉄粉でまっ黒になった親方が、フイゴで火を熾し、トンテンカンと火花を散らして鎚を振るう姿があった。
 親方が造る農具や刃物は、コンピュータで制御され、ベルト・コンベヤーから吐きだされる均一な製品にはない自在な造形の妙と、不思議な掌のぬくもりがあった。まっ赤に灼けた鉄を一瞥するだけで、プラス・マイナス十度以下の精度で温度を見切る。一尺の鋼の表面に、軽く指を走らせるだけで、ミクロン単位の歪みを感知する。こうした手の技が、ロケットを組み立てるテクノロジーよりも、次元が低いと観るのは誤りである。
 たとえば――本書に登場する名人たちが鍛えた刃物は、道具としての性能からいって、近代的な工場から産まれる製品に、優るとも劣るものではない。人工衛星が飛び交う現在でも、日本刀が依然世界ナンバー・ワンの刃物であるように、一徹の職人が鍛えた業物は、新鋭工場から送りだされる製品が、しばしば逆立ちしても及ばないほどよく手に馴染み、よく切れるのである。
 本書は、いまやめっきり少なくなった刃物鍛冶たちを訪ね、その仕事に光を当てたものである。先進諸国の中では、寥々たるものとはいえ、鍛冶屋と呼ばれる職業が残っているのは、わが日本ぐらいのものである。なぜ彼らが今も仕事を続けているかといえば、古式の火造り法に自信をもち、一途にわが道を貫く気概を失っていないからである。またその仕事を認め、彼らが鍛えた刃物を支持する眼のたしかな人々が、少なからず存在するからである。その点、日本人はまだ捨てたものではないと思いたい。
 にもかかわらず、鍛冶たちの背後から聞こえてくるのは、まぎれもなく、うそ寒い亡びの旋律である。日本人が永く親しんできた小学唱歌「村のかじや」が、昭和五十五年、教科書から消えたのは前途を暗示するプレリュードであった。もともと零細業者である鍛冶の多くが、後継者をもたず、柄つけや鞘造りの下職の減少に苦しんでいる。ほどほどによかろう安かろうという、マスプロ製品の囲いこみも急である。本書で採りあげた鍛冶や、手を拍って声をあげたくなるその仕事は、遠からず消滅する危機に瀕している。そのような現実が、私に本書を書かせる切迫した動機となった。残された時間は、多くはないと想えたのである。その意味で、本書に目を通される読者が、ひとりでも多かれと願っている。

 名人とその仕事を訪ねる旅は、古きよき職人魂に触れる幸せな行脚でもあった。どの鍛冶場でも、質朴だが懐の深い鍛冶談義に、夜の更けるのも忘れた。家族ぐるみのあたたかいもてなしを受け、心に消えることのない灯が点された。感謝の他はない。
 取材にあたっては、古い友人でもあり、老舗の刃物屋のオヤジでもある宗正刃物社主、青井尚之氏が水先案内人をつとめてくれた。その労を多としなければならない。
 なお、所収の刃物は、本書の執筆がきっかけとなり、すべて宗正刃物総本社(東京・秋葉原)ギャラリーに永久展示されることになった。ささやかな仕事が、望外の余慶を蒙ったことになる。読者には、折りを見て一度足を運ばれるよう、お勧めしたい。
 最後になったが、並木書房出版部の奈須田若仁氏には、終始励ましと適切なアドバイスをいただいた。編集者に人を得たことも、私にはラッキーだったとしかいいようがない。


●織本篤資(おりもと・とくすけ)
1941年東京都生まれ。フリー・ライター。国内外の刃物に詳しく、ナイフ・デザイナーとしても数多くのベスト・セラーを産む。ナイフ行脚の旅は40か国を越え、1994年より東南アジアの刃物文化を調査のため、島嶼地域を訪ねる。著書に『犬をつれて旅にでよう:スペイン・ポルトガル放浪300 日』、『ナイフ学入門』(いずれも並木書房刊)。「人の国の歴史は刃物の歴史。1本のナイフの向こう側に、一国の文化と人間が見えてくる。尽きることのない物語を囁く民族の刃物を求めて、ボーダレスの旅はまだまだ続けなければと考えています」