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◆【軍隊式英会話術】 vol.3
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「まだ習っていない」は通用しない Takashi Kato
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3時間目 「まだ習っていない」は通用しない
「明日から本物の授業だが……」
初日、学生を解放する前に釘をさすことにしています。
「この先の63週間、決して口にしてはいけない言葉がある」
(For the next 63 weeks, there is one word you can't say no matter what)
学生らはお互いを見回し、笑いを浮かべます。卑語のことだとでも思ったのでしょう。
「まだ習っていません、というのはここでは通用しない」
("I haven't learned yet" doesn't cut here")
不意をつかれた学生に追い討ちをかけます。
「単語にしろ文法にしろ、分からなかったら、キミらがとるべき態度は、いま習いました
、だ。いいね」
(Be it a word or grammar, if you don't understand it, the attitude you
must
have is, I just learned it now. Is that clear?)
習っていないことにまで責任を持たせられるのは、学生にしてみれば酷なことでしょう。
しかしこの理不尽には理由があるのです。英語であれ日本語であれ、外国語は在学期間中
に習得しきれるものではありません。
卒業後、日常生活や任務の中で必ず未知の言葉や言い回しが出てくるものです。
有事の際、難民にまぎれて潜入してくるかもしれない、日本語を解する北朝鮮工作員を尋問
したり日米合同演習(U.S.-Japan Bilateral Exercise) で日米将官の通訳を務めたりする
場合も例外ではありません。
そんなとき「その言葉はまだ習っていないので……」などと口を滑らそうものなら、捕虜
(Prisoner of War: POW)に見くびられて情報を取りそこなうか、将官の信を失いその場
でお役ごめんになるのは見えています。
使えない言い訳なら、最初から癖にさせないほうが親心と言うものです。
もうひとつの理由は学生に与える心理的圧力(Psychological Pressure)です。前述のと
おり、日本語学部では完全集中訓練(Total Immersion) を行なっており、英語は最初か
ら必要最低限 (Minimum Necessary)にとどめています。
言葉の持つ、意志を伝える道具としての機能を最優先するので「これは鉛筆です」とか「わ
たしは少年ではありません」といった類の現実から乖離した例文暗記はいっさい行ないません。
もっと実用的で即戦力になる慣用表現を最初の一週間で徹底的に叩き込まれるのです。
例えば、
「分かりません」
(I don't understand)
「もう一度お願いします」
(One more time, please)
「ゆっくり言ってください」
(Speak slowly, please)
「ほかの言葉でお願いします」
(Could you paraphrase?)
などが反射的に口をついて出るようになるまで反復練習を繰り返えさせます。
二週間目の学生にこうぶつけます。
「あの木の下に対人地雷がある」
新米学生でも「ある」や「木」や「下」は分かりますが「対人地雷」という軍事用語
(Military Terminology)が分かりません。
こういう場合、曲がりなりにも会話が成り立つためには、まず相手に「分からない」という
事実を知らせることが大切です。
そのうえで意味不明の単語を繰り返してもらい、自分で真似ができるようになったら
「タイジンジライは英語でなんですか?」
ともっていかせるのです。
「タイジンジライは英語でAnti Personnel Mineです」
という答えが返ってきます。ここにいたって学生は
"There is an anti-personnel mine under that tree"
だと自分で理解できるようになるのです。
逆に
"There are enemy soldiers in the house"
を日本語で言いたい場合は、
「Enemy soldierは日本語でなんですか?」
と聞かせます。
これが「その家に敵兵がいる」という文章まで自分でたどり着かせる自己発見的教授法
(heuristic teaching) です。
物や場所をかえることでさまざまな状況に応用できるし、日本人が英語を学ぶ場合にも
使えます。
実際にやってみると分かりますが、流れにのってキャッチボールのように話すのは容易
なことではありません。
一音一音、知的ブルドーザーのように思い出しながら話すのでは会話にならないからです。
そこへ、学生がよく言う「消火栓から水を飲まされるような勢い」で未知の単語や文法
が浴びせかけられるのですから、つい「まだ習っていません」と英語で答えたくなって
当然です。
それをあえて封じ、学生の頭の中を語学的圧力釜 (Linguistic pressure cooker)に
してしまう。
このプレッシャーが学生をぎりぎりまで追い込むのです。その極限状態下で、前述の慣用
表現などが一夜漬けのにわか記憶から条件反射、つまり「声帯という筋肉にしみこんだ記
憶」に鍛え上げられていくのです。
締めくくりに
「好奇心を持て」
(Be curious)
と学生に言います。
毎日の天気でも良い。刻々変化する国際情勢でも新聞雑誌をにぎわすゴシップでも良い。ふ
と目に付いた物の名前でもかまわない。そういうことを日本語で言ってみよう、言ってみた
い、という知的欲求のことです。
この自己啓発があるとなしでは、ゆくゆく言葉の深みが違ってきます。教科書を超える、自
然かつ洗練された語彙や言い回しは、こういう毎日の積み重ねの中からしか醸し出されない
からです。しかしそれは後日語ることにしましょう。
学生たちは明日から日本語との白兵戦(hand to hand combat)に挑みます。われわれも英
語との白兵戦を開始します。
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