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● 目 次

序章 水雷戦隊と駆逐艦の悲劇 

能力を発揮できなかった駆逐艦/日本海軍の組織的問題点/秋雲は夕雲型か陽炎型か

第1章 水雷艦艇の変遷 

日清戦争の水雷艇/黎明期の駆逐艦/初の国産駆逐艦/初の航洋駆逐艦/初期の水雷戦隊旗艦/英国のフロチラ・リーダー/第一次世界大戦期の駆逐艦/五五〇〇トン型軽巡洋艦/八八艦隊時代の駆逐艦/軍縮時代の軽巡洋艦・夕張/軍縮時代の軽巡洋艦最上/軍縮時代の駆逐艦/特型駆逐艦T型/特型駆逐艦U、V型/第四艦隊事件/初春・白露型駆逐艦/朝潮型駆逐艦/軍縮期の英駆逐艦/軍縮期の米駆逐艦/太平洋戦争前期の軽巡洋艦/重雷装艦/重雷装艦の戦闘法/太平洋戦争前期の駆逐艦/太平洋戦争前期の英駆逐艦/太平洋戦争前期の米駆逐艦/戦争後期の軽巡阿賀野型/戦争後期の軽巡大淀型/戦争後期の駆逐艦松型/戦争後期の駆逐艦秋月型/島風型/甲乙丙丁駆逐艦/英米の護衛駆逐艦/英米の防空駆逐艦/水雷艇の動向

第2章 駆逐艦とは何か? 

軍縮条約の影響/駆逐艦の構造・艦橋/駆逐艦の構造・甲板/駆逐艦の構造・居住区/駆逐艦の構造・砲塔/駆逐艦の構造・機関部/駆逐艦建造予算の内訳/重量配分の変遷/技術的問題・機関/技術的問題・マスプロ/魚雷のプラットホーム/魚雷の原理/初期の魚雷/九〇式魚雷/九三式魚雷/その他の魚雷/魚雷発射管の変遷/魚雷発射管の構造/魚雷戦指揮装置/魚雷の生産/諸外国の魚雷/連係機雷/艦砲の構造/火砲の変遷/防空機銃の変遷/大戦中の主な機銃/艦隊防空の問題点/対潜兵器/水中探知兵器の変遷/聴音機/探信儀/対水上電探/対空電探/逆探/戦闘情報処理の問題点

第3章 駆逐艦の生活 

駆逐艦の一日/駆逐艦乗組員の服装/駆逐艦の食事/駆逐艦の居住性/駆逐艦乗組員の給与/駆逐艦の消耗品と主計/駆逐艦の航続距離/駆逐艦の洋上補給/駆逐艦の兵装単価/兵器関係の生産能力/特殊艤装・赤外線通信装置/海軍工廠と民間/横須賀工廠/舞鶴工廠/佐世保工廠/藤永田造船所/浦賀船渠/英の代表的造船所/米の代表的造船所/損傷艦の修理能力/駆逐艦の建造能力

 第4章 水雷戦隊とは? 

水雷戦隊の組織/水雷戦隊旗艦の変遷/主要通信施設/無線通信について/水雷戦隊司令部/駆逐艦の艦長とは?/士官の養成/駆逐艦内の組織/指揮継承順位/臨時陸戦隊編成/雷撃の基本/日清戦争の水雷艦艇/威海衛の襲撃/日露戦争の水雷艦艇/日本海海戦の水雷艦艇の働き/軍縮時代前後の水雷戦隊/日華事変と水雷戦隊/連合艦隊と水雷戦隊/艦隊決戦での水雷戦隊/夜戦戦力の編制/艦隊決戦での夜戦戦力/海軍の教育機構/水雷学校の変革/水雷学校の内容/部隊における各種教育/艦隊夜戦訓練/酸素魚雷の調整・整備/水雷戦隊関連機関/海軍省/軍令部/海軍艦政本部/海軍技術会議

第5章 水雷戦隊の激闘

バリ島沖海戦/スラバヤ沖海戦/バタビア沖海戦/第一次ソロモン海戦/サボ島沖夜戦/南太平洋海戦/第三次ソロモン海戦/ルンガ沖海戦/アッツ島沖海戦/クラ湾夜戦/キスカ撤収/コロンバンガラ島沖夜戦/ベラ湾海戦/ベララベラ海戦/第二次ベララベラ海戦/ブーゲンビル島沖海戦/ブカ輸送作戦/比島沖海戦/第七次多号作戦/礼号作戦/局地輸送/菊水作戦/戦後残存駆逐艦/大戦前半の喪失理由/大戦後半の喪失理由


●あとがき

 太平洋戦争は、日本海軍が想定していたような艦隊決戦ではなく、航空機の戦いが勝敗を決したとよく言われる。では、その想定していた艦隊決戦が実際にどんな物であったか? 実はこれに関して踏み込んだ議論は意外に少ない。
 艦隊決戦というと、日露戦争時代の日本海海戦のように、戦艦同士が撃ち合うイメージが一般的だが、この認識は決して正しいものではない。もちろん日本海軍が想定していた艦隊決戦には戦艦同士の撃ち合いも含まれてはいたが、それは海軍戦略の全体像の中では最終的な一段階を占めるに過ぎない。主力艦同士の戦闘が日本に有利になるような環境を作るために、航空機、潜水艦、水雷戦隊などの海軍戦力を総動員し、それぞれが有機的かつ緻密に結びついていたものが日本海軍の言う艦隊決戦である。決して戦艦が撃ち合うだけの単純な物ではないのである。
 「アメリカ海軍の侵攻から日本を守る」という大命題から導きだされたこの艦隊決戦の思想こそは、当時の日本の最良の海軍戦略と言ってよく、もしこの計画どおりに戦いが行なわれていたら、「戦争」でアメリカに勝利することは不可能にしても、日本海軍は「海戦での勝利」を得ることは可能だったと思われる。
 ところが太平洋戦争は意に反して「日本海軍が航空機によりアメリカを攻撃」する形ではじまった。そして海軍の戦略はあまりにも緻密で、すべてが従来の艦隊決戦方式に集約していた。そのため日本海軍は新しい事態に戦略を対応させることに最後まで成功しないまま戦争は終わった。
 戦争前は日本海軍の重要な戦力であったはずの水雷戦隊も、結局は活躍する機会がほとんどなかった。ひと言でいうなら活躍したのは駆逐艦であって、水雷戦隊ではないのである。
 なぜ日本海軍はこれほどの精鋭部隊を養成しながら、それを新しい事態に有効に対応させられなかったのか? その答えを筆者なりに考察してみたのが本書である。
 さて本書が世に出るまでには多くの方々に協力をいただきました。高貫布士さんには本書の企画立案段階から多くの助言をいただきました。イラストを担当していただいた吉原昌宏さんには、特に感謝したいと思います。本書が多少なりとも類書よりも優れているとしたら、それは吉原さんに負うところが大でありましょう。また編制図、作戦図等の図版を担当していただいた神北恵太、安達裕章の両氏に感謝いたします。最後に本書の完成までを長い目で見てくださった並木書房出版部にこの場をお借りしてお礼申し上げます。
 最後にこれは余談でございますが、最近私的に海上自衛隊ホームページを開設致しました。皆様のアクセスをお待ちしております。 林 譲治


●吉原昌宏(よしはら・まさひろ)
岡山県出身。早稲田大学卒業後、川崎汽船に入社。85年に同社を退職し、漫画家・弘兼憲史氏のアシスタントとなる。87年小学館ビックコミック賞に入選、漫画家としてデビューする。最近作に『ポパイたちの遺産』(原作丸戸亀介、講談社・1994年)、『ライカの帰還』(新潮社・1995年)がある。また同コンバットAtoZシリーズの『図解 ドイツUボート』、『図解 海上自衛隊』のイラストを担当する予定。実はイギリス・イタリア海軍のファンである、というのはここだけの秘密です。
●林 譲治(はやし・じょうじ)
1962年北海道夕張郡長沼町生まれる。同町はナイキミサイル基地訴訟でゆれ、隣に千歳基地を抱えるなどの環境から年少時より軍事や防衛問題に興味を抱く。長じて興味の対象は軍事そのものよりも、危機管理や軍隊を始めとする組織論やマネジメントに移る。92年上京。著書には『超兵器伝説』、『超兵器列伝』(いずれも光栄・共著)、『本間第9軍中東進撃ス』、『山下第25軍伊国上陸ス』、『山下第25軍パリ入城ス』、『牛島第32軍浦塩上陸ス』、『百武第17軍ライン渡河ス』(いずれも飛天出版・共著)などがある。またコンバットAtoZシリーズの『図解 帝国海軍連合艦隊』の著者の一人でもある。現在はやはり同シリーズの『図解 海軍基地航空隊』を執筆中。また海上自衛隊に関するホームページをインターネット上に開設している(URLはhttp://www.kt.rim.or.jp/~kaliy/JMSDF.htm)。